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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第一章 美少女怪盗メリー
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鞍替え?

 沈黙は長かった。

 メリーがもう一度声を上げた。


「劇団に入れてください。お願いします」


 深く頭を下げる彼女を見下ろして、大男は微動だにしない。後ろの劇団員たちも何も言わずに冷めた目でこちらを眺めていた。

 さらに数呼吸置いて男は口を開いた。


「他をあたれ」


 そして反応を待たずに脇を抜けて歩き出す。停滞していた空気が再び動き出した。


「お願いします。わたしたち、行くところがないんです」

「知らん」


 追いすがるメリーを、男は気配で圧する。明らかに拒絶されていて、とてもではないが話を聞いてもらえるようには見えない。


「せめて事情だけでも聞いてくださいよー!」


 孝介はどうせ無視されるだろうと脇から見ていた。はなから相手にされていない。それよりもそろそろあの警官たちの視界にも入る位置で、その方が問題だった。孝介は止めに入るために足を踏み出した。

 だが意外なことに大男は聞く気があったらしい。


「どんな事情だ?」


 視線は前に据えたままメリーに問う。興味がないような聞き方のようでその実声の響きはそれほどそっけなくはない。


「わたしたちは大トビのメンバーです!」

「おま……っ」


 自慢げに胸を張るメリーに思わず絶句した。

 駆け寄って腕を掴むが、それ以上どうもできずに固まる。

 大男の足がぴたりと止まり、そのぎょろりとした目玉がこちらを向いた。孝介の心臓も止まりかけた。


「大トビ」

「知ってますよね、この街のシーフギルド」

「馬鹿げたコソ泥集団か」

「ひどいです……」

「傷ついた振りはやめろ。雑な演技は心底不愉快だ」


 孝介には本当にグサッときた顔に見えたが。

 だが男が改めてこちらに向き直ると、そんな些細なことを考える余裕もなくなる。


「それで? つまらない身元を明かし、お粗末な演技を披露してわたしにどうしろと?」

「劇団に加えてください」

「冗談も大概にしろ。犯罪者を雇うほどわたしたちは愚かにはなれん」

「でも甘くはなれる。そうでしょ?」


 一瞬。ほんの一瞬だが大男が言葉に詰まった。


「わたしたち、大トビのメンバーなんですけどもうクビまで秒読みで……ほとんど切り捨てられちゃってます。今度の仕事をミスすればもう終わりです。でも自信ないです。ってことはクビ確定です」


 男は無表情にメリーを見下ろす。全く考えの読めない顔だ。正直なところ不気味としかいいようがないが、それでもメリーはひるむことなく続ける。


「わたしは泥棒としての生き方しか知らないです。それってつまり、この街では、ううん、この世の中には居場所がないってことです。そんなわたしがギルドという最後の居場所を失ったら……行くところがないんです」

「劇団なら受け入れてくれると?」

「わたしみたいな人がいっぱいいるって聞きました。行き場のない人でも拾ってくれるんでしょ?」


 そこでふいに悟った。劇団というのは定住の地を持っていない、『訳あり』者の集団なのだ。


「わたしたちを助けてください。お願いします」


 メリーは再び、深く頭を下げた。

 困ったような沈黙がその場に落ちた。

 大男はしばらく考えるように目を細め、それから孝介の方にも視線をよこし、そして重々しく口を開いた。


「何ができる」

「え?」

「団長」


 口をはさみかけた劇団員を、大男は手振りで制した。


「事情は分かった。だが何もできない者を団の一員にするわけにはいかん。お前たちはなにができる」

「何でもします! 掃除洗濯料理雑用、必要なら恋の相談だってやっちゃいます」

「それは間に合っている」

「え?」


 思わず声を漏らした孝介を涼しく無視して劇団長は言葉を重ねた。


「他にできることはないのか」

「荷物持ち!」

「足りてる」

「遊び相手!」

「十分に」

「パシり!」

「潤沢だ」


 メリーがむぅ、と言葉に詰まる。旗色が一気に悪くなった。


「ていうかなんだよそのチョイスはよ」

「だっていいの思いつかないんだもん。コースケも考えてよ」


 必死に考えているのかぎゅっと目をつむって言う。

 そのまま腕を組んで首をかしげ、限界まで傾いたところで。

 はっ、と彼女は目を見開いた。


「この人めっちゃ強いです!」

「……は?」


 突如指さされて孝介はうめいた。


「大トビ一の暴れん坊! 手の付けられない剛腕男! このあたりじゃみんなが噂する! 『でもトマさんよりは弱いよね』って」

「おいコラ」

「そう言うわけで見世物にはちょうどいいと思うんです。何でも壊して見せますよ。手始めにその荷車壊しましょうか」

「いや、いい」


 団長が首を振る。相変わらずの無感動な視線が孝介の腕に注がれた。


「剛腕……? とてもそうは見えないが」

「へっへっへお客さん、それはこれから膨らむんですぜ」

「膨らまねえよ、つーかなんだそのキャラ」


 下卑た笑みを浮かべるメリーをはたき倒して、孝介は団長に向き直った。頭を下げる。


「すんません俺の連れが見苦しい真似しました。すぐに消えるので忘れてください」


 それから急いで馬鹿を引きずって去ろうとした、その時だった。

 風を切る鋭い音。重量物が襲いかかってくる気配。

 メリーを突き飛ばして振り上げた腕が、何か力強いものにつかまれた。


 そのままひねりつぶされれば終わりだっただろう。

 だが孝介は瞬時にひねりを加えることでその力の支配下から素早く逃れた。

 同時にその経路に逆にたどって肘打を滑らせ叩き込む。

 骨が肉をえぐる音が鈍く響いた。


「っ……」

「団長!」


 悲鳴が小さく響いた。

 その声を遠くに聞きながら、孝介は血の気が引いていくのを感じていた。

 やっちまった。反射的に、思わず。


 こちらの肘を腕で受け止めた団長はかすかな驚きを目に浮かべたまましばしの間沈黙していた。

 孝介は硬直したままこれからどうしようとそれだけを考えていた。

 最悪このまま豚箱行きかもしれない。


「……分かった、お前たちを劇団に迎え入れよう」

「え?」


 その意外な言葉に孝介は思わず訊き返した。

 腕を引き戻して打たれた箇所をさする団長が不機嫌につぶやく。


「なんだ、不服か?」

「そういうわけじゃないですけど……」

「コースケ、グッジョブ! さっすが剛腕暴れ馬!」


 飛び起きたメリーが親指を立てる。


「でもわたしをぶったのはバッジョブだからね」


 団員の一人が不安そうに声を上げる。


「団長、本当によろしいのですか?」

「構わない。役に立たないようなら放り出すまでだ」

「大丈夫、絶対役立って見せますよぅ!」


 団長たちの不穏な会話などどこ吹く風だ。メリーは機嫌よく先頭を歩き出した。


「さあ行きましょう次のお屋敷へ! 新しい仕事が待ってます!」

「お前は最後尾だ」

「……はーい」


 襟首をつまみあげられメリーはしゅんと肩をすぼめる。

 荷車運びに加わりながら孝介はさりげなく聞いてみた。


「コソ泥は向いてないからサーカスに鞍替えか?」


 言われた彼女はきょとんとこちらを見返して、それからにやりと笑った。


「まあ、一時的にねー」


 その意味が分かるのは、もう少し後になってからだった。

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