牙むく本性
祭りのざわめきから離れたところで。
孝介とメリーは拘束具を外して道の脇に捨てた。
この数ヶ月の間にそういったスキルは既に身についている。
「さて、これからどうするか」
つぶやくとメリーが手を上げる。
「串焼き食べたい。さっきの」
「却下」
「むー」
ふて腐れたようだがそれ以上ごねることはなかった。
「お婆ちゃんのところに戻ろ。ドレス返さなきゃ」
うなずいて歩きはじめる。
夜の街を進んでいると、ダグズの言葉が頭によみがえった。
大怪盗エメクの財宝はあの店にはない。警察が全力を挙げて調べたのだから確かだ。
「どういうことだろうね」
「ああ……」
全くわからない。
最初からあの店にはなかったのならば、なぜリタはあのような任務を下したのか。
「まさか最初から達成できねえもんを押し付けて楽しんでたってことは……」
「まあ……なくはないんじゃないかな」
微妙な表情でメリーはうなずく。
「でも、ああ見えてまったく無意味なことはしない人だけどね」
「俺は信じない絶対信じない信じるもんか」
店はすぐに見えてきた。暗がりに浮かびあがるこぢんまりとした建物。
除いてみるが明かりはついていなかった。
それなのに扉に手をかけると鍵は開いている。
「……?」
不思議に思いながらも中に入る。何も見えない。
記憶にある明かりの位置に手を伸ばした。
その瞬間。
「っ……!」
手首が何者かにつかまれた。
知覚もできない一瞬のうちに引きずり倒され叩きつけられ、地面にきつく組み敷かれる。
明かりがついた。
「ぐ、メリー! 逃げろ!」
無理な体勢から声を上げかけるが、同じく隣に押さえつけられたメリーを見てすぐにやめた。
「コースケの兄貴か」
聞き覚えのある声がした。だが、記憶の中の声よりもずっとずっと冷たかった。そのせいで余計に知らない声に思えた。
「逆棘……!」
「どうも、こんばんは。祭りは楽しめました?」
目だけを上げると、こちらを見下ろすのっぺりとした顔。表情のない面。
あのゴマすり男とは完全に質の違う者がそこにいた。
「ここで何をしてるんだ! お前、何者だ!」
「何者って兄貴、さっき今さっき自分で言ってたじゃないですか。逆棘ですよ。兄貴と一緒に財宝を盗みに入ろうとした。ね?」
「違う! あの時のお前は明らかに情けなくて弱い奴だった! 今の殺気まみれのお前は誰だ、そう聞いてる!」
逆棘は、へっ、と笑って肩をすくめた。
「別に誰でもいいでしょう。問題はそこじゃあない。本題も別だ」
「本題……?」
「そうですよ兄貴。あなたには来てもらいたいところがあるんです。魔法局の本部なんですけどね。兄貴を必要としている人たちがいるんですよ」
「はあ? どういうことだ?」
「まあ来てもらえればわかりますさ」
「誰が行くと思う!?」
「そりゃ行きたくもなりましょうよ。相棒の身の安全と引き換えとなりゃあね」
はっと振り返る。蒼白な表情のメリーが目に入る。
腕を極めた大男がその腕に力を込めている。
「やめろ!」
「では、来てくれるんで?」
「……分かった。分かったから」
ぱん、と逆棘が手を打った。合図を受けた大男が孝介をぐっと引っ張り上げて立たせる。
もちろん腕は巧妙に極められて、逃げ出すことはおろか微動だにすることもできないが。
「いやあ手間はかかったが上手くいってよかった。特にトマの野郎を排除するのには手を焼いた」
満足そうに逆棘が言う。
孝介は訊き返した。
「トマ?」
「ええ。あなた方の監視及び護衛はあの強敵が受け持っていましたからね、兄貴だけをさらうのも難しかった。だが今回こんなおあつらえ向きの任務が下されて、ミアノに気を取られたトマを倒すことができた、というわけです」
「な……!」
逆棘が顎で示す先に、昏倒しているミアノとトマを見つけて絶句した。
「そんな……」
「まあ死にはしないでしょう。気にしないで。さあさっそく向かいましょうや」
呆然としたまま引きずられて外に出る。
祭りの音はやんでいた。もう終わったのか、皆眠りに落ちたのか。
世界が揺れているように感じた。これからどうなるのかは分からないが、あまり幸せな目に遭うことはないだろうと思える。
一体どうすればいい? その前にどうなっているのだ。それが分からないことには対処のしようもない。
と。
同じく引っ張られているメリーを見て孝介は叫んだ。
「メリーは関係ないだろ!」
「なくはない」
メリーを掴む大男ではなくやはり逆棘が言う。
「兄貴が言うことを聞くならば関係はない。逆ならば、大いに関係がある」
「てめえ……ふざけるんじゃねえぞッ!」
逆棘に突進しようとするが、腕をさらに極められて悲鳴を上げる。
それでも気にしない。腕を折られてでも抜け出して、その喉を噛み切る!
「コースケ……やめて!」
メリーの悲鳴が聞こえる。
「わたしは大丈夫だから!」
孝介は怒号をやめなかった。
暴れ、もがき、バタつき。酸欠になったのか、急に視界が白んだ。
(ちくしょう……!)
唐突に自由になった腕を振り回す。だが何にも触れることはない。
「暴れるなら、もっと賢く暴れなさいな」
「……へ?」
声がした気がした。
よくよく周りを見回すと光にあふれて何も見えなくなっている。
あれ、と。思っているうちに襟首をつかまれて引っ張られた。
転んで尻餅をつくと同時に視界が晴れる。
「ハロー。お元気かしらコースケ君」
「リタ……」
呆然とつぶやく。大トビの長がそこにいた。
「ちっ、姉御か」
対峙してそう毒づく逆棘に彼女は首を振る。
「残念だけどあなたのお姉さんだったことはないわ。本当に残念だけど」
それから威嚇するように手を掲げて睨む。
「退きなさい。ここで争ったらまだわたしの方が上よ」
「じゃあさっさと片付ければいいんじゃないでしょうかね、大魔法使い殿」
「気が向かないの。街中でゲスの血をぶちまけるのってね」
「……」
しばらく無言で向かい合い。
「……行くぞ」
逆棘は大男二人を連れて下がった。気配なく、すぐに消えた。
メリーが震える口を開いた。
「リーダー……あいつらはなんなんですか?」
「魔法局の雑用係、影の爪。いわゆる裏仕事担当の部署よ」
「そんな奴らがなんで俺を狙って?」
「……無尽エネルギー産出実験。その関係でしょうね」
「……?」
「とりあえず今日のところは送るわ。宿には護衛もつける」
「あ、お婆ちゃんたちは……」
声を上げるメリーを手で制してリタはうなずいた。
「大丈夫。あの二人にもメンバーを向けるわ。でも……」
ふと彼女は言葉を止めた。
「でも、明日あたりまた来てあげてちょうだいね」




