5話
『ふっ、やはりこの状態のままでは戦い辛くてかなわん』
乱れていた筈の息が整い始める。
肩で息をしていた筈が、いつの間にかその動作が緩みを帯び、そして徐々にその動作が停止された。
何を言ってるんだ?
そう疑問を僅かに持つものの、考えをすぐさま、頭の隅にへと追いやる。
今の俺のすべき事は含みのある先の言葉を気にかけることでは無い。
ただひたすら、戦いを愉しむ事にこそあるのだから。
続きを。
この刹那の死線に身を委ねるこの感覚を味わうために得物を再び振るおうとした瞬間、
「っ……!?」
今まで一度も体験をした事がないような。
身体の芯まで凍えるような悪寒が身体を駆け抜けた。
この感覚は初めて親父が使役する幻獣をみた時……いや、それを遥かに凌駕している。
最早、比較する事すら烏滸がましい程に。
一度だけ、耳にした事があった。
9名家のみが使役する事が可能な幻獣のその更に上に君臨するモノがいるという話を。
何者にも縛られる事ない9つの属性を司る守護者。
所詮、眉唾もの。
世間がそう思うように俺も例に漏れず、そう確信していた。
しかし、だ。
俺はその考えを今、この瞬間に撤回した。
全身から膨大な魔力を放出させるアレを前にして幻獣こそ、至上。
幻獣に敵うものなどいないと言えようか。
いや、無理だ。
今だからこそ、相対していられるが、アドレナリンが分泌されていない状況で白銀の何かを前にしてマトモに立っていられる自信は生憎と持ち合わせちゃいない。
「は、はははっ……」
でも、どうしてだろうか。
あの得体の知れないものを前にしてすら、幸福感が湧き出てくる。
自分の全てを曝け出し、我慢する事など一つもないこの状況が俺は愉しくて仕方がない。
その状況下の中でなら、あの得体の知れないものすらも一種のスパイスとして認識されているのだから。
俺はギュッと風によって形成された剣を持つ手に力を込め、再び白銀の何かに視線を向けた直後、
俺の中の時がカチリ。
そう、静止する。
俺の目の前には膨大な魔力をこれでもかとばかりに放出させていた狼ではなく、何故か1人の女性か立ち尽くしていた。
距離はそこまで離れていなかったからか、素顔が視界にはっきりと。
鮮明に飛び込んでくる。
「………………………」
怖気を抱く程美しいその相貌に、俺は絶句した。
血走っていた筈の目が吸い寄せられ、彼女から目が離せない。
毒色の空を背景に、銀色の髪が風そよぐ。
白磁のような白い肌や、白銀色の瞳。
意図して造られたような造形美に俺は見惚れてしまっていた。
放出されていた膨大な魔力は、俺の目の前に映る女性の中に全て。
いや、先程以上に多くの魔力が内包されており、あの白銀の何かと彼女が同じ存在だと認知した。
「……ふふっ」
愉悦に唇が歪み、細められた白銀色の双眸が虚空を泳ぎ、そして俺を捉えると同時、
「誇っていいぞ」
その姿が視界から掻き消える。
予備動作はなく、まるで瞬間移動。
テレポートをしたかと錯覚する程に一瞬の出来事。
その刹那の瞬間に、彼女は俺の懐へと一瞬のうちに潜り込み、
「あっ、ガッ……!?」
鳩尾付近目掛けて硬く握り締められた拳を振り抜く。
嘘だろっ!?
一撃が、重過ぎるっ……!!
直後、肺にためていた筈の空気が強制的に吐き出させられ、悶絶した。
苦痛に顔を歪ませた俺はそのまま血反吐を吐き散らしながら空気抵抗もガン無視に後方へ吹き飛ばされ、
「あがっ……!!」
ゴツゴツとした角ばった岩に衝突した。
身体中に血が付着しており、服も真っ赤に染まっている。
バガァンッ! という轟音と共に襲いくる言葉に表せない程の激痛。
叩きつけられたようなカタチで岩にめり込んだ俺は僅かに見開けた双眸で数十メートル先にて立つ、彼女を見詰めた。
ーーー誇っていいぞ。
その言葉に誇張など一切存在はしなかった。
それ程までの一撃。
そのまま気絶をしなかった事は俺なりの意地だ。
でも良かった。
些か時間が短い気もしなくもないが、最期に楽しめた。
これ以上のものは無いとさえ思えた。
ガラガラと音を立てながら前のめりに倒れ始める俺は、これ以上ない満足感に浸り、ゆっくりと意識を手放した。