問題発生
視線を左右に振る。出入り口はいつの間に現れたのやら、警官たちがすべてふさいでいた。全員が動物頭だ。警官は獣頭人間しかなれないという決まりでもあるのか。
「変な気は起こすなと言ったつもりだが」
苦悶の声が聞こえた。ダグズの膝がメリーの背中に食い込んでいる。
「そっちこそ意味ない乱暴はやめてくださいよ。仮にも警官なんでしょうが」
待ち構えられていた。屋敷の表門で感じた視線を思い出す。ゆっくりと手を上げながら孝介は嘆息した。
頭の後ろで手を組んで膝をつく。
「警官だよ。だから手は抜かんというだけのことだ」
「それはごもっとも」
彼の合図で別の警官がこちらに近づいてくる。その足音を聞きながら孝介は思考を巡らせた。
(……ひっくり返せるか?)
人質を取られ、距離もとられ、数的にも劣勢で、自らも無力化されている。
最後に関しては問題ない。そこは何とでもなる。
だが、他の三つは難題だった。
(せめてもう一人、いや二人、ものすごく腕の立つ機転が利いて思い切りのいい奴がいれば……)
無理か。
当然の結論にたどり着いて孝介は諦めた。ひっくり返す方法など存在しない。
「気をつけろよ。そいつは割合腕が立つ」
孝介の背後に回った仲間にダグズの忠告が飛ぶ。
だが完全に無防備になった相手に油断するなというのも難しいものだ。
「!?」
こちらの手首に拘束具を取りつけようとした手を、孝介は逆につかみ返した。
そのまま相手の体と入れ替わるようにして床に叩きつけ、関節を極める。
「貴様!」
「おっと静かに。俺も手加減は苦手なんで」
頬を流れ落ちる汗をなるたけ意識しないようにして言う。
つい、と力を込めると、軋むような手応えと共に警官が悲鳴を上げた。
「抵抗すればするほど刑罰は重くなるぞ」
ダグズは凄むが、さすがにもうメリーを苦痛を与えるような真似はしない。
「そうですか。そうですよね……」
答えながら実際に気分が重くなるのを感じる。
本当に祖父に申し訳が立たない。あの世にいったらさらに殺されるかもしれない。
(ここからどうしよっかね……)
とりあえず人質交換の真似事はできるかもしれない。何とかメリーの身柄を取り戻して、しかしそこからはどうする?
(俺が一騎当千の働きで警官を全員ぶちのめし、メリーの天才的勘で逃げ道の確保、あとは野となれ山となれ)
アホか。
即座に却下して奥歯をかみしめる。
「さっそく詰んでるじゃねーか……」
だが、それならそもそもなぜ抵抗してしまったのだろうか。
相手がいい気になってるのがムカついたのかもしれない。自分の技術を披露したかったのかもしれない。先ほどの演武でちょっと舞い上がっていたのかも。
あるいは。メリーの舞を思い出したからか。
メリーが痛めつけられるのを見たくなかった?
理由など分からない。分からないのだが……
(それでも始めちまった以上はやり切るしかねえか)
覚悟して口を開いた。
「ダグズさんよ――」
「ぅふぐぅぅぅぅゥゥ…………」
その時、つぶれたカエルの声のようなものが聞こえた。
くぐもって聞き取りづらいそれは、メリーの方から響いてきていた。
「……?」
ダグズがきょとんとしている。多分こちらも同じ顔だ。
「……さいぃぃ……なさいぃ」
言葉と思って聞けばそう聞こえないこともない。
「……メリー?」
「ごめんコースケぇ……ごめんなさいぃぃ……ぅぐぅぅぅ……っ」
呆気にとられる皆の視線の先で、メリーは盛大に泣きじゃくっていた。押さえつけられながらなので非常に苦しそうだったが。
「コースケ、ごめん……わたしのせい……っ」
思わず絶句する。
一瞬何のことか分からなかったが、すぐに理解する。
「……え、いまさら?」
何かが割れる激しい音が響いた。
はっとして振り向く。人影がどさりと崩れ落ちる。
「なんだ!?」
ダグズの焦った声。
続けざまに破壊音。部屋の光量が落ちた。そして警官の数も減っている。いや、昏倒させられている。
「チッ、クソッ!」
ダグズはいまだ状況を把握出来ていないようだ。もちろんそれはこちらも同じだが、それでも孝介の方が立ち直りが早かった。
ダグズの死角に滑り込む。踏み込み、拳を放つ。彼は気づいて反応したが完全には防御できなかったようだ。
衝撃に踵を引っかけて倒れるその足元からメリーを引っ張り上げた。
「コースケ……」
「行くぞ! 早く!」
広間が完全に暗闇に落ちる前に小さな扉が目に入った。孝介は迷う暇もなくそれに飛び込んだ。




