6話
パチパチと火花が舞い散り、辺りはオレンジ色に照らされていた。
頭の下に何かゴツゴツとした硬いものが下敷きとなっているのか、かなり痛い。
思えばヤケに寒く、まるで衣服を着ていないような……
そう思いながら、俺は確認するようにゆっくりと上体を起こし始めた。
「いっ……!」
身体中が悲鳴をあげており、途轍もなく痛い。
超痛い。
しかも、身体中がヒリヒリする上、凄く気だるかった。
目蓋を開かせ、辺りを確認。
俺にとって一番記憶に新しい風景ーー“餓鬼界”がそこには広がっていた。
蠢く異形の怪物達。
どこまでも広がる爛れた荒地に毒色の空。
どうやら俺は、まだ死んでいないらしい。
よくよく見てみると俺の身体には治療したような痕が残っていた。
それもくっきりと。
衣服が無かったからよく見えた。
衣服が………
そこで俺は気がつく。
自分が服を着ていない事に。
「……は?」
“餓鬼界”といえど、俺にとっては外という認識。
故に、服を着衣せずに裸でいる事など言語道断。
俺に露出癖はないし、裸という開放感に快感を覚えるような変態野郎でもない。
故に、俺の服はっ!?
と、慌てて周囲を見渡した。
「ん? やっと目を覚ましたか」
直後、荒地のど真ん中で俺を治療し、寝かせていたであろう人物が呆れ混じりな口調で尋ねて来た。
そして、俺に声をかけて来た人物。
その人にも見覚えがあった。
というか、俺を痛めつけた張本人である。
「あー、言うな言うな。言わずとも分かってる」
血眼で衣服を探してたその最中に目を向けた為、睥睨するような視線となっていたからか、訳知り顔で彼女は俺を宥め始め、
「お前も腹が減ったんだろう? ほら、これをやるから大人しくしろ」
ほれ、と言われて渡されたのは木の棒に突き刺された魚っぽい何か。
例えるならば、牛の顔と鰻の身体を組み合わせ、足をムカデ並みに生やした生き物だ。
言うまでもないだろうが、かなりキモイ。
もしゃもしゃと咀嚼するヤツの気が知れない。
それは多分、“餓鬼界”に生息する新種の生き物なんだろうが……
「ちげぇよッ!!」
逡巡ない一刀両断。
ヤケに自信満々に言い放っていた彼女の表情は俺の言葉によって歪められ、
な、なにぃ!?
という叫びが続くように周囲へ響き渡る事となった。
※
ほら、食ってみろ!
一度食べたら病みつきだぞ!
ほら! ほら!
食べてみろって。
な? な?
……………食べろよ。
ヤクザ顔負けの迫力ある脅しに屈し、泣く泣くキモイ魚? を食し、意外と美味しかった為、つい完食してしまった俺に向けて、言葉が投げかけられた。
「なぁ、本当に“餓鬼界”から出る方法は無いのか?」
然程、悲観染みていない声でそう尋ねられ、あぁと無愛想に返事する。
《夢見た理想郷》とは、一時的に“餓鬼界”を顕現させる禁術であるが、一時的とはただの言い回しの問題。
禁術というものはかれこれ数百年前に生きていた者たちが作り上げた太古の魔法。
故に、全てが書き記された文献などとうの昔に失われている。
現代に残っているのはその文献の一部が数百年の時を経て僅かに足りない部分を補完された完全でない禁術なのだ。
本来の《夢見た理想郷》ならば、行き来も自由に出来たのかもしれないが、今や、顕現させる方法しか伝わっていない。
だからこそ、帰還方法はーーー
「そうか。なら仕方ない。当分はここに身を置くとしよう」
あまりの割り切りの良さに、ポカン、と呆けてしまうが束の間。
元々、“餓鬼界”なんて物騒な場所へ連れて来た俺に対して何かしてくるんじゃないかと身構えていた俺は慌てて口を開く。
「そ、それだけ? 別に怪我人だからって遠慮しなくても……」
一発殴られるくらいの覚悟はしていた。
だけど、彼女は責める素振りすら見せない。
なにか裏があるのか?
と、勘繰るが……
「別にあの場所に思い入れがあったわけでもないからな。寧ろ、良い退屈凌ぎになりそうで嬉しいくらいだ。言っただろう? 私は退屈していた、と」
そうだ。
コイツはキモイ魚を俺に無理やり食べさせている際、俺の質問にそう答えていた。
ーーーなんで俺を殺してないんだ?
ーーーおいおい、折角の退屈凌ぎになりそうなモノをあえて捨てる馬鹿がどこにいるか。
「……変わってる。変人過ぎるぞお前……」
「頭のネジが数本吹っ飛んだようなお前に言われたくはないな。人間ってものはもっと理性的な生き物だったと思うんだがな」
この時点で既に俺の中の死にたい。
という言葉がいつの間にか跡形も無く消え失せていた。
「誰が頭のネジが吹っ飛んだ狂人だ? んぁ!?」
「変人。ほぉ? どの口が言うか。これか? この口か? 身体に一から教え込まねば理解出来ないのか?」
お互いに発言に対し、お互いが突っかかり、いがみ合いが勃発する。
そんな中、ふと、俺は思い出したかのように尋ねた。
「そういえば、名前。聞いてなかったっけか。俺は風み……いや、飛鳥だ。飛鳥。苗字はない。で、お前は?」
あぐらをかいた裸姿の人間に、荒地のど真ん中で名前を聞かれるなど、シュール過ぎるのだが、その事実を指摘する事もなく、
「ん? 私か? 私の名前は……えっと、確か……あぁ、そうだった。ヴァルティア。ヴァルティアだ。名乗る機会が無くてな。つい忘れがちになるんだがまぁ、災厄の化身とか神獣とかって呼ばれたりもしてるな」
……ん?
おっと、イカンイカン。
聞き捨てならない事実がさも、ついでのように付け足された気がするぞ。
確か災厄の化身だとか、神獣とかって………
「はあぁぁぁぁぁあ!?」