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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第二章 歌姫アイラ
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二人の再会

 孝介は頬を撫でる優しい感触に目を覚ました。


 目を開けて最初に見えたのは夜の空。雲一つなく月と星がきれいだ。

 それから重量感のある丸みのある何かもすぐ目と鼻の先に見える。ぼうっとしながらこれは何だろうと考えた。何やら柔らかそうに見えるが正体は分からない。


「……コースケ?」


 その何かの陰からメリーの顔がさかさまにのぞいた。


「起きた?」

「……ああ」


 うなずいてメリーの膝枕から頭を持ち上げる。途端に体のあちこちから痛みがぶり返してきた。


「っつぅ……」

「大丈夫……?」


 心配そうにのぞき込んでくるメリーを手振りで止める。


「問題ない……ちょっと痒くなっただけだ」


 メリーは何も言わなかったが、その顔はさらに曇ったようだった。


「なんだよ」

「コースケってさ、優しいよね。言葉は乱暴だしやることなすことガサツなのに」

「あ?」


 思わず口を歪ませる孝介の頭に。


「心配くらいさせてよ。ちょっとはさ。相棒なんだし」


 メリーは優しく腕を回した。

 柔らかな感触に包まれた。それからどこか甘い匂いにも。


「コースケが怪我するとわたしも痛いよ」

「……」


 抵抗しようにも抵抗できずに、しばらくそのまま抱きしめられたままでいた。

 心地よい温かさ。

 いつの間にか時間を忘れて身を任せていた。

 だが言うべきことはしっかり言っておく。


「……いや相棒ではないだろ」

「む。相棒じゃなかったらなんなの。まさかただの友達?」


 口をとがらせてメリーが身を離す。

 名残惜しさを顔に出さないように気を付けながら孝介は首を傾げた。


「友達……でもないな。多分」

「じゃあ相棒! 今からそういうことで!」


 そう言ってメリーは立ち上がった。


「行こう、孝介。みんな待ってるよ」


 見回すと、家並からは遠ざかった閑散とした草地に寝ていたようだった。すぐそばに丘があって、そこにいる集団が見える。

 メリーと共に近づいていくと彼らは道をあけてくれた。


 少し離れた荷車にアイラが腰かけうつむいている。それに背を向けて大きな影も立っていた。劇団長だ。

 彼らは無言でそこにいた。まるでずっと前から沈黙がそこに沈んでいたような雰囲気だった。

 孝介たちが歩いてくるのを気配で感じたのだろう、団長はこちらに視線を向けて、それから劇団員たちに声をかけた。


「準備ができ次第移動するぞ」


 固まっていた空気が返事と共に動きだす。

 それを確認した後、団長はこちらにも言葉をよこした。


「この娘を送っていけ」

「……え?」


 アイラが驚いて顔を上げる。

 彼はそれを気に留める様子もなく続けた。


「正直なところここに連れてこられてもわたしにはどうしようもない。面倒事はさっさと持ち帰ってもらいたいというのが本音だ。分かったら早々に頼む」

「そんな言い方って……」


 メリーが言い返そうとするが彼は首を振る。


「他にどんな言い方をすればいい? お前たちは何かやり遂げたつもりなのかもしれないが、わたしたちにとっては迷惑以外の何物でもない。早くどこぞに連れて去ってくれないか」

「迷惑……ですか」


 思わずつぶやく。


「久しぶりの再会も迷惑?」


 団長はこちらを一瞥して少し間を置いた。

 もしかしたら迷ったのかもしれない。怪我をした孝介への遠慮か、それとも自分の本音を抑えるための忍耐か。

 だがなんにしろ彼はうなずいた。何かをすりつぶすように重々しく、ゆっくりと。


「ああ……迷惑だ」

「わたしは……!」


 アイラが立ち上がった。


「わたしは今の劇団に売られてからもあなたのことを忘れたことはありませんでした!」

「わたしへの恨み事か?」

「違います。わたしの歌はあなたに認められたから花を咲かせたんです。感謝こそすれ恨むなんて」

「だが今その感謝を仇で返そうとしているな?」


 アイラが言葉に打たれてよろめいた。


「そんなつもりじゃ……」

「つもりかどうかは関係がない。実際にそうなろうとしているのだから」


 歌姫アイラは言葉を失って沈黙した。

 月に照らされて、色の白い顔がさらに青白く見えた。


「……わたしは」


 ――だから代わりに少女アイラが口を開いた。


「わたしは、カバルに認められたくてずっと歌ってた。この八年の間ずっと、ずっと。いつかまた褒めてもらうことだけを考えて歌ってた」


 目に涙を浮かべて彼女は叫ぶ。


「でも気づいてた! わたしの歌は少しずつかすれて消えていってるって。枯れてボロボロになっていってるって! わたしはそんなの嫌だったから。歌えなくなるのもカバルに会えないのもどっちも嫌だったから。だから会いに行こうって決めたんだよ!」


 それはほとんど悲鳴のようだった。傷ついて、心に血を流して、彼女は必死に叫んでいた。

 濡れた瞳。食いしばった歯。

 それらをじっと見つめてから、団長は深くため息をついた。


「逃げてきた言い訳はそれで全部か?」

「っ……!」


 アイラの頬に涙が流れるのを、孝介は確かに見た。


「カバルの馬鹿っ!!」


 身をひるがえして駆けていく。あまりの素早さに呼び止める暇もなかった。遠ざかっていく背中はすぐに夜の闇に紛れて見えなくなった。


「団長さん! ひどいよ!」


 気にも留めない様子で荷物をまとめている団長にメリーがかみつく。


「なんであんな言い方するの! 本当は会えてうれしい癖に!」

「単純にうれしいだけならあんな対応はせんさ」

「うれしいならそれでいいじゃない! 冷たくする必要ないでしょ!」


 それには答えずに彼は空を見上げた。

 しばらくそのまま、何か音を聞くように目を細める。


「……言っても分からんことは、言わないに限る。それだけのことだ」


 孝介はその横顔にかける言葉を探したが、何も見つけることができなかった。

 きっと彼が言っているのも、そういうことなのかもしれなかった。

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