さよなら
一晩明けてまた日が暮れるまで。
情報を集めながらずっと孝介は考え続けた。
考え続けて、結局はこうするしかないという結論に至った。
「……」
夜の闇が迫る中にそびえ立つ塔の前に立ち、見上げる。
石造りのごつごつとした輪郭。覆いかぶさってくるような威容。
魔法局の本部だ。
「メリー……」
つぶやいて、口を引き結ぶ。
視線を正面に戻して足を踏み出した。
歩いていくと塔の入り口脇に誰かが寄りかかっているのが見える。
「どうも、コースケの兄貴」
逆棘だった。
何も答えないでいると彼は肩をすくめて建物の奥を示した。
「ではこちらへどうぞ。案内しやすよ」
後は無駄なやり取りもなく中へと踏み入った。
◆◇◆
塔の内周をぐるりと回るように続く通路と階段。
上がっていくにつれて闇が濃くなるように感じる。
明かりも最低限のものしかない。
だいぶ長くを歩き、そろそろ距離の感覚も分からなくなったところで大きな扉に行きついた。
「ここです」
「……」
逆棘のわきを抜けて、扉を押し開ける。
中から眩い光が眼球を刺して、孝介は目を細めた。
「コースケ!」
聞こえた声にはっと見やると、男二人に捕まえられたメリーの姿が目に入る。
「メリー!」
彼女は思ったよりは元気そうだった。
表情には疲労が見え、顔色もやや青白いがそれがただちに危険と言うほどのものではない。
逆棘に向き直って言う。
「あいつを放せ」
敵はただ小さく笑った。
「もちろんそのつもりですよ。そのために兄貴をお連れしたんですから」
「ただではないんだろ?」
「分かります?」
舌打ちする。
「どうすればいい?」
「なに、簡単なことですよ。無尽エネルギー産出計画のお手伝いをしていただくだけで結構です」
「もったいぶるなよ。さっさと言え」
「では単刀直入に。死んでください」
「駄目だよ!」
会話に割って入ったのはメリーだ。
「そんなの駄目! その人のいうことなんて聞かないで!」
暴れる彼女を両脇の男は力で押さえつけるが、構わずもがいて声を絞り出す。
「わたしはそれが嫌だから、コースケに死んでほしくないからここに来たのに……!」
「メリー」
孝介の言葉にメリーがはっと顔を上げる。
その少し汚れた顔に孝介は笑いかけた。
「今までありがとうな」
金切り声が上がった。もう言葉にすらなっていない。
その悲痛な叫びに奥歯をかみしめながら孝介は彼女に背を向けた。
逆棘が示す方を向く。
広い部屋の床にはびっしりと何かの幾何学的な紋様が描かれており、その中央辺りには光球が浮いている。
大きい。人一人をすっぽり呑み込んでまだ余裕がありそうな大きさだ。
その目の前まで行って。
コースケは目を閉じた。
「さよなら、メリー」
息を吸い、足を一歩前に――
その時、誰か、ここにいないはずの誰かの声がした。
「罪も償わず逃げるのは感心しないな、クソガキ」
同時。
硬く分厚い扉が音を立ててひしゃげた。
派手な音を立てて吹き飛んだ蝶番。
倒れる扉板を踏み越えて現れたのは狼頭の警官、ダグズだった。
「俺から逃げられると思うなよ」
「警察か! なぜ!」
逆棘が毒づく。
ダグズは懐から紙を取り出して広げた。
「ある筋からのタレコミだ。魔法局が規約を越えての暴走をしていると」
「……リィリ?」
思わずつぶやいた孝介に、ダグズは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「さあな。ともかくこの塔には警察の捜査の手が入る。おとなしく協力してもらおうか? 影の爪どの?」
「く……!」
逆棘はすぐに体勢を立て直した。奥の方へと逃げようとする。
メリーを押さえる男たちも同じだ。人質もろともこのまま姿をくらますつもりか。
だが孝介は慌てず呼びかけた。
「メリー」
愛する人と目が合う。
「好きだ。来い」
その瞬間、男たちが吹き飛んだ。
進路上の逆棘も、肩口を引っかけられて姿勢を崩した。
ものすごい勢いだ。やっぱり牛だな、と思う。
胸に飛び込んできたその小さい体を、しっかり受け止め抱きしめた。
「おかえり、メリー」
「ただいま。ただいま、コースケ」
潤んだ瞳でこちらを見上げ、彼女はもう一つ付け足した。
「愛してる」
ひとしきり抱きしめ合い、ぬくもりを分かち合った後。
コースケは名残惜しく体を離して、うめき声の方に視線を向けた。
「この……」
起き上がる逆棘がいる。
「ダグズさん、メリーを頼みます」
ダグズは何も言わずメリーの肩を支えた。
一歩、二歩と歩を進める。その頃には逆棘も体勢を整えてこちらへと構えていた。
「ようやくフェアな勝負ができそうだな」
「……」
逆棘は答えないが。
「借りは返すぞクソダボがッ!」
孝介は力強く打ち込みの一歩を踏み込んだ。




