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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第一章 美少女怪盗メリー
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大トビ

 逆光の怪しい人影に、孝介は身構えた。


「あんた誰だ……?」


 気配だけで背後を探る。音の響きからしてここは室内で、そちらの方から引っ張りこまれたはずだが出口が分からない。よほど巧妙に偽装してあるのか。少なくとも急ごしらえの空間でないことは間違いなさそうだ。


(つまり俺を待ち構えていた? こいつ一体……)


 もし相手が敵で、かつ逃げ道がないのなら最悪戦うしかないかもしれない。


「そんなに怖い顔しないでよ。せっかく助けてあげたのに」

「助けた? 人を無理やり引っ張り込むのをそう言うのか?」


 訊き返しながらじわりと足の位置を調整する。流れによっては即座に仕掛けるつもりで。

 その時は一撃で終わらせる。


(……よし!)

「リーダー!」

「ごッ!?」


 ただの一撃で孝介はのされた。


「リーダー聞いてください! わたしやりました! お宝手に入れましたよ! これで出て行かなくてもいいですよね? っていうか褒めてください! 頭なでるとかいいと思います!」

「こ、の……!」


 やたら硬い壁から体をはがして孝介はメリーを振り返った。


「何しやがるこの馬鹿力!」

「え?」

「え、じゃない! 死んだらどうする!」

「死んだらどうしようもないよ?」

「真に受けるな! 真面目か! 馬鹿真面目な馬鹿か!」

「そんなにバカバカ言われるとわたしでも傷つくかも」

「うるさい馬鹿!」

「ちょっと、あまり騒がないでくれる? ここがバレたらどうするの」


 位置が変わったおかげで声の主の顔がよく見えるようになっていた。

 ゆったりとした外套に身を包んだまだ若い女だ。整った顔に呆れた表情を浮かべている。


「捕まりたいんなら止めはしないけどね。臭い飯とか嫌じゃない?」

「俺は逮捕されるようないわれはない。ここから解放しろ」


 睨みつけるが女は肩をすくめただけだった。


「別にいいわよ。繰り返しになるけど止めはしない。ただね、いわれはないって言っても普通に捕まるわねあなた」

「そんな訳ないだろ」

「あるのよ。人は信じたいことだけを信じるもの。あなた一度疑われたのよね? だったら後はなし崩し的に犯人扱い。逃れるすべはないわ。頭ガチガチのあいつらを言い負かすアイディアはなにかあるの? どうやって無実を証明する?」

「……っ」


 言い返す言葉が見つからない。なぜなら相手の言っていることが痛いほど分かるからだ。

 人は信じたいことしか信じない。自分の思考の枠に外があると気づくことなど絶対にない。あの父親だってそうだった。

 これは人間である限り動かしようのない事実だ。


「そうかな」


 声に顔を上げると、メリーのきょとんとした目がそこにあった。


「わたしはそんなこと、ないと思うけど」

「……」


 それは頭のゆるい奴の考え方だ。根拠も何もなく信じるバカの思考回路。致命的な事態になるまで学びもしない。

 だが言い返さなかったのは彼女の目が本気で信じている目だったからだ。そう思い込もうという力みもなく自然にそうであると分かっているような。なぜそんなに真っ直ぐに信じられるのか、孝介には分からなかった。


(……あれ?)


 いやそもそも口に出してもいなかったはずだ。それなのになぜこの少女は理解したのだ?

 その違和感を口にする前にリーダーと呼ばれていた女が口を開いた。


「ところでメリー、盗ってきた物をみせてくれる?」

「はい!」


 受け取った宝石をしばらく光にかざして、女は誰かの名前を呼んだ。


「トマ」

「……!?」


 ぎょっと後ずさる。すぐそばから黒い影が立ち上がったからだ。

 フードと黒布で目元以外のすべてを隠した中肉中背の男。そこにいたことに全く気付かなかった。今までずっといたにもかかわらずだ。その男には気配と呼べるものが一切なかった。

 唖然としたままのこちらを置いて音もなく女の近くに移動した彼は、受け取った宝石を手のひらで転がした。


「あんたはどう思う、トマ?」


 男はしばらく値踏みするように鋭い視線を注ぎ……それから首を振った。無造作にそれをつまみあげる。

 そこから特に何かをしたようにも見えなかったが、次の瞬間。

 ――ピシッ!


「……え?」


 乾いた音が響いた。

 宝石が二つに割れて落下する。地面でチャリチャリと跳ねて、そしてすぐに沈黙した。


「やっぱり駄目ね。偽物だわ」

「ええええええー!?」


 メリーの悲鳴が上がった。


「そんな、どういうことですか! わたし頑張ったのに! 偽物だなんてそんなのあんまりです!」

「残念だけどそういうことよ。本物はこんなことじゃ割れはしないわ」

「いや偽物でも割れるとか普通ないだろ」


 戦慄を覚えながらうめく。当然のごとく無視されたが。


「頑張りは認めてあげたいけどね。仮にもうちのメンバーなら結果をきちんと出さないとね」

「ってことは……」

「やり直し」

「うわーん!」


 へたり込むメリーから目を離し、女はこちらに近づいてきた。


「さて、自己紹介がまだだったかしら。わたしはリタ。シーフギルド『大トビ』のリーダーをやってるわ。こっちはトマ。優秀な補佐よ」


 彼女の後ろに控えたトマとやらを一瞥して、孝介は疑問をつぶやいた。


「トビ? 鳥の?」

「ええ。死角から飛びついて獲物をかっさらう。わたしたちにふさわしい名前だと思わない?」


 彼女は微笑んでから続けた。


「まあこんなところね。今日からよろしく、コースケ君」

「え、よろしく?」


 虚をつかれてぽかんとする孝介にリタはうなずいた。


「ええそうよ。よろしく。あなたはただいまをもって大トビの一員。これから張り切って働いてちょうだいね」

「は? え?」

「さあて。今日も疲れたわ。さっさと休んで明日に備えないと」

「ちょ、ちょっと待てよ!」


 慌てて呼び止める。

 振り向いたリタを睨みつけて孝介は告げた。


「俺は盗っ人なんかになる気はないぞ、勝手に変なことに巻き込むな。そんな馬鹿げた真似してる暇なんてどこにもないんだ」

「ああ、家に帰りたいとかいうあれ? 言っとくけどつくしケ丘なんて場所わたしの知ってる限りの範囲にはないわよ。もう一つ言っとくとこのわたしが知らないってことは存在しないってのとほぼ同じだからね?」

「そんな訳……」


 言葉に詰まるこちらの隙を見逃さずにリタは畳みかけてくる。


「これは取引よ。警察からかくまってあげる代わりにわたしたちのために働けっていう、ほんのそれだけのね。おまけにこの街でのあてがないあなたを世話してあげようとも言ってるの。破格でしょ」

「……」

「それに分かってる? あなたは人の大事なお仕事を邪魔したのよ? これは重大な損失よ? あの子のショック分、ちゃんと償ってもらわないと」

「いやそれは知らんしどうでもいいし」

「ひどい!」


 横からメリーの声が上がるが当然のようにスルーしてリタが手を打ちあわせた。


「よし。じゃあこうしましょう」


 その瞬間目の前に星が散った。

 意識がすとんと闇に沈む前に機嫌のいい声が聞こえてきた。


「最後はやっぱり実力行使。楽。ありがとうね、トマ」


 このちくしょうが……

 手も足も出なかったことを悔やみながら。

 孝介は意識を失った。

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