9話
6本の風剣と“餓鬼界の支配者”達の持つ、大鎌が幾度となく打ち合い、火花が辺りを物色する。
形勢は俺からしてみれば、これ以上なく優位なものであった。
例えそれが拮抗状態だとしても。
しかし、場所が悪過ぎる。
ここは“餓鬼界”。
“餓鬼界の支配者”達が支配する地だ。
故に、俺の目の前に他の“餓鬼界の支配者”が現れないという確証はどこにもない。
《天剣》を行使する今でこそ、“餓鬼界の支配者”達を翻弄出来ているが、それが2人、3人と更に増えた時、この形勢を保てるかと聞かれればーーー
「……まずいな」
恐らく、不可能だ。
視界にはまだ映っていないが、分かる。
この戦闘音を聞きつけ、新たに俺の下へと近づいてきている“餓鬼界の支配者”がいる事が。
早くカタをつけようと、《天剣》に魔力を更に込めるが一向に変化はない。
ーーー風魔法を使えばもしかすれば逃げれるかもしれない。
そんな考えがチラついた。
だが、その考えをすぐさま振り切り、再び向き合う。
再三思うが、ここは“餓鬼界”だ。
逃げれる保証などどこにもない。
“餓鬼界”で生き残るには、“餓鬼界の支配者”達を倒せねば叶わない。
逃走劇を繰り広げたところでいつかは死ぬだろうから。
焦燥感が脳裏を支配する中、拮抗した状況に変化が訪れた。
「うそ……だろ……!?」
突如として何故か、“餓鬼界の支配者”達を縦横無尽な剣撃によって翻弄させていた筈の《天剣》が霧散したのだ。
しかし、何の兆候もなかった。
多分だが、“餓鬼界の支配者”達が霧散させたわけではない。
どちらかといえば自ら《天剣》が霧散したような。
そう見て取れるような光景であった。
そして、その事実に“餓鬼界の支配者”達の口角がつり上り、一定距離を保たれていた筈の距離がジリジリと詰められて行く。
ーーー逃げろ。
理性がそう告げていた。
しかし、物理的にも、本能的にも足は動かない。
万全の状態でも“餓鬼界の支配者”達を相手取るのは厳しい。
ましてや、今は満身創痍の状態。
一先ず、身体を回復させ、作戦を練ってから再戦するべきだ。
今ここで絶対、戦わなければいけない理由なんてないのだから。
先刻前まで死にたがっていた俺だが、流石に“餓鬼界”に囚われるのは勘弁だ。
だから退け。
逃げろ。
理性が告げているのに俺は動けれない。
葛藤に苛まれる中も“餓鬼界の支配者”達との距離は縮まっていく。
もう悩む時間すらもない。
今すぐ逃げろ!
そう、理性が叫んだ刹那
『逃げる必要がどこにある』
一度も聞いた事はない声が言葉を紡ぎ、脳内で反響した。
慌てて横を、背後へと視線をやるが声の主らしき者はどこにも見当たらない。
ゆらりゆらりと身体を揺らしながら近づいてきていた“餓鬼界の支配者”達はもう目と鼻の先。
もう逃げられない。
死ぬーーーーー
諦観に囚われた俺目掛けて、大鎌が5本。
振り下ろされた。