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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第一章 美少女怪盗メリー
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仕事の下見

 祖父から継承した拳術は相手の力とぶつからないことを旨としている。

 衝突するのではなく触れる。止めるのではなく受け流す。対抗しないでただ調和して身を守る。攻撃するのは身を守るのに必要であるときだけ。

 自分にはまだ遠い境地ではあるが、極めていくと必ずしも相手を倒して勝ち負けを明らかにする必要がなくなるという。


「相手を自分のこととして感じることだ」


 祖父は言った。


「武術とは単に自分の都合を押し通すことではない。相手とのやり取りの中で最適解を導き出す、そういった営みだ。話し合いに近いんだ。相手に合わせてその都度やり方は変わる。だから難しい」


 苦笑したのは孝介の父との不仲を思い出したせいだったのか。

 だがその時の孝介は純粋に祖父の言葉に感動を覚えていた。

 内容のひとつひとつは十分に理解できたとは言い難い。だがこれだけははっきり分かった。


 祖父から受け継ぐこの武技はとんでもなく高級で、つまり最強なのだと。

 これを会得して負けるなんて考えたこともなかった。





◆◇◆





「ちィっくしょぉ……」


 翌日。朝の日差しが照らす大通り。

 まだ痛みの治まらない後頭部をさすりながら、孝介は低いうなり声を上げた。


「あの野郎、くそ、あの野郎め……」


 奥歯がミシミシと軋み、顎関節が不健康に痛い。だがそれで機嫌が直るわけでもなく、苦い味をさらにきつく噛み潰す。


「いきなり殴りやがって……この借りはぜってー返す」

「無理だと思うなー。トマさんすっごく強いし」


 口をはさんできたのは前を歩くメリーだ。黒ずくめを昼の装いに替えた彼女は、深くかぶったフードの下から面白がるような目を向けてきた。


「一回負けてるのに次で勝てるなんて普通なくない?」

「うるさい。俺の方がもっとずっと強い。だから勝つ。勝って泣かせて這いつくばらせて、そんで謝らせる」

「無理だと思うなー」


 メリーは同じ言葉を繰り返した。


「もし仮に勝ててもトマさんは泣くような人じゃないよ。ましてや謝らせるなんて、ねえ」

「そんなん知るか。泣かせるっつったら泣かせるし謝らせるっつったら謝らせるんだよ」


 とはいえ。昨日は一撃で落とされて、朝まで一度も目覚めることはなかった。反面、気持ち悪さやめまいなどといったものはない。あれは相当に精妙な打撃だった。

 冷たい眼光を思い出しながら考える。仕返しは確かに難しい。


(だとしても最低一発は返してやらねえと。可能なら、五発以上)

「でもよかったよー人手が増えて。手伝ってくれる人がいるのといないのとじゃ大違いだもんね」


 盗みの話らしい。いつの間にか手を貸すことで話がまとまっているようだ。

 顔をしかめて否定する。


「俺は手伝うなんて言ってないぞ」


 生前の祖父の戒めが頭をよぎる。

 強くあれ。しかし正しくあれ。

 盗みは正しいか。明らかに否だ。

 だがメリーはこちらの弱い所を突いてくる。


「言ってないけど言ったのと同じだよ。手伝わないならトマさんには会わせないってリーダー言ってたもん」

「くっそ……」


 舌打ちして、同じく目深にかぶったフードを直した。

 思い出すのは昨日引っ張り込まれた隠し部屋だ。ああいった場所が他にもあるのなら、独力で標的を見つけ出すのはほぼ不可能だろう。

 もちろんあからさまに怪しい仕事を手伝うなど論外ではある。ただ、今はそれを分かっていてなお悩むだけの理由があった。


 見回す。目の前をちょうど人が横切った。影が差し地面がわずかに揺れる。ただの人ではなく、身の丈三メートルを超える巨人だ。体には隆々たる筋肉がついている上、大きな木箱を肩に担いでいるのでその重量感は相当なものだった。

 商店の並ぶ通りで、物品の搬出入を行っているらしい。他にも何人かの巨人が行き交っていて危険だが、通行人たちは慣れた様子で足元をすり抜けていた。


 それだけの往来にふさわしく道は広い。ずっと遠くまで緩やかにカーブして続き、まだまだ先がある気配だけをうかがわせている。背後も同様だった。

 両側に並ぶ全体的に白っぽい建物群。門扉の一つに流麗な細工。はめ込まれた青と赤の宝石が光を反射して輝く。


 見知らぬ光景見知らぬ人々。

 すぐ前にいるメリーにしたってまだ昨日会ったばかりの、しかも聞いたところによるとなんとかいう得体のしれない種族の者らしい。


 孝介はいまいましく認める。

 自分一人の力では家に帰ることができない。いや、それどころか見知らぬこの街で一日をしのぐことすら困難だろう。


「……詰んでるじゃねーか」


 きっとリタはこちらが思い知ることも織り込み済みだったに違いない。腹立ちまぎれに蹴飛ばした小石が道のはしに転がった。


「ちゃんとついてきてるー?」

「……ああ」


 じいちゃんごめん。

 心の中で天国の祖父に謝りながら後に続く。


 延々続く道を歩いていくといつの間にか商店街が終わっていた。労働者の姿が見えなくなり、身なりのいい人々と大きな邸宅がちらほら見え始める。

 横を通り過ぎる豪華な馬車を横目にさらに歩いていくと道の先に一際大きな屋敷が姿を現した。


「ここが昨日のとこね」


 高い石塀。確かに見覚えがある。


「あと気を付けて」


 進む先に警官の姿があった。制服を着た豚顔の男二人だ。並んで通りに陰気な睨みをきかせていた。

 目を合わせないようにうつむいて通り過ぎる。しばらく離れたところでメリーが大きく息をついた。


「やっぱりいたね、警察」

「そうだな」


 肩越しに振り向いて豚男たちに目を凝らす。

 恐らくはいるのはあの二人だけではないだろう。見た目よりもっと厳重に守られているはずだった。





◆◇◆





 高級住宅街を抜けたところの食堂に入って。

 出されたスープにちろっと口をつけてからメリーが言った。


「それで、どうしようか」

「俺に訊くなよ。むしろ俺が訊くとこだよ」


 別に訊きたくはねえけど、と顔をしかめて背もたれにもたれた。


「でもぉ全然何も思いつかないんだもの。なんかいい手ない?」

「俺も全然」

「フリでもいいから考えてよー」

「頼めばいいんじゃないか?お宝恵んでくださいって」

「本気で言ってるの?」

「割と本気。本気でどうでもいい」

「そんなこと言わないでさあ」

「つってもなあ……」


 宙を見上げる。


「大トビとやらの支援は受けられないのか?」


 大したことを言ったつもりはなかったのだが、それを聞いたメリーがしゅんと縮んだ。


「これ以上面倒見きれない自分で何とかしろ、だって……」

「……見離されてんなー」

「ぐすん……」


 呆れた心地で首を回す。


「向いてないなら足洗えよ。こだわるほど大した仕事でもないだろ」

「それは駄目だよ」


 即答だった。

 目で問うと彼女はテーブルに視線を落したまま続けた。ぼんやりとつぶやくような、その割には確かな形のある不思議な声だった。


「大した仕事だから」

「コソ泥が?」

「向いてないかもしれない。でも、やりたい仕事だから」


 嫌味に動じない人間は強いと誰かが言っていたことを思い出した。

 何となく言い返せずにいるうちに彼女は再びスープに口をつけて。

 それから辛っ、と顔をしかめた。

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