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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第一章 美少女怪盗メリー
6/43

劇団

「なあ。いつまでこうしてるんだ?」

「なにか思いつくまで」

「もう小一時間はたつんだけど」

「まだ倍は行けるし」

「かったるい……」


 屋敷を眺めるのに飽きて孝介は壁に寄りかかった。その物陰からは先ほどの豚男たちが立っている表門が見える。メリーと二人でそれをずっと注視し続けていた。


「あ、鼻が動いたよ! ぴくぴくって」

「それが何か?」

「えっと、面白いなって。面白くない?」

「それほどには」


 このやり取りは三度目だ。耳か口か鼻かの違いはあるが。つまりそれだけ変化がなく、そしてメリーも退屈しているということだった。

 空を仰ぐ。太陽の位置が変わっていて、そういえば日は移動していくものなのだなと久々に実感する。


「あ、今度は――」

「なあ、今日はもうあきらめないか」


 また口を開いたメリーをさえぎって孝介は言った。正直豚の観察記録を聞かされ続けるのにもそろそろ限界を感じていた。


「これ以上見てても何にもならないだろ。一度引き上げて策を練るとかした方がまだ意味もあると思うけど」

「でもあの人たち面白いし……」

「目的変わってないか」

「それに引き上げる場所ないよ」

「え?」


 訳が分からずうめく。


「食堂のにいたときにも言ったけどギルドの支援はもう打ち切られちゃってるし。資金もなければ拠点もないの。今晩泊まる場所もない。コースケも同じ」


 しばしその意味を頭の中で転がして。

 孝介はぽつりとつぶやいた。


「マジで?」

「うん。大マジ。ほらほらお財布からっぽ」


 布袋を逆さにしてメリーは気楽に言う。

 急に降ってきた頭痛に孝介はこめかみを押さえた。


「お前んとこの組合は一体何考えてるんだ……?」

「期待されてるってこと?」

「実質切り捨てられてるんだよ馬鹿」


 牙をむき出すような心地でうなる。

 豚男たちのいる表門をにらんで孝介は重い事実をかみしめた。


「くそっ、超短期戦か。これはなにがなんでも成功させにゃ」

「すっかりやる気!」

「うっさい死ね!」


 はたき倒して壁際に寄る。

 豚警官たちは相変わらず不動でそこにいた。一ミリたりとも移動していない。何日も前からずっとあそこに立ちっぱなしと言われても信じてしまいそうな佇まいで、もしかしたら事実そうなのかもしれない。


(そんなわけあるか、交代の時間は絶対に来るはず)


 犯罪物の映画などではそういった隙を狙うのがお決まりではある。

 だが弱い所を守るのは当然で、警戒されているのもまた容易に想像できる。


(ていうか昨日の今日なんだから警戒度も最高潮だろ。警官もたくさんいるだろうしそんなんで成功するはずが……いや、それが盲点か? といっても出たとこ勝負で入ってどうにかできるわけもなし……)


 考えばかりがぐるぐると空転する。時間だけが過ぎて、何も思いつかないまままた少し日陰が移動した。


「ねえねえあれ見て」


 最初はその声を無視しようとした。だが腕を思い切り引っ張られてはそれも叶わない。


「なんだよっ」

「見て、あれ!」


 彼女が指さす先、ある邸宅の門から、なにやら大勢の人が出てくるところだった。

 皆一様にきらびやかな衣装に身を包んだどこか現実離れした雰囲気の集団だった。いや、巨人やら動物顔の警官やら非現実的なものはたくさん見ているが、それとは別種のものだ。空気が違うというのか幻想的とでもいうのか。


 彼らは邸宅を出て移動を始めた。大荷物を積んだ荷車をひいて、ゆっくりと。その時に気づいた。彼らに感じる妙な現実味のなさの原因。歩き方が妙にすっきりとして無駄がない。


「劇団だぁ……!」


 メリーが目を輝かせた。


「劇?」

「お芝居や音楽、踊りでお金を稼いでる人たちだよ。道端でやることが多いんだけどこういうお金持ちの人たちに呼ばれて披露することもあるんだって」


 旅芸人の類らしい。そういうことなら飾りの多い装いも納得だった。あれは人に見せて楽しませることを目的とした格好だ。

 しばらく眺めてから孝介は屋敷に視線を戻した。確かに珍しいものだがそれが何か役に立つわけでもない。自分たちのやることに集中する必要がある。豚男たちに目を凝らす。


「行くよコースケ!」

「は?」


 手を取られたとき、一体何を言われたのか分からなかった。


「早くしないと間に合わなくなっちゃう」


 何が。そう聞く暇もなかった。ぐん、と腕が引っ張られて肩に痛みが走り、周りの景色がブレた。

 悲鳴を上げようとして衝撃に胸を叩かれる。投げ出されて地面に転がった。


「お願いします!」


 ぐるぐると回る視界の向こうでメリーの声がする。


「どうか、わたしたちを劇団に入れてください!」

「……なんだと?」


 腹に響く野太い声が上がった。

 孝介ははっと顔を上げた。めまいが晴れた視野の真ん中を、小山のような影が占領していた。


「お前らは……何者だ」


 赤く燃える眼球。頭からせりだす歪で太い角。

 鬼のような大男がこちらを見下ろしている。


「ええと……」


 孝介の頬を汗が伝う。真っ白になった頭が、それでも警告を発していた。

 すなわち、「逃げろ。無理ならごまかせ」


「俺たちは別に」

「すんごく怪しい者です!」


 ああ。

 孝介はすくんで立ち上がれない足を恨んだ。

 そして、ギリギリ叩けない位置にいるメリーを呪った。

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