第1章-1 Prologue
「ああ いい天気だなあ、仕事するのがもったいないくらいだ」
気持ちのいい青空が広がっているのを見て、制服を着ているというのに思わず心の声が出てしまい慌てて周りを見回す。
幸い声の聞こえる範囲内には誰もいないのでホッとした。
ここはI県のSという海岸線に面した小さな集落だ。
今年の春、警察学校を卒業してこの村の駐在所で働きだしてから早いものでもう半年経った。
警察学校のあった県庁所在地のK市から来た当初は、さすがに少し寂しかったが今では豊かな自然のこの村にもようやく馴染んできたような気がしている。
着任してからこれまでに事件らしい事件は発生していない。
扱った事件(?)と言えば、村の外れに住むふじえばあちゃんから「軒先にスズメバチの巣ができたの、でなんとかしてください」と110番がかかり出動したことくらいだ。
警察学校では教官からスズメバチのことを習わなかったし、スズメバチが頭の上を飛び回るので内心とても怖かったが、祈るような視線を感じては警察官として逃げるわけにもいかず、へっぴり腰ではあったが、なんとか叩き落とし面目を施すことができた。
ふじえばあちゃんのホッとした顔を見て管内住民の安全を守ったという充実感と達成感を味わった時、”ぐうっ”とお腹が鳴り、スズメバチを駆除しているときは夢中で時間の感覚はなかったが、もうお昼であることを知った。
ふじえばあちゃんから、「たいしたものはないけど、お礼にご飯でも食べてって」と言われ、一度は断ったが重ねて言われると無碍に断るのはかえって失礼なのではないかと思い好意に甘えることにした。
大きい家の玄関で靴を脱ぎ、部屋に上がらせてもらった。
部屋の中を見回すと、小さな赤ちゃんを抱いたお父さんの写真を使った丸い掛け時計が目に入った。
「この時計、いいですね」
台所にいるおばあちゃんに声をかけると、孫とひ孫の写真を使って孫のお嫁さんが作ってくれてプレゼントしてくれてものだと嬉しそうに教えてくれた。
ほどなくして、おばあちゃんがお盆に乗せて食事を運んでくれた。
駐在所で一人暮らしなので、食事は近くのスーパーやこの地域に展開している”すし弁”から買って来たもので済ませているので手作りの料理は実に久しぶりだ。
どれも美味しかったが、特にだんごのお汁が絶品だった。
聞けば、H市に住んでいるおばあちゃんの息子さんが大好きとのことで、帰省するたびに作っているそうだ。