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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
最終章 大怪盗メリー&コースケ
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悟り

 ジャッ!

 と、孝介の足が鋭く床をこすった。

 同時に拳打が飛んでいく。

 全力で放ったその一撃は、たがうことなく相手の中心に突き刺さった。

 が、手応えは軽い。

 それでも孝介は気にせずさらに力を込めた。


「……くっ!」


 逆棘の声が聞こえた。

 孝介の巧みな重心操作により体勢が崩れている。

 追って踏み込んだ一歩がさらに相手の内側へとせり入った。


「せっ!!」


 体のしなりを使って放った双掌がもろに通る。

 吹きとぶ逆棘を見ながら孝介は唾を吐き捨てた。


「影の爪ってのはこの程度なのか? これじゃあこないだのリプレイだな」

「やっちゃえコースケー!」


 後ろからメリーの声援も聞こえる。


「言わせておけば……!」


 立ち上がった逆棘は構えるが、孝介は両腕を広げて嘲笑った。


「卑怯な手を否定する気はねえけどな、それで楽してきた分真正面からの勝負に弱くなっちまってることはしっかり認めるべきだぜ?」

「……」


 逆棘はこちらをにらんだまましばらく無言だった。

 が。


「そうだな」


 唐突にその肩から力が抜ける。

 表情も流れ落ちるように消えてなくなった。


「なら存分に裏をかかせてもらうぞ」


 すっ……と手を上げる。

 何か攻撃の動作と思い孝介は構えた。

 が、そうではなかった。


「……!」


 唐突に足首を掴まれてぎょっとした。

 見下ろすと先ほどメリーを押さえていた男の一人がこちらの足元にしがみついている。


「このテメ――!」


 振り払おうとしたその瞬間。

 視界が縦に揺れた。

 顎を思いきる突かれて背中からまともに倒れ込む。

 逆棘は殴った勢いでそのままこちらに馬乗りになってきた。


「チッ!」


 間一髪で相手をいなして抜け出す。

 が、それと同時に目に何かを投げつけられた。

 痛み。

 砂か何かのようだが、目つぶしされて視界が悪い。

 構えるがほとんど何も見えない。


「……!」


 視界の隅で何かが動いた。


「そこか!」


 放った蹴りは、先ほど足首を掴んだ男に当たって彼を沈黙させた。

 どうやら違ったようだ。

 もう一度周りを見回したところで腕を取られた。後ろに回されて極められる。

 痛みに苦悶の声を上げると、背後から含み笑いが聞こえた。


「これで終わりだな」


 気づくと光球が目の前だった。

 とん、と押されて体が前に出る。

 光球に鼻先が触れる、というところで。

 なぜか祖父の言葉を思い出した。


『武術とは話し合いだ』

『相手に合わせてその都度やり方が変わる』

『相手を自分のこととして感じろ』


 背後で極められた腕を軽くひねった。

 腰の力を最低限まで抜き、瞬時に相手の力を受け流す。

 つんのめった逆棘の懐の内側で、孝介は意志の力を爆発させた。


「ハッ!!」


 逆棘が壁に叩きつけられる。


「ぐふッ!」


 よろめく彼に近寄っていく。


「チッ! 殺すのだけは許可されてなかったんだが、なッ!」


 閃いたのはナイフの輝きだ。

 腹を狙って突き出されるそれを、孝介は手の甲で受けた。

 ナイフがその表皮をえぐる――そのギリギリで。

 叩き落とす。

 さらに体勢の崩れた逆棘の喉に沿うように腕を絡ませ――


「セイッ!」


 鈍い音を立てて逆棘が床に沈んだ。

 悲鳴もあるいは上げたかもしれない。

 だが何にしろもう意識はないだろう。

 細く長く息を吐いて。

 孝介は構えを解いた。

 振り返るとメリーが手を振っているのが見えた。


「コースケ! かっこよかったよ!」

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