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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第二章 歌姫アイラ
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襲撃

 癖のある金髪。くりっとした大きな目。

 今の歌姫には舞台の上にいたときのどこかはかなく神秘的な雰囲気はなかった。むしろ聡く活発そうで、それ以外はまるっきり普通の少女と同じだった。


 唖然としながらも頭のどこか冷静な部分がことを俯瞰しているのを感じる。

 さきほどの舞台、歌姫の登場が遅れたのは……


「いつまでたっても来ないあなた方を待っていたんですよ」


 怒りがおさまらない様子でリィリがうなずく。


「本当は歌の前に観客の死角をぬって街中へと逃げる算段だったのに……」

「お客さんには悪いけどすっぽかすつもりだったんだよね」


 ばつが悪そうにアイラもうなずいた。


「どういう、ことだ?」


 孝介はようやくそれだけを訊ねた。


「大トビの精鋭はわざわざ事情を詮索するんですね」


 ちくりと嫌味を刺してから、リィリは首を振った。


「詳しく説明している暇はありません。今はただ、アイラを逃がしてほしいというだけ。聞きたければこの子に聞いてください。話したがれば、ですが」


 それで話は終わりということらしい。アイラをこちらへと押しやる。


「ちょっ、ちょっと待った」


 慌てて孝介は声を上げた。


「歌姫の護衛? そんなもんなおさら引き受けられねえよ。そもそもなんで護衛なんだ。どんな危険があるっていうんだよ」

「有名人ですから危険には事欠きませんが」

「だったらその道のプロに頼めって」

「頼めるなら頼んでいます。あなた方のような薄汚い盗っ人などにではなく」


 いちいち引っかかる言い方をするリィリに、こちらまでイライラしてくるのを感じる。


「つまりプロに頼めない依頼だからこっちに持ってきたってことなんだな? 当然難度も危険度も高いんだな?」

「そう言ってるではないですか鈍いですね」

「なら諦めな」

「何でですか!」

「俺たちは別に大トビの精鋭なんかじゃないからだよ」

「……え?」


 フードの下の意表を突かれた彼女の顔に多少は溜飲が下がる。

 メリーと自らを順に指さして孝介は言ってやった。


「あっちは大トビの不出来な落ちこぼれ。俺は最近引っ張り込まれたばかりの新米だ」


 驚きに口をパクパクさせているのを見るのは思ったより痛快だった。言葉を失って立ち尽くすリィリに背を向けて、孝介は後ろ手に手を振った。


「それじゃあな。依頼先はよく選べよ」


 いやホントマジに。女狐リタのにやにや顔を思い浮かべながら苦虫をかみつぶす。


「行くぞメリー」

「えー、でも……」

「不出来な落ちこぼれは帰る時間だ」

「それいまさらだけど酷すぎない?」


 メリーの背を押して道を引き返す。

 アイラの目の前を通るとき、その気落ちした顔が目に入って多少胸が痛んだ。だが嘘は言っていない。自分たちに荷が重すぎる依頼なのは動かしようのない事実だ。

 海から風が吹き、長い金髪がなびくのが目の端に見えた。


「あの……」


 歌っている時とはまるで違うひどくか細い声が聞こえた。それでも止まる気はない。


「あ、あの……!」


 止まるまいと念じて。


「お願いしますっ!」


 だがその必死な声に思わず足が止まった。

 振り返ると地に手をついて、うずくまるようにリィリが頭を下げていた。


「お願いします……どうか、どうか!」

「リィリ……」


 アイラが駆け寄るが彼女は頭を上げようとしない。それどころか地面に爪を突き立てるようにしてさらに悲痛な声を上げる。


「お願いします……この子の望みをかなえてやってください……この子の望みをかなえてやりたいんです!」

「……望み?」

「ささやかな願いです。でも大切な思いなんです。あなたたちしか頼れる相手がいないんです。お願いします、どうか!」


 先ほどまで嫌味皮肉の塊だった彼女が、今はプライドも投げ出して頭を下げている。それだけの強い思いということか。それだけアイラを大切に思っているということか。

 彼女にそうまでさせるアイラの望みとは、いったいどんなものなのだろう。


「なんでだ?」


 孝介は聞きそびれていたことを訊ねた。


「え……?」

「お前はこの歌姫の何なんだ?」

「付き人です……」

「友達だよ」


 はっと視線を移すと、アイラの強い目がこちらを見ていた。ほとんどにらんでいるかのような目の光だった。

 なぜか、なるほど、と納得してしまった。

 ため息をつく。


「……でも、引き受けることはできないな」

「そんな……」


 リィリが呆然と顔を上げる。


「お願いします、どうか……」

「馬鹿か鈍いな、もっと腕のいい奴に引き継ぐって言ってるんだよ」

「え……?」


 虚をつかれた顔のリィリににやりと笑う。


「やっぱり俺たちじゃどうしたところで実力不足だからな、見合った奴に代わってもらうんだ」

「そ、それじゃあ……!」

「ああ、待ってな、すぐにギルドに連絡してくる」


 リィリの目から涙があふれた。孝介の手を取って握りしめる。


「あ……ありがとうございます、ありがとうございます!」

「うわあコースケがらしくもなく優しい」


 なぜか面白くなさそうにメリー。


「わたしにするより優しい……」

「さてメリー、いったん戻るぞ」


 無視して立ち上がる。


「歌姫さんたちはここで待機しててくれ。代役が立ち次第すぐ送るから」

「は、はい」


 こちらも泣きそうな顔でアイラがうなずく。

 うなずき返して今度こそ道を引き返そうとしたところで――

 鼻先を何か鋭いものが切り裂いた。


「……ッ!」


 意図しない方向からの攻撃に思わず体勢が崩れる。よろけた足を払われて地面に転がった。きらめく刃の輝きが見えた。


「チッ――!」


 突き込まれたナイフを間一髪で逸らして相手を蹴り飛ばす。反動で転がって立ち上がる。そしてすぐさま視線を巡らすがどこにも敵の姿はなかった。


「上です!」


 飛びのく。うなじのあった位置を殺気がかっさばいて通り過ぎる。

 なるほど、と思った。意識していなかった上方、つまり崖の側からの襲撃だったので反応できなかったのだ。


 さらに息をつく暇なく襲い掛かってくる斬撃を孝介は紙一重で避け続けた。慣れない上方からの攻撃な上恐ろしく素早い。上手く対処のきっかけがつかめない。

 しかしその時、横からリィリが飛び出した。相手を掴み、地面へと引きずり下ろして組み敷く。

 月明かりに照らされた相手には翼があった。鳥人か。


「早く! 行ってください!」


 彼女は崖の方をにらんでいた。

 そちらからいくつもの影が下りてきているのが見て取れた。


「こっち!」


 公園脇へと上る道からアイラが手を振っている。


「コースケ!」

「分かってる!」


 後は迷う暇もなくメリーと共に走り出した。

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