好き
奏楽の調べと賑やかな人の声が遠くに聞こえていた。
きっとメインストリートは祭りを楽しむ人々でごった返していることだろう。今日は街のなんとかいう偉人の記念日らしい。その人物についてはよく知らないが、この街でも一、二を争う大きな祭りであることは前にメリーから聞いていた。
とはいえ盗っ人には関係のないことだ。
孝介たちは人の気配に背を向けて、暗闇のはびこる道を進んでいるところだった。
「へへっ、コースケの兄貴が加わってくれりゃあ任務失敗は絶対あり得ねえや」
横を歩く逆棘が嬉しそうに手をもんだ。
「ですよね、兄貴?」
「その兄貴ってのやめないか?」
逆棘の他に二人、両脇を歩いている巨漢を睨んでぼそりとつぶやく。
「なんかウゼえし近すぎんだよ、距離感」
「えーでも兄貴」
「決めた。次呼んだら殴る。気を付けろ」
「じゃあコースケさ――いっでえッ!」
「名前も呼ぶな。それもウザい」
一撃を加えた手をさすりながら天を見上げる。
雲は少しかかっているようだが、祭りにふさわしい綺麗な星空だった。
「……」
ウザいというのは本当だ。事実この胡散臭い男にそう呼ばれるのは虫唾というか寒気が走るしそれ以前にこっちの方が年下だった。だがそれ以上に違和感があるというのが正直なところだ。
いつも隣を歩く元気な少女がそこにいない。そのことが妙に調子を狂わせる。
あの声でないとしっくりこない。あのトーンとボリュームでなければどうしても納得できない。
そういえば最近は並んで歩いていない気がする。店に行くときも帰るときもこの頃は別々だ。店にいるときも口をきく機会が減った。彼女は新しい服作りに熱中しているからだ。
「ため息ですか? らしくないっすね」
「俺らしいってなんだよ。何が分かんだよお前に」
「いや、別に大した意味ではないんすけど」
「なら黙ってろウゼえな、また殴るぞ」
「不機嫌なんだからもう……」
本当に、らしいとは何だろうと思った。
上原孝介とは何か。何を大事にしているか。嫌いなものは何だ? 自分は一体何をしようとしているのだ?
人気のない通りを進み切ると闇の中に小さな店が浮かび上がった。ミアノの服屋。
逆棘の指示で大男二人が周囲を調べる。どうやら通行人などはいないらしい。
「さて、ではやりやすか?」
「……ああ」
うなずく。
事前の打ち合わせではこうだった。手先が器用な逆棘が店の鍵と、奥の扉の錠を開ける。中の財宝を奪って退散。実にシンプルだ。
大男二人の役割は邪魔者が入ってこないように見張り、もしくは排除を行う。逆棘の補佐として、鍵や扉が開かなかった場合に力ずくで壊す役でもある。
「ならさっそく……」
扉にとりつく逆棘。
しかしその視線がハッとある一点を向いた。
「……」
孝介もゆっくりと振り返る。
気配はとうに感じ取っていた。
「……コースケ」
石畳をしっかりと踏みしめて、薄明かりの中、メリーがこちらを睨みつけていた。瞳が街灯を反射して、弱く輝く。どうやらつけてきていたらしい。
沈黙。どちらも何も言わない。逆棘ですら余計なことは言わない。
しばらく静寂を呼吸して、孝介はゆっくりと口を開いた。
「よう」
「ようじゃないよ。そこで何やってるの」
振り向いて逆棘と大男を眺める。
鍵破りを続けるよう合図しながら、孝介は皮肉っぽく口の端をゆがめた。
「何に見える?」
「裏切り」
「その言い方はひどいな」
「ひどいのはどっち?」
「そんなに怒るなって。俺はただ、早く任務を済ませようとしてるだけだよ」
ぎり、と妙な音がした。メリーが奥歯をかみしめた音だと遅れて気づいた。
「……まあ怒るのも無理ないか。お前は婆さんとの仕事が楽しかったみたいだし任務が終わっちまうとそれも続けられなくなるしな。任務の抜け駆けも不満か? けど仕方ないだろ、これは争奪戦なんだぜ?」
メリーが目の前まで来た。こちらを強く睨んで、口を引き結ぶ。
孝介は彼女と視線の高さを合わせてにやりと笑って見せた。
「恨むなら自分の無能さを恨めよ」
「わたしの無能は今に始まったことじゃない」
「え?」
顔に衝撃が弾けた。
ショックによろめく中で声がする。
「わたしが許せないのは、わたしに内緒で泥棒しようとしたことだよ!」
平手打ちされた頬を押さえて呆然と少女を見下ろす。
「なんで相談しないの。相棒なのに。わたし抜きでやるにしてもちゃんと話してよ」
「え、いや……だって」
「だってもクソもない!」
メリーの手がこちらの胸倉を掴みあげる。身長差のせいで様にはならないが。
「コースケ最近おかしいよ。お婆ちゃんに怒られたせい? あんなのどうってことないじゃない。コースケが本当はすっごく頑張り屋だって、わたしがよく知ってるよ?」
自分の目が自然と険しくなるのを孝介は感じた。
「……お前に何が分かるんだよ」
上原孝介とはなにか。
「分かるよ! 相棒だもん!」
「相棒でもわかんねえことぐらいあんだろ!」
胸倉をつかみ返す。
だがメリーも退かない。
「そんなのない!」
「ないわけあるか!」
「ないったらない!」
「あのぅ……」
横から割り込んだ逆棘を二人でにらみつける。
「あ、その……鍵が開いたんですが」
「うるさい下がってろ」
「へい……」
素直に下がっていく小男を尻目に孝介たちはお互い向き直った。
「帰れよ」
「やだ。泥棒するならわたしもやる」
「これは俺の仕事だ。横取りすんな」
「コースケの仕事はわたしの仕事だもん!」
「なんで俺に構うんだよ!」
突き飛ばすように手を放す。
「お前の仕事はあのババアとの服作りだ! だったら服作ってろよ。こっちのことはこっちでやっとくからよ!」
「だからやだって言ってるじゃん! そんな仕事どうでもいいよ! わたしはコースケと一緒にいたい! だってわたしはコースケが好きだから!」
心臓が跳ねた。
孝介は無意識に一歩を引いたが、メリーはその分一歩つめてきた。
「わたしは、コースケのことが好き」
息を切らせて、真剣な目で。つぶやくように彼女は言った。
「コースケはわたしのこと嫌い?」
上原孝介の好きなものは何か。嫌いなものは何か。
「いきなり何の話だよ……」
「いいから答えて」
「いや、俺は……」
言葉に一瞬迷った。
そして迷った自分に苛立ちを覚えた。
なんでこんなくだらない質問にうろたえなきゃならない?
「俺は、お前なんて……!」
「そこまでにしときな」
声がした。
夢が覚めたようにぼんやりと顔を上げると、道の隅に寄りかかっているミアノが見えた。
「いい晩だね」
まるっきりそう思っていない顔で、そう言った。




