旧)迷子の迷子の変身ヒーロー~拝啓、ファンの皆様へ……特撮の2号闘士を演じておりました私ですが、異世界に迷い込んだ結果、変身アイテムが本物となり本当の変身ヒーローになってしまったコトを報告します~
思いついた勢いのまま、詳細設定を詰めずに書き殴ってしまいました。
こんなネタ書いてますが、自由と平和の為に戦う仮面騎乗者たちのコトはあまり詳しくなかったりするので、要所要所のあれこれはご容赦を。
読んで下さった方々が少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ファンの皆様へ……
お久しぶりのブログ更新です。吉田黒斗です。
仮面闘士ゲーマリオン。皆さん視聴してくださっているでしょうか?
私は本作の2号闘士ことユーザリオンに変身する氷室龍也を演じさせて頂いておりますゆえ、見てない方には是非見ていただきたく思います。
個人的には普段の自分とはまったく違う、カッコ良くクールな先輩闘士としての姿に、我ながらトキメいている次第です。
物語も序盤の佳境。
ゲーマリオンに変身する後輩ゲーマー児守明日真の葛藤と決意。そして龍也の覚悟と矜持。
二人の闘志の高まりによってベーシックフォームの先へ。そして新たなる姿ハイクラスフォームのカッコ良さ。堪能していただければと思います。
それはそれとしまして、現在の私の状況をお伝えしたいと思います。
信じていただけないかと存じますが、現在私は異世界におります。
正直、昨晩の記憶があまりないのですが、気が付くと見知らぬ森の中で倒れておりまして――傍らには何故か、ゲーマリオンの作中変身アイテムであるゲーミングベルターが落ちておりました。
どうやら私、吉田黒斗は、このベルトを使って実際にユーザリオンに変身できるようです。
とはいえ、変身用のコレクションアイテム、クラスガチャプセルがないので素直に変身はできないようですけれど。
もっとも、変身できたところで、こんなよくわからない世界でどうやって生きていけというのでしょうか?
どうにか地球に帰れるようにがんばっていきたい所存です。みなさま応援お願いいたします。
★
ポケットに入っていたスマートフォンで、ブログの記事を書き殴り、更新しようとしてみたものの、通信エラーで更新はうまくいかなかった。
「まぁ、そうだよね」
自嘲気味に独りごち、吉田黒斗はスマートフォンをポケットにしまった。そもそも電波表示が圏外なのだからできるわけがないのだ。
自分でも、ブログの執筆作業が現実逃避だというのは理解しているのだ。
気づいた時には森の中だったし、その割には手元にあるベルト型変身アイテム――ゲーミングベルターを実際に使って変身できるという直感だけが働いた。だが、ブログにも書いた通り、ベルターにセットして使うクラスガチャプセルがないのだ。本当に変身ができるのだとしても、実験すらできそうにない。
嘆息しながら周囲を見渡してみるものの、目に映る木々は見覚えのないものばかりだ。
別に植物に詳しいわけではないが、少なくとも日本で見かけないような木々や植物が群生しているのは間違いない。
「参ったなぁ……どうしようかなぁ……」
森の中でうだうだしていても仕方がないのは分かっているものの、どうするべきかが分からずに途方に暮れている。このままでは日も暮れてしまいそうで、気持ちは焦るが、何をする気も起きやしない。
手頃な木に寄りかかり、枝葉の隙間から覗く空を見上げる。
無気力なまま途方に暮れていると、そんな黒斗に掛かる少女の声があった。
「どうかなさいました?」
ぼんやりとした気持ちで声のした方へと視線を向ければ、そこにはびっくりするほどの美少女がいた。
ピーチブロンドと言うのだろうか。
キラキラと輝くような薄紅色の髪を左右の高い位置で結んでいる。
(ツインテール……ではなく、ツーサイドアップだっけか?)
そんなどうでも良いことを考えていると、少女はこちらの目の前で手をヒラヒラしはじめた。
「だいじょうぶですかー?」
「ああ、ごめん。美少女に声を掛けられたものだから、ちょっと見とれてた」
思わず漏れ出た普段なら口にしないような言葉に、やっぱりまだ混乱してるな自分――と、胸中で自嘲する。
彼女の意志の強さを表すような大きな瞳は、黒斗の言葉で限界まで見開かれた。くりくりとしたエメラルド色の瞳と一緒に全身の動きを一瞬止めたあとで、彼女は顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。
「あ、あの……あの……その、嬉しいんですけど、その……ストレートに言われたコトないから、その……」
うにゃーという奇声をあげながら、しどろもどろになる彼女を見て、ようやく黒斗の頭も動き始めた。
「あー……ごめん。勢いで思ったコトを口にしちゃった。混乱させるつもりはなかったんだけど」
「うにゃにゃにゃにゃーッ!?」
ますます少女の顔が赤くなる。
その様子に、黒斗は首を傾げるのだった。
★
黒斗はとりあえず、彼女が落ち着くのを待ってから話掛ける。
「えーっと、とりあえず俺のコトなんだけど」
「あ、はい!」
「大丈夫かどうかと言われると、自分でもよくわからない」
「え?」
何と説明するべきか――と、黒斗は悩む。
バカ正直に異世界から迷い込みましたと口にして、信じてもらえるかどうかという話だ。
彼女を見たことで黒斗はここが完全に異世界であると判断した。
髪の色もそうだが、何より彼女が身につけているものがありえない。
丈夫そうな材質のわからない茶色い長袖のブラウス。これはいい。
同じく材質の分からないフィンガーレスのグローブ。これもいい。
やっぱり丈夫そうで材質の分からない黒い長ズボン。これだって問題ないし、鉄板の仕込まれた頑丈そうな編み上げブーツも問題はない。
ならば何が問題なのか。
それは――彼女の腰のベルトについたホルスターにある棒状のもの。これはどう見ても剣だ。
踏まえて彼女の全体を見直すと、格好はファンタジーRPGなどで見る、軽装の女剣士といった風情なのだ。
「なんと説明するべきか……。
昨晩まで、俺はこことは全く違い場所にいたんだ。いまいち記憶はないんだけど、こんな森の中じゃなかった。完全に街中か、自宅だったかって感じなんだけど……目が覚めたら……」
「ここで寝てた?」
コクリ――と、黒斗はうなずく。
彼女は真剣な眼差しで黒斗を見つめながら、下顎に手を当てる。
ややして、彼女は一つうなずくと手を差し出してきた。
「その見慣れない格好……それに旅に向かなそうな靴……信じてもいいわ」
「ありがとう」
差し出された手を取って立ち上がる。
座った状態だと彼女を見上げる形だったものの、立ち上がってみると、彼女の頭は下にある。
百七十五センチある黒斗からすると、彼女の頭の位置からして百五十後半といったところだろう。
「わたしはサリアリア。愛称のサリーって呼ばれる方が好きかな」
「俺は……」
黒斗はどう名乗るべきかと、僅かに逡巡する。
こんな状況なのに黒斗の脳裏にはオタク的な知識が駆けめぐった。名字を持っているのは貴族だけの世界という可能性だ。
それを考慮すると、フルネームを名乗るのは良くないだろう。
「黒斗だ。よろしくサリー」
「ええ。よろしくね、クロト」
お互いに握手を交わしたあと、サリーが訊ねる。
「クロトはこれからどうするつもり?」
「元の場所に帰る方法を探したいけど、ここがどこかも分からないからなぁ……」
どうしたものか――と天を仰ぐと、サリーがそれなら、と笑った。
「近くの街まで案内するよ? 今はちょっとお仕事中だから、そのあとに……ってコトになるけど」
サリーの言葉に、黒斗は願ってもないことだとうなずく。
「お願いしてもいいかな? ついでに自分の常識とこの辺りの常識を照らし合わせたい」
「OK。じゃあ、歩きながらでいいかな?」
「もちろん」
そうして二人は歩き始め――ふと、黒斗が訊ねた。
「ところで、お仕事って何?」
少し先を歩いていたサリーは足を止めて振り返る。
ちょうど陽光が彼女を照らす。まるで女神のように光を纏った彼女が振り返り、笑顔で告げた。
「はぐれオーク退治」
★
――はぐれオーク。
オークというのは黒斗の知識にある通りのものと大差はないようだ。
豚や猪がベースとなった亜人に近いモンスター。
そして、ファンタジー的には当たり前のようになっている、性欲が強く、同種の雌に限らず人型種族の雌であれば何でも良いので襲いかかる――というのも、この世界では踏襲されてるようだ。
この世界のオークの知能はそれなりに高く、集団生活をしていることが多い。
人の集落を襲ったり、女子供を誘拐したりということはするものの、迂闊に襲えば逆襲されると理解しているので、集団でいる時は比較的大人しい。
そんなモンスターのようだ。
はぐれオークというのは、そんな集団からあぶれたオークのことらしい。
基本的には集団の輪を乱すタイプが排斥されて、ぼっちになったオークということなのだろう。
この手のオークには、種族として守るべきルールも仲間もないため、本能のままに暴れ回る。
その為、人気の少ない集落や、街道などで人を襲う。
「オークって進化種としてハイオークがいるんだけどね。
どうにも、ここらで暴れてるはぐれオークは、ハイオークよりも上位のグランオークっぽいんだよね」
「いやいや。笑ってるようなコト?」
腕の良い冒険者であれば、タイマンで勝てるのがオークというモンスターらしいが、進化するとスペックが跳ね上がるらしい。
サリーはそれなりに腕の覚えがあるようだが、話を聞いている限りだとグランオークとやらは相当強そうではある。
「大丈夫だって。確かにグランオークはふつうの冒険者からすれば強敵だけど、わたしくらいのレベルになれば、勝てる相手だしね」
「君がどれだけ強いのか、俺はわからないんだけど?」
「それは実践で見せてあげるよ。仕事のあとクロトを街へ送るって約束は絶対守るから、信じてよ」
「……まぁ、いいけど」
などと言いつつ、黒斗はふと思った。
そんなやべー相手と戦いに行くサリーと一緒にいていいのかな……と。
戦えない素人なんていうのは完全に足手まといだ。
「あ、もしかして自分のコトを足手まといだとか思った?」
「まぁね」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。
グランオーク程度が相手なら、枷があろうとなかろうと関係ないからさ」
散歩の途中に寄り道する程度の気軽さのサリーに、そんなものかと黒斗は息を吐いた。
そうして、しばらくは雑談混じりの常識のすりあわせのようなことをしながら歩く。
やや歩いて――爆音が響いた。
「魔術? 火炎系の炸裂するやつかな?」
音の出所をサリーが探っていると、続けて人の話し声が聞こえてくる。
「くっそ、何なのよコイツッ!!」
「逃げろッ! ただのハイオークじゃないッ!」
だいぶ焦ったやりとりに、黒斗は思わずサリーを見た。
すると、サリーはこちらを見て一つうなずいた。
「行くよッ! 近くに居てくれないと守れないからつかず離れずで付いてきてッ!」
言うなり、彼女は走り出す。
「ちょッ、森の中だっていうのにそんな素早く……ッ!」
戸惑いながらも黒斗は、彼女のあとを追いかけた。
追いかけていると、キラキラとしたものが見えてくる。
恐らくは陽光を反射している湖か何かだろう。
視界が開けると、そこには無数のオークの死体が散らばっている
無惨な光景に、あまり馴れていない黒斗は思わず吐きそうになって、それを堪えた。
「そこのお二人さんッ! どういう状況ッ?」
グランオークと思われる、周辺に転がってるオークよりも二周りは大きそうオークをパンチ一発で吹き飛ばしながら、サリーはさっきの声の主と思われる二人に訊ねる。
「ここにあったオークの集落の監視の仕事をしてたんだ」
「そしたら、あの大きい奴が急にこの集落を襲いだして」
「……群からはぐれすぎると、同族相手も構わず襲うようになるのね」
男剣士と女魔術師がそれぞれに口にする。
集落を監視するだけならば、大人数はあまり必要ないのだろう。
サリーが僅かに思案をしていると、吹き飛ばされたグランオークが雄叫びを上げながら立ち上がった。
「はぐれオーク……? あれがか?」
「でも、いくらなんでも同族の群れを襲うなんて……」
「やっぱりグランオークに進化してるっぽいしね。力が増大して考え方が変わっちゃったのかも」
グランオークの名前に、二人が驚愕を浮かべる。
それだけやばい相手かもしれないなー……と黒斗がのんびり思っていると、サリーがこちらを見た。
「クロト。ボサッとしてないでね」
「え?」
「二人とも悪いんだけど、わたしの連れをお願い。
街に送り届ける予定の人でね。戦闘はできないんだ」
「護衛相手連れて助けに来たのッ!?」
「無茶してんなッ!」
驚きながらも二人は手早く黒斗の近くにやってくる。
「巻き込んでしまってすみません」
「いえ、困ってる時はお互い様といいますか……」
突然謝られて、黒斗はしどろもどろに答えた。
状況に付いていけていないが、とりあえず今は二人が自分を守ってくれるのだろう。
(現実は……龍也のようには立ち回れないよな……。
正直、グランオークとか怖いし……)
吹き飛ばされた瞬間しか見ていないが、かなりの大きさだった。
それに、周辺で生き絶えているオークたちをみる限り、とてつもない胆力ももっていそうだ。
黒斗は、自分が殴られたら絶対に一撃で死ぬ自信があった。
(無事に終わりますように……)
祈るような様子で、サリーを見やった時だ。
「グオオオオオオオオオッ!!」
サリーに吹き飛ばされていたグランオークが雄叫びを上げ、茂みの中から立ち上がる。
二メートル後半はありそうな巨躯。
両腕に、手の甲から肘に掛けてガントレットのようなものをつけているが、皮膚との境目が分からない。もしかしたら、皮膚が変化しているものなのかもしれない。
足も、膝から足首に掛けて似たような形だ。
腰には申し訳程度のボロ布のようなものを巻いており、首にもボロボロのロングマフラーのようなものを巻いている。
「ガントレットにアンクレット……?」
立ち上がったグランオークの姿に、サリーが訝った。
「ブゥオオオオオオオオッ!!」
だが、彼女が何か考えるよりも先にグランオークがサリーに襲いかかる。
「え? 速ッ!?」
上段から打ち下ろされる拳を慌てて避けて、サリーは剣を構えなおす。
「みんな、もっと離れてッ! こいつ、ただのグランオークじゃない。グランオークの変異種だッ!」
「な……!?」
目を見開くカップル冒険者の横で、黒斗は首を傾げた。
「変異種?」
「教えてやるから、とりあえず下がるぞ」
剣士の方に手を引かれて、戦場から距離を開ける。
「モンスターの中には進化ってパワーアップをする奴がいる。それは知ってるな?」
サリーとグランオークの戦いが見やすく、逃げやすい場所に移動したあとで、剣士がそう訊ねてきた。
戦闘前にサリーから聞いていた話なので、黒斗は素直にうなずく。
「変異種っていうのは、その進化の過程で通常とは異なる姿を得た進化種のコトね。だいたいが通常よりも凶暴で、通常よりも強力な種になってるわ。
私たちはグランオーク自体を見たコトがなかったから分からなかったけど、あの娘の言うとおりグランオークの変異種だったらとんでもない話ね……」
二人から話を聞く限り、グランオーク自体が出現すると上位の冒険者や騎士団長などの高い戦闘能力保有者が緊急出動するレベルの相手らしい。
それの変異種となると、どれほどの強さなのか想像もできないそうだ。
「でも、サリーはふつうにやり合えてるけど……」
「それはオレも驚いてるけど、あの娘は見た目とは裏腹に高位の戦闘能力保有者なんだろう」
「私たちだけだったら、こんな長期的な足止めは出来なかったかも」
「サリー……グランオークくらいなら、足手まといがいても問題ないとか言ってたな」
黒斗がそう口にすると、二人の冒険者は顔を見合わせた。
「それだけのレベルの娘が苦戦してるのか……」
「まずいわね。急いで逃げるべきだとは思うけど……」
「この人を任されちまったしな……」
「私たちのせいで、あの娘がここへ駆けつけたんだから、無責任はできないわよね……」
チラリとこちらを見る二人の様子に、黒斗は申し訳なくなって、そんな気分を誤魔化すように、サリーとグランオークの戦いを見る。
(やっぱり、足手まといになってしまった……)
想定外の相手だったことを差し引いても、なんだか申し訳ないやら情けないやらだ。
(ゲーミングベルターがあったところで、クラスガチャプセルがなければ変身は出来ないし……いやまぁさすがに変身できても、俺に出来るコトなんて……)
自分は、クールで頼れる兄貴分の氷室龍也ではなく、オタク気質の気弱な俳優・吉田黒斗でしかないのだ。
(龍也なら……こんな時、どうするのかな?)
ふと、自分の演じる役のことを考える。
余裕で勝てると言っていたサリーが、倒しきれない相手だ。
本物の戦闘なんて経験したことがない黒斗では、援護も何もできない。
だが、ウィルスルスという怪人たちと戦ってきた龍也であれば、変身できなくても何か対策を立てられるかもしれない。
(龍也なら、たぶん観察する。調べる。
ゲーマーとしての龍也も、仮面闘士としての龍也も、事前の情報が得られる相手であれば事前に調べてたはずだ。
そうでなくても、現地で観察して把握できるコトは把握する……)
それこそ特撮の戦いを思わせるようなハデな戦いを演じているサリーとグランオーク。
そんな中でも、グランオークに意識のフォーカスを合わせていく。
サリーの攻撃を左腕で受け止めて、右手の拳を繰り出す。それをサリーは躱すと、彼女は左拳を光らせて拳を打ち出す。
人間で例えるならば、ヘソの辺りにその拳をめり込ませるが、グランオークは耐えてニヤリと笑った。
サリーがまずいという表情で顔を上げた時、グランオークが乱暴に振り上げた足が彼女を捉える。
(あれ……? あの両腕と両足……皮膚が硬質化したようなものみたいだけど、あの形状どこかで……)
無造作なその蹴りによって、サリーはボールのように宙を舞って、地面に落ちる。
彼女がダメージを受けたことに若干の焦りを覚えるが、自分が焦っても事態は変わらないと言い聞かせる。
事態を変えたいなら、変えられるレベルのネタを見つけださなければならない。
「ゲホ……ッ! まだまだァ……ッ!!」
口の中の血を吐き捨てて、サリーは地面を蹴った。
踏み込み、握った剣で切りつける。
彼女の放った横薙ぎの一閃は、しかしグランオークを捉えることはなかった。
「え?」
グランオークは巨躯とは思えぬほど軽やかに飛び上がると、サリーに向かって空中から回し蹴りを放ってみせる。
それによって、サリーが吹き飛ばされて、地面を滑って黒斗の横まで転がってきた。
だが、サリーが蹴られた瞬間に、グランオークの首元にチラリと……マフラーに隠されていたと思われる首飾りが見えた。
その首飾りとなっている小さなボールのようなものには見覚えがある。
(……そうか……ッ! 生物のウィルスルス化現象……ッ! あのガチャプセルが変異進化の原因になってるんだッ!
なんでファンタジー世界で、ゲーマリオンの世界のような現象が起きてるかはわからないけど……ッ!)
気付きを確信に変えた黒斗は、剣を支えに立ち上がるサリーに告げる。
「サリーッ、マフラーだッ! その下に隠れてる首飾りの玉を俺にくれッ! 俺が戦うチカラを得る為に必要なアイテムを、何故かそいつが持ってるッ! それがあれば援護できるはずだッ!」
「信じていいの?」
その言葉に、黒斗は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
(龍也なら……龍也ならなんて答える……?)
僅かな逡巡のあと、黒斗は告げた。
「信じる信じないはサリーに委ねるしかないな。
だけど、俺が援護できれば、後ろの二人を逃がす時間を稼ぐ余裕はでるだろ?」
「付き合ってくれるんだ?」
「こんな怪しい奴に親切にしてくれたお礼だよ」
黒斗の言葉に、サリーは笑顔を浮かべる。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるグランオークを見て、肩を竦めた。
「あの余裕ムカツクよね」
「まったくだ」
「信じたよ」
「ああ。信頼には応えたいと思う」
「OK」
サリーが駆けた。
グランオークの攻撃を潜り、マフラーを切り裂く。
その下に隠れていたボールを見つけ、続けざまに首紐を斬る。
グランオークの首から落ちるボールをキャッチして、飛び退こうとした瞬間――
「グゥゥゥガァァァァッ!」
グランオークが吼えた。
同時に、グランオークが右手を輝かせてアッパー気味のブロウを放つ。
「あ――……がっ……」
それの直撃を受けたサリーが、三度目の宙を舞う。
しかし、今回は空中で受け身を取ろうとする素振りがない。
「サリー……ッ!」
思わず黒斗は駆け出す。
「あッ、ちょっとッ!」
冒険者カップルが慌てて制止の声をあげるが、その程度で黒斗は止まらなかった。
落ちてくるサリーを受け止めるが、格好良くお姫様だっこの形で――などということはできずに、一緒に倒れ込んでしまう。
「えへへ……ごめん。ありがと」
弱々しく笑う彼女を、自分の上から優しくどかす。
サリーは横たわったまま、笑みを浮かべた。
「でも、取ってきた」
「ああ」
ガチャプセルを受け取り、黒斗は立ち上がる。
「だけど……ちょっと、戦うのシンドイかも……。薬とか使って回復するから、ちょっと待てる?」
「これがあれば、時間稼ぎくらいはできるさ」
「うん。お願いするね」
倒してしまってもいいだろう――なんて、格好良く言えればよかったのだが、黒斗はシラフのままそれを口にはできそうになかった。
だけどそれでも――彼女がクラスガチャプセルを持ってきてくれたのは確かだ。
だから、黒斗はゲーミングベルターを取り出した。
そしてサリーを守るように、オークの前へと立ちはだかる。
「お、おい……」
「二人とも、サリーをお願いするよ」
今の自分が、吉田黒斗なのか氷室龍也なのかがわからなくなっている。
だが、それがどうしたというのだろうか。
そのどちらの人間であったとしても、この場から逃げ出してしまうような人間ではないのだ。
戦う力はここにある――
「……【変身】……。ちゃんと使えるコトを祈ろう」
小さく呟いて、ゲーミングベルターをお腹へとかざす。すると、バックルだけだったゲーミングベルターからベルトが現れて、黒斗の腰に巻き付いた。
「CG処理とかじゃなくて、実際にベルトが発生するってこんな感じなんだな」
我ながらのんきな――と思いながらも、感想を口にする。
グランオークはだいぶ近くまでやってきている。
右手の中にあるクラスガチャプセルのフタを親指で弾く。
中には『仮面闘士』と書かれた文字。フタの裏には仮面闘士ユーザリオンの顔が彫られるよう描かれている。
見慣れたアイテムそのものだ。
文字の描かれた面を左手で撫でる。
するとそれに反応して、アイコンが青く輝き、音が鳴る。
『仮面闘士ッ! 高まる闘志ッ! クラスは闘士ッ!』
左手でバックル右側のカバーを開き、そこへ文字やアイコンの面を自分側に向け、右側からスライドさせるようにセット。
右手はバックルを通りすぎるように動かし、引き戻しながらカバーを閉じる。
左手を銃の形にし、左足は半歩踏み出す。
銃の形をしている左手をまっすぐに相手に向けながら、右手の掌でバックル頭頂部にあるスイッチを力強く押し込み、その言葉を口にした。
「変身ッ!」
それに呼応するように、ゲーミングベルターも叫ぶ。
『ゲットレディ! ユーザリオ~ン! ファイト!!』
黒斗は光に包まれ、その姿を変える。
光が収まったあとで自分の両手を見下ろしながら、本当に変身できたのを実感すると、覚悟を決めたように顔を上げる。
そしてグランオークに向けてゆっくりと歩きながら、いつもの口上を口にした。
「世界で遊べ。世界よ遊べ。誰もが笑って遊べる世界の為に――仮面闘士ユーザリオン!」
口上の後で足を止め、グランオークを指さした。
「今日の対戦相手は……お前だな?」
★
「世界で遊べ。世界よ遊べ。誰もが笑って遊べる世界の為に――仮面闘士ユーザリオン! 今日の対戦相手は……お前だな?」
手持ちのポーションを飲み、女魔術師から治癒術を掛けてもらい、ようやく起き上がれるようになったサリーは、突然のクロトの変化に言葉を失う。
「特定の道具を媒介とした固有技能……?」
クロトの全身を覆う青色をベースにした奇妙な鎧。
顔すらもそれで覆われているものの、前は見えているようだ。
「ははっ……やべぇな、あれ。本当にさっきの情けない感じの兄ちゃんなのか……?」
サリーの横で見ている剣士も顔がひきつっている。
「私たちに向けた敵意じゃないって分かってるのに、すごいプレッシャー……何なの、あれ……?」
治癒術を掛けてくれている女魔術師の言葉もわかる。
サリーにも似たような疑問がわき上がる。
だけど、サリーの中では疑問以上の信頼が芽生えていた。
「本当に、わたしを援護できるだけのチカラがあったのね。
……援護どころか、一人で倒せちゃいそうだけどさ」
その背中を見ながら、サリーが笑う。
「行くぞッ、グランオークッ!!」
クロト――いやユーザリオンの全身に力がこもる。
「グオオオ……ッ!」
グランオークが身構える。
その瞬間――
「うおおおおお……ッ!」
弾かれたように、ユーザリオンは駆けだした。
グランオークの繰り出す裏拳のような横薙の攻撃。
それをユーザリオンは躱すと、そのガラ空きの胸にむかって右の拳をたたき込んだ。
ヒットと同時に火花が飛び散る。
ユーザリオンは右手を振るった勢いを殺さず、右足を軸に身体を捻って左足の裏を当てるような蹴りを放つ。
先と同じような火花を散らしながら、グランオークは吹き飛んだ。
「来いッ! 攻略秘剣ッ!」
地面を転がるグランオークを見ながら、ユーザリオンは左手でバックル中央の四角く光る部分を撫でる。
「クリアセイバーッ!」
するとそこから剣の柄のようなものが出てきて、ユーザリオンは右手で引き抜いた。
ユーザリオンがその剣の柄を構えると、そこに大きく分厚い刃が現れる。
サリー含む三人はその剣を見て目を眇めた。
ユーザリオンの全身鎧と揃いのデザインのようにも見えるが、その奇妙な剣は、本当に剣として機能するのか怪しく見えるのだ。
ゴテゴテとした無意味な装飾が多く見えるし、それでいてあまり重量を感じないチープさのようなものを感じてしまう。
だが、使い手であるユーザリオンはそんなことを気にはしていないのだろう。
剣の鍔についているバックルと同じような四角い空白部分をつついている。
すると、その剣が声を上げた。
『タ~イムッ、アタックモードッ!』
同時に剣が光り輝く。
立ち上がったグランオークへ向けて、光を棚引かせながら、剣が振るわれる。
斬撃が当たるたび、拳や蹴り以上の火花が飛び散る。
「嘘だろ……あの変異グランオークを圧倒してる……」
剣士がゴクリと唾を飲む横で、魔術師の方が首を傾げた。
「何でいちいち火花がでるのかしら? そういう追撃効果スキル?」
「だとしたら欲しいなあのスキル。すげーカッコいい」
「は?」
いい大人だと思われる剣士が子供のように目を輝かせると、妙に冷たい視線と声を魔術師が向ける。
サリーもカッコいいと思ったのだが、あえて口にしない方が良さそうだ。
「ダメージを与えるのが一苦労だった硬い皮膚や弾力のある腹部も、関係ないかのように斬るのね……」
グランオークを斬りつけているユーザリオンを見ながら、サリーは小さく呟く。
自分の実力不足と自惚れを見せつけられているようで、少しばかり心が痛い。
だけどその背中に、嫉妬する気はおきない。
ユーザリオンが放つバックナックルのような斬撃を受けて、グランオークはたたらを踏んで膝を付いた。
そのタイミングで、ユーザリオンの持つ剣が声を上げる。
『リミットタ~イム! チャージOK!』
「いくぜッ!」
その声に合わせるようにユーザリオンは剣の空白部分を撫でると、剣はひときわ大きな声を上げ、光を放った。
『ファイナルタ~イムアタック!』
「これで、決着だ」
両手で剣を握り、その切っ先をグランオークに向けるとユーザリオンから数本の光の帯が生まれた。
光の帯はそのままグランオークに巻き付いていく。
拘束されたグランオークに向かって、ユーザリオンは剣を振り上げて、力強く踏み込み――
「喰らえッ! リミットブレイクブレイバーッ!」
力強い光を放つクリアセイバーを振り下ろした。
直後――拘束していた光の帯が弾けると、グランオークの頭上に数字の3が現れる。
よろめき一歩下がるグランオーク。数字が2になる。
立っていられないのか両膝を地面につく。数字が1になる。
そして、地面に倒れ伏せると数字が0になり、グランオークの身体が一拍置いて爆発四散した。
その爆風をバックにユーザリオンはゆっくりとこちらへ振り返ると、クリアセイバーを軽く一振り。
すると、刃がなくなり柄だけになったそれをバックルへとしまう。
爆炎をバックにこちらへ向かって歩きだしたユーザリオンは、ゆっくりと光に包まれ、その光が収まると、クロトの姿に戻っていた。
★
(うあー……マジで怖かった……ッ!!)
身体が勝手に動くような感覚で戦えたから良かったものの、考えてみれば本当の戦いというのは始めてなのだ。
ゲーマリオンの撮影はもとより、色んな映画や舞台で殺陣を演じたことはあっても、殺陣はあくまで殺陣でしかないのだから。
「クロトッ!」
「サリー? ケガは平気なの?」
「うんッ、ポーション飲んだし、あっちの人が治癒術かけてくれたしね」
「治癒術なんて……本当にファンタジーな世界なんだな、ここ」
「え?」
「なんでもない」
思わず漏れた言葉に、黒斗は首を横に振る。
「何であれ無事で良かったよ」
「そういうクロトは? えっと、全然攻撃が当たってなかったから無事だとは思うんだけど……」
「うん、大丈夫。正直、このチカラで本格的な戦闘をする初めてだったから……ちょっと心臓バクバク言ってるけど」
そう苦笑すると、冒険者カップルも苦笑している。
「あれだけ動けて本格的な戦闘が初めてってどういうコトだよ?」
「そうね。随分馴れた動きのように見えたけれど」
三人が興味深そうな顔をしているのを見、黒斗は後ろ頭を掻く。
「演劇とか舞台とかお芝居とか……そういうの分かるかな?
俺、地元では英雄譚みたいな物語の、主人公の師匠みたいな役を演じててさ。
敵役相手に剣舞のようなコトもやってるから、練習は結構してたんだけど……」
「じゃあこれだけのチカラを持ってて、お芝居にしか使ったコトがないの?」
「うん、まぁ……」
サリーの問いを肯定すると、三人はなんともいえない微妙な表情を浮かべた。
実戦経験がないと言ったのだから、当然と言えば当然かもしれない。
三人の表情に黒斗も困った顔で返す。
しばらく困った顔の黒斗を見つめていたサリーだったが、ややしてニッコリと笑った。
「クロトの護衛、やっぱ必要っぽいよね」
「まぁ、そうだね。お願いできるかな?
変身しないと戦えないし……何度も変身できるもんでもないしなぁ……」
ゲーマリオンの作中では変身のリスクが番組中盤で判明する予定だった。黒斗の演じる龍也はそれを知った上で変身し、ウィルスルスと戦っているという設定だ。
そして、こちらへと転移してくる直前に撮影していたのが、主人公に対してそれを語るシーンだった。
ゲーミングベルター。クラスガチャプセル。変身。ウィルスルス化したオーク。
これだけゲーマリオンの要素が揃ってるのだから、変身のリスクも残っているかもしれない。
可能な限り変身する回数は減らしておく方がいいだろう。
「わかった。じゃあ、まずは街までだね」
「改めてよろしく頼むよ、サリー」
「うんッ!」
笑顔でうなずくサリーに思わず見惚れそうになっていると、横から冒険者の二人も声を掛けてくる。
「オレたちも街へ戻るところだし、付き合うぜ」
「そうね。サリーさんも、本調子じゃないかもしれないし。
巻き込んじゃった責任を取る意味でもね」
「えへへ。二人ともありがと! よろしく!」
素直に礼を告げるサリー。
それを見て、黒斗も二人に頭を下げる。
「変身しないと完全な足手まといなんですけど……よろしく」
「「よろしく」」
そんな黒斗に、二人の冒険者は快く返事をするのだった。
…………………
「ところで、サリーの元々の依頼ってはぐれオーク退治じゃなかったっけ?」
「あ」
「「え?」」
★
拝啓、ファンのみなさまへ……
こうして、私の異世界での生活がはじまりました。
いつ地球に帰れるか分かりませんが、帰れるまではこちらの世界でがんばっていきたいと思います。
応援、よろしくお願いします。
このあと、サリーと一緒に悪い領主とか魔王みたいな奴を退治する旅をしたり、1号闘士役の俳優さんも転移してきて一悶着あったり……とかあるような気もしますが、何も考えていないのでここで終了です。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたのであれば幸いです。