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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第三章 大怪盗エメク
30/43

勤勉さが足りない

「遅い! たかだかアイロンがけひとつにどんだけ時間食ってるんだい!」


 壁をびりびりと揺らす怒声に孝介は顔を上げた。


「まだまだこんなにあるんだ。のろのろやってたら日が暮れちまうよ!」


 老女が指さす先には積み上げられた衣類の山がある。

 チェックが済んだ大量の在庫たちだ。

 問題ないものからしわを取って服掛けや倉庫に戻そうとしているのだが、どうやら孝介たちのアイロンがけの速度は老女のお気に召していないらしい。


「そうは言っても俺たちズブのド素人ですからね。期待に沿えなくても仕方ないでしょ」


 半眼でアイロンを持ち上げる。


「それにこのアイロンはちゃんと動いてるんですか?」


 どうやら異世界のこの道具、中に内蔵された魔石が発熱することで機能するらしいのだが、先ほどから全くと言っていいほどしわ取りの役に立っていなかった。

 隣ですっかりしょげた様子のメリーが言う。


「全然上手くできないよ……」

「ほら。急かすならせめてまともな道具を用意してもらわないと無理ってもんだと思いますが。違いますかねお婆さん?」

「婆さんじゃない、ミアノだ。いちいちうるさいガキ共だね」


 心底呆れた様子で老女ことミアノは頭をかいた。


「わたしの若い頃はなんて下らんことを言うつもりはないけど、もうちょっと根性見せてもいいんじゃないかい。手伝うと言ったのはそっちだろうが」


 一応それは正論だった。手が足りていないミアノに対し手伝いを申し出たのは孝介たちの方だ。

 隙を見て店内を探るためにと思っての提案だったのだが、孝介は早々にそれを後悔し始めていた。

 というのもこの偏屈老女、とにかくいちいち小うるさいのだ。


「やるなら気合を入れて取り組みな! 手抜き仕事は許さないからね。端から端まで精魂込めるんだよ!」


 だの、


「お前まだ服のど真ん中にしわが残ってるじゃないか! 目玉をどこに落としてきたんだい!」


 だの。

 作業の隅々まで口を出したがるだけでなく心構えまで仕切ろうとする。まあうざったいことこの上なかった。


「つっても期待はしてませんがね」


 皮肉をこめて孝介は言う。


「これだけ大きくてお忙しい店だ、アイロンを買い替える暇もないんでしょ」

「あんたらがアイロンも手懐けられない間抜けってだけさ」

「あ?」


 思わずにらみつける孝介の手からアイロンを奪い取り、ミアノはさっと服を一撫でした。

 見下ろして息をのむ。布地がピンとならされしわがきれいになくなっている。


「すご……」

「やる気の問題さね」


 感嘆の声を漏らすメリーを横目にミアノはふんと鼻を鳴らした。


「道具が悪かろうと服が難敵だろうと真面目に取り組もうという気さえあればこれぐらいは誰でもできる。それこそ口ばかりのガキ共にでもだ」


 思わずぐっと言葉に詰まる。


「あんたらに足りないのは勤勉さだよ。真剣にやんな。真剣にね」


 そのまま奥へと引っ込んで行ってしまった。


「……なんだよあのババア。人をまるで無能の怠け者みたいに」

「キッツい人だねえ」


 メリーが眉尻を下げる。


「なんかコースケと似てるかも」

「あ? お前の脳のしわも伸ばすぞ」


 軽く小突いてから、アイロンがけに戻った。





◆◇◆





 結局財宝の在処を探る暇もなく夕方になって店を追いだされた。


「来たかったら明日も来な。別に来なくても構わんがね」


 むすっとした気分を引きずってままいつもの酒場に入る。

 不機嫌顔でジュースをあおっているとマスターが不思議そうな顔をした。


「何かあったのかい?」

「思い出したくないです」


 余計に機嫌を悪くする孝介の隣からメリーがかいつまんで事情を説明する。


「ふうん、そんなことがねえ」

「大変だったよー」

「まだまだアイロンがけも残ってるしな……気が重い」

「コースケと似てるしね」

「それぐらいにしとかないと本当にアイロンだからな」

「えへへ」


 はあ、とため息をつく。


「まったく、エメクの財宝とやらはどこにあるのやら」

「本人に聞けばいいじゃないか」

「聞けるわけないでしょ。聞いたところであの偏屈さですよ?」

「ん? ああ、そっちじゃなくて大怪盗の方だよ」

「はい?」


 怪訝に思って顔を上げる。

 大タコマスターは触手の先をぬるりと立ててこう言った。


「だから、トマさんに聞けばいいってことさ」

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