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【蛇は鳥を愛している】魔女はそして約束を果たす  作者: 茜の空
第一章 良く当たる嫌な予感
2/17

01


150年も経てば、人も変われば、街並みもだいぶ変わる。


最近新しく華凰(かおう)国に若き王が即位した。

名を、華 零清(れいしん)


先代王の流行り病に倒れたための即位である。


まだ22になったばかりだった。


 

 


急な代替わりに、どこの貴族も、慌ただしくしていたが(こう)一族は例外である。

この一族だけはまったく、政治的介入がない、独立した一族だからだ。


6代目当主として、香 紅苑(くえん)が一族をまとめ

あげており、他の一族と違い、香家は昔から女が当主につく。

それは初代当主が女だったということも関係しているし、香家が魔女の一族と呼ばれるゆえんでもあるだろう。

紅苑にももちろん息子が3人と、今年17になる娘が1人いた。


名を、苑珠(えんじゅ)


初代当主、珠佳に瓜二つの容貌を受け継いで、青みがかった美しい黒髪と、宝石のよつな翠色の瞳を持ち、白磁のような白くなめらかな肌に、桜色に色ずく形の良い唇が映える、(たぐ)(まれ)な容姿の持ち主な娘である。



その日はどうも苑珠は嫌な予感がしていた。

苑珠のこの嫌な予感というものは、ほとほと外れたことはない。


それが異能の力のせいなのかなんなのかわからないが、これは勘というものか。


だからその騒つく気持ちを押し込めるように、窓際に座って得意の二胡を奏でていたのだが。


[ーー苑珠!苑珠!]


「大ばば様、そんなに叫ばなくても聴こえております」


そこへ鬼気迫る顔で自分とまったく同じ顔がいきなり顔いっぱい広がり、暑苦しく感じた苑珠は素っ気なく返す。

もちろんぞんざいな扱いを受けた彼女が怒らないわけはなく、その柳眉(りゅうび)を逆立てて、さらに顔を近づけてきた。


[誰が大ばばじゃ!この美貌を前にして何をいうのじゃ!]


「ーー自分と同じ顔を見ても、なんの感慨もおきませんよ」


[!おぬしはこの美貌の有り難みがまったくわかっておらんの!!]


いつものことでこのやり取りも何度目かと思いをはせて、彼女の向こう薄っすらと透けて見える木々を目を細めて眺めた。


(木々がざわついている…?)


そもそもといくらか離れてくれ、ふよふよと空気の中あぐらをかいて浮いている彼女の慌てようでこの嫌な予感は外れではなかったようだと、弾いていた二胡を傍らに置いた。


「母さまのおそばを離れるくらいですから、何かあったのでございましょう?ーー()()さま」


ふてくされたように肘をついて、頬を膨らませる初代当主、かつ魔女であった珠佳に、今度こそ苑珠は真面目な顔を向けた。


 

ーー初代当主、珠佳。


彼女はかの有名な魔女であり、150年前華凰国を導いた王であった、華 清雅(せいが)の腹心であり友でもあったあの魔女である。

もちろん彼女にはすでに実態はない。

何故だか知らないが、亡くなった後に彼女は香家の守護霊になった、らしい。


らしいと言うのは、珠佳本人がそう語るだけで、とんと昔の話すぎて、苑珠にはあまりわからないし、興味すらないからだ。


それなのに苑珠は彼女に瓜二つの容姿で産まれて来た。


もちろんまわりは勝手に騒ぎ出した。


 

ーー珠佳様の再来だ!

 


小さな時はまだ良かった。

その言葉の意味をまったく理解できていなかったからだ。

けれど成長して行くと、意味を理解し、その多大なる一族からの期待を一身に背負うことになった。


しかも、母である紅苑の傍にはいつも自分そっくりの珠佳がいる。


過去に王を支え、国を支え、他国からの侵略をはばみ、魔女と呼ばれたその人が、苑珠に重くのしかかった。


さらに苑珠を苦しめたのが、異能の力である。


珠佳そっくりに生まれた自分は、それこそ力までそっくりなのだろうと期待され、結局は彼女の足元にも及ばない、歴代の当主たちにも及ばず、ほとんど何の力もなかったのだ。


それまではやし立てていた一族の者はそれを知って手のひらを裏返した。


 

ーーどんなに似ていても偽物は偽物。

 


そう言われれば、もう何もかもどうでも良くなった。


それなのに、この珠佳という女性は何かと苑珠につきまとう。


当主である紅苑のそばにありながら、暇を見つけては苑珠につきまとった。


だからだろう。

どんなに一族の者に蔑まれても、元凶である彼女を嫌いにはならなかったのは。


 

 

 


[そうであった!!奴が来る!奴が!早よう苑珠は隠れるのじゃ!]


苑珠の問いに思い出したように窓枠に手をかけてーー実際には透けているのでかけているように見えるーー身を乗り出して来た珠佳に、訳がわからず怪訝な顔を向ける。


[何をしておるのじゃ!]


早く早くと押せもしないのに、苑珠の背中を押そうとする彼女はとにかく焦っているようだ。


「何を焦っておられ・・!?」


がたりと座っていた椅子から苑珠は勢い良く立ち上がる。


力の弱い苑珠でも、感じることはできるのだ。

窓の向こうに広がるいばらの森に、鋭い目を向けた。


(侵入者だ・・でも、いばらの森が反応していない?)


森に蔓延(はびこ)るいばらは、主人(あるじ)の意思に忠実に、認めたものしか通ることができない、いわば要塞のようなものだ。

一族以外のものが、そこを何の弊害もなく通ることなんて許されない。


(なのに、なぜ?)


奏駿(そうしゅん)め!わらわの許しなく敷地に入りおって!!]


「え?!奏駿兄上でございますか!」


[こりゃ!喜ぶでない!!あやつは、一族の掟を破った奴ぞ!]


怒りに目尻を吊り上げる珠佳に、苑珠は一歩たじろいだ。


奏駿とは、一番上の27歳になる兄である。

二番目と三番目の兄がなかなかにやんちゃだったのに比べ、しっかりもので包容力のある優しい兄が、苑珠は大好きだった。


それなのに、兄は香家の掟を破りいなくなった。



ーー香家の力は外へ出してはならない。

     力は香家の中にとどまるべし。



それは異能の力がいらぬ争いを招かないための掟であると、珠佳が定めたものだ。

そのため結婚はいとこ同士か、女は良家の子息を婿に、男たちは良家の子女を嫁にと、異能の力が外へ出ることを避けて来た。


にもかかわらず、兄奏駿は(らん)家の婿養子になってしまった。

奏駿が蘭家の姫に恋をしたのが始まりだ。

では姫に嫁いで来てもらえと誰もが言ったが、蘭家本家の娘がその姫しかいなかった。

では諦めろ、そう言われて諦められるようなものではなかったのだろう。

奏駿は、ある日香家を飛び出して、その一ヶ月後。

彼は蘭家の当主になった。


そうすれば瞬く間に、奏駿は一族からはじき出された。


紅苑は勘当を言い渡し、その掟を作ったとうの本人はこのありさまだ。


それでも苑珠は兄を慕っていた。

今でも思い出すのだ。幼い頃から一心に期待を受けてきた苑珠の頭を、兄は「大丈夫、大丈夫」そう言いながら優しく撫でてくれたのを。


(こうしちゃいられない!)


久しぶりの兄を誰も出迎えなくても、自分が出迎えなくては。


慌てて部屋の扉へ踵を返しました苑珠は、はしたないとわかりながら駆け足で部屋を後にする。


[っ、!待たぬか!苑珠!!]


廊下を走り抜ける苑珠の真横に、一瞬のうちにあらわれた珠佳は、どうにか止めようと手を伸ばしてくるが、スルリと通り抜けるので意味はない。


ばたばたと二階から一階への階段を駆け下りて、苑珠は急いで玄関へ向かった。


その先は既に4人の人が玄関で緊迫した空気を醸し出していて、使用人たちも遠巻きに眺めている。


1人は母である紅苑と、次男の景長(けいちょう)、三男の秀栄(しゅうえい)、そして。



「っ、奏駿兄上!!」



嬉しさで叫んだ苑珠に向かって、自分の目の色より濃い深緑色の瞳を優しく細めた奏駿は手を振った。



「よう、苑珠!元気だったか?」




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