7話
「五月蝿い五月蝿い。そう大きな声で喚くな」
「え? いや、だって……」
災厄の化身に、神獣だろ?
と、言いかけたが、面倒臭そうに続けざま言葉を発したヴァルティアによって閉口する事となった。
「神獣の一柱とはいえ、神獣と呼ばれる者達の中でおいて、私は中の中あたりの立ち位置だ。あえて誇る程の物でもない上、誰も好き好んで神獣をやってるわけじゃない。あまり触れないで貰えると助かる」
じゃあなんで教えてくれたんだ?
危うくそう尋ねかけるが、それは薄々彼女の力の巨大さを感じ取っていた俺の疑問を晴らそうとしてくれたのかもしれない。
いや、なんだ。
ヴァルティアは中々、誠実というか隠し事といった事をしないタイプなのか。
ならば、俺の事情も教えておいた方がーーー
「あー、勘違いするな? つい先程思い出したんだがな、“餓鬼界”に少し面倒臭い知り合いがいて、だな。で、そいつは何というか戦闘狂気質なんだ……私の退屈凌ぎ役であるお前は勿論、私について来るだろう? その際に多分……いや、絶対に被害を被るだろうから先に言っておいただけだ。まぁ、腕の2本や3本。無くなるくらいは覚悟しておいてくれ」
やっぱりやめた。
腕の2本や3本って、人間は2本しかねぇよ!
だけど、“餓鬼界”に知り合いがいるとは改めて思うが何というか、ヴァルティアは規格外なんだと俺は再認識した。
恐らく、人間ならば誰しも地獄。
そして天国の存在を聞いた、もしくは本などで読んだりした事があるだろう。
それらは通称ーー死後の世界。
そしてその地獄という枠組みの中でも更に細分化したものの中に“餓鬼界”は存在している。
死んだ魂が集まる場所というのが“餓鬼界”を最も簡略化した表し方だ。
だが、ここで疑問が湧く。
俺の目の前にいるヴァルティアはそんな“餓鬼界”に知り合いがいると言った。
しかも、襲ってくると断言まで。
「覚悟しておいてくれって……」
“餓鬼界”に訪れ、ヴァルティアを連れて来たのは他でもない俺だ。
だからこそ、ここで下手に文句を垂れるつもりも無かったのだが、無意識のうちにピクピクと頬を引きつらせてしまっていた。
「まぁ、なに。今のお前には杞憂過ぎる話だから安心しろ」
え?
なに?
もしかして、“餓鬼界”に来るまでの俺では腕を2、3本持っていかれてただろうけど、今のお前ならそうはならないぞ。
みたいな事を言いたいのか?
なんだ。
そういう事か……と自分に都合の良いよう、自己解釈を済ませた俺は安堵の息を吐く。
直後、
「今のお前では、あの戦闘狂に出くわす前に死ぬだろうからな」
ざっ、ざっ、ざっ。
複数の足音が刻々と迫り寄る。
会話をしていた為、注意力散漫となっていたのか、全く気が付いていなかった俺にも分かるようにヴァルティアが突然、俺の背後を指差した。
「……ん?」
ゆっくりとその指差された方向へ顔を向かせ、なにを伝えたかったのか。
それを僅かコンマ1秒で俺は理解した。
《夢見た理想郷》が記載されていた文献の一文。
“餓鬼界”には“餓鬼界”を統治し、流れて来る魂の管理を担う者達が存在している。
彼らは人間の子供のように小さいが、決して脆弱などではない。
もし、何かの拍子で“餓鬼界”へと訪れる事があったならば、彼らにだけは歯向かわない方が賢明だと言えよう。
彼らーーー“餓鬼界の支配者”にだけは。
「は、ははは……」
昔、読んだ文献の一文が脳裏に浮かび上がり、乾ききった笑いが溢れる。
俺の背後には。
およそ10m後方には身の丈の2倍はある鎌を肩に掛け、キヒヒとニヒルな笑みを浮かべる子供のような外見の悪魔が5人も迫って来ていたのだから。