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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第三章 大怪盗エメク
34/43

仲直り

 ミアノがそこにいるのを見て。

 孝介はまず慌てて後ろを確認した。

 だがそこには人気のない道が続いているだけで、店の前に逆棘たちの姿はなかった。


「お婆ちゃん……なんでここに?」

「別に。わたしがどこにいようとあんたたちには関係のないことさね」


 目を戻すと、ミアノがゆっくりとこちらに歩いてくる。


「それよりあんたたち、ここで何をやっている?」

「それは……」


 あんたの店に泥棒に。などと言えるわけもなく。ぶっきらぼうに同じ言葉を返す。


「別にあんたには関係ないでしょう」

「本当に関係ないならいいんだけどね」


 ミアノは手をひらひらさせて皮肉げに笑った。

 一瞬盗みの計画がバレたかと肝を冷やすが、どうやらそうではなかったらしい。


「ガキどもがわたしのせいで喧嘩してるとなればあまり無関心でもいられない」

「……は?」

「来な」


 ミアノはそう言うと店の方へと向かった。


「……? なんで鍵が開いてるんだい」


 老女は一瞬訝しんだようだが、「閉め忘れかね」とすぐに興味を失った。


 暗い店内に入ると服の圧迫感で少し息苦しい気がした。すぐ隣に先ほどまで言い争っていた相手がいればなおさらだ。

 メリーもこちらと同じくどこか落ち着かない様子で身じろぎしている。

 ミアノは明かりをつけて奥の扉に近寄り、錠を解いた。


「こっちだよ」

「え?」

「あ、いや、待った。お前だけ来な」

「わたし?」


 指さされたメリーが素っ頓狂な声を出す。


「そうだよ。早くしな」

「え、でも」

「いいから! ……あんたも帰るんじゃないよ?」


 睨まれて思わずうなずいてしまう。

 閉まった扉を眺めて数分ほど。いや数十分はいったかもしれない。意外な待ち時間の長さにイライラし始めた頃、ようやく扉が開いてミアノが顔をのぞかせた。


「まだいたのかい」

「いや帰るなって言われたし……」

「冗談だよ。馬鹿かお前は」


 あんた一体なんなんだよ。そう言おうと思った時、ミアノについて現れた少女の姿に孝介は思わず息をのんだ。

 スカート裾のフリルがかすかに揺れる。肩周りを包むレースの飾り。宝石のかけらをまぶしたかのようにちらちら輝く黒い生地。

 シンプルながらも綺麗に仕上げられたドレスをまとったメリーがそこにいた。


「えと」


 らしくもなく緊張したような顔でメリーが言う。


「どうかな……なんて」


 照れているらしい。

 孝介が何も言えず黙っているとミアノがつかつかと詰め寄ってきた。


「小娘がどうだと聞いてるようだが?」

「いや……あれは一体?」

「祭り用に作ってたドレスだが、まさか覚えてないなんて言わないだろうね」

「ああ、あれ……」


 ぼんやりとうなずく。そういえばそんなのもあったな、と思い出した。


「ええと。いいんじゃ、ないすかね」

「……ふん、これだから見る目のない奴は」


 ぶつくさ悪態をついてからミアノは表の扉を開けた。


「じゃ、行っておいで」

「……?」


 何のことか分からずにぽかんとする孝介たちを、ミアノは言葉で急かした。


「早くしな、祭りが終わっちまうだろう?」





◆◇◆





 色とりどりの魔石が道のわきの建物につるされ、露店も数多くストリートを埋めていた。

 カラフルな光を浴びて、あるところでは大道芸人がパフォーマンスを行い、あるところでは楽隊や劇団が演奏を披露している。

 人の洪水、音の洪水、それから熱気の洪水だ。


 そんな中を、孝介とメリーは言葉もなくただただ歩いていた。


「とりあえず祭りを楽しんできな」


 数分前、ミアノはそう言って二人の背を押した。


「そんで、できれば二人で話し合ってきな」

「……何をですか」


 表情を硬くする孝介に老女はにやりと笑ってみせた。


「これからのことだよ。お前たちの方が詳しいだろう?」


 そういうわけで今こうやって気まずい時間を過ごしているのだが。


「……」


 横目で見るメリーは無表情だった。何を考えているのか全く分からない。それは頭の中がすぐ顔に出る彼女にはあまりないことで、それだけ機嫌を悪くしているということかもしれない。そもそも彼女があれだけ怒りをあらわにすることが珍しい。

 彼女は孝介の行動を、裏切りと言った。彼女にとって孝介は大切な相棒だ。だから、裏切りなのだ。

 いや、それだけではなかった。


「わたしはコースケが好き」


 今思い出しても妙な汗が噴き出そうになる言葉。彼女は確かにそう言った。

 いつからそうだったのかは分からない。メリーの好意は感じていたが、彼女それを確たるものにしたのはいつだろう。分からない。だが何にしろ彼女にとって孝介はすでに無関係ではないということだ。


 自分はどうか、と孝介は思う。メリーのことは好きか嫌いか。孝介にとって、彼女という存在は無関係か否か。


 簡単に答えるのは不可能だ。だが、それなのにあの時、孝介は一番やってはいけない方法で答えようとした。ミアノが止めなければ、戻れないところまで行っていたかもしれない。今はきっとそのギリギリ手前だ。一歩間違えば壊れる。だが、取り戻す方法も、恐らく既に分かっている。


 声をかけようとメリーの方に顔を向けると、メリーもまたこちらを見上げていた。深い目の色が、孝介の姿を映しこんでいた。

 綺麗だな、と思った。その目が。目の色が。そこに映る夜の世界が。

 きっと、それをそのまま言葉にできればまたいつも通りの日々を再開できるのだろう。そう思った。


 言おう。


「メリー――」

「わたし、やっぱり許せないよ」

「え?」


 唐突な言葉に固まる。

 眉間にしわを寄せた(つまりせっかく整っている顔を思い切りゆがめた)彼女は、台無しにした空気を知ってか知らずか言葉を続ける。


「コースケがすねてやけっぱちになってたのは分かるけどさ、それでもやっていいことと悪いことがあるじゃない。なんであんなことしたの?」

「おま……いやだから」


 不意打ちの動揺からなんとか立ち直って言葉を返す。


「俺は任務を早く完了させたかったんだよ。そう言っただろ?」

「足手まといのわたしには内緒で?」


 痛い所をずぶりと突いてくる。

 顔をしかめて額を押さえる。


「いや、だから、それはだな……」


 言い訳はいくつか頭をよぎった。メリーを置いてこの場を離れることも含めて逃げる方法だっていくつもある。

 だが、これからも一緒にいたいのならば答える言葉は一つしかない。


「……ごめん」


 砂を噛んだような苦さが口に広がる。


「ごめん。その……悪かった」


 しぼむような脱力感が身体を支配した。


「もう抜けがけはしない?」

「しない」

「すねるのはやめる?」

「やめる」

「隠し事もなし?」

「それは場合による」

「えー!?」


 不満そうな顔のメリーに詰め寄られながら。

 それでも悪くはない気分で孝介は苦笑いした。


「ドレス、似合ってるな」


 メリーは一瞬ぽかんとしてから、


「……そう思う? やっぱり?」


 まんざらでもない顔でスカートの形を整えた。


 歩いているうちに広場に出ていた。中心では合唱隊が列を組んでゆったりとした歌声を響かせている。露店も人もここが一番多く息苦しいほどだ。

 人の流れにしたがって緩やかに歩く。


「俺はこっちに来てからなんかずっと情けねえや」


 そんなことが口をついたのは右手に握るメリーの手の感触のせいか。


「嫌だと思いながらも盗みに加担しちまうし、それをクソババアにえぐられちまうし。いいとこなしだまったく」


 メリーのあの綺麗な瞳がまたこちらを見ているのを感じる。


「あと、むしゃくしゃしてやけになるし?」

「ああまあ、それもだな……」


 なんだか滅茶苦茶に矮小化されたようで落ち着かないが、確かにそれが事実だ。


「こんなんじゃ爺ちゃんに怒られる、と。それもあるけど、なんかこう、単純にへこむよなあ……」


 自分の小ささを知れと祖父は言った。

 が、果たしてこのケースはそれに含んでいいのかどうか。


(試されてるのかな……何かに)


 その時、ふわりと右腕に何かがまとわりついた。


「大丈夫だよコースケ」


 寄りそうようにして立ったメリーが笑う。


「コースケには心強い相棒がいます。誰でしょう?」

「己の拳?」

「違うよバカチン!」


 間近で叫ばれて耳が痛い。


「コースケの一番そばにいる人だよ。凄腕で美少女で怪盗なの」

「んでもってすっトロい牛娘」

「うるさいなー不満なの? わたしのこと嫌い? わたしは好きなのに」

「んーどうだろうなー」


 思い切りじらしてやると、メリーは口をとがらせる。


「大切な相棒のために髪飾り買ってくるよ」


 メリーの顔がパッと輝くのが見えた。ブンブンと大きく手を振っているのも見えた。

 そして露店から引き返してくると、その脇に久々の顔が立っているのも見えた。


「楽しんでるか?」


 狼面の警官、ダグズは相変わらず不機嫌そうにため息をついた。

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