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3話

 稀代の天才。

 鬼才。

 麒麟児。



 周囲を取り巻いていた者達が俺に向けて、そんな異名を付けてきた事が何度かあった。



 生れながらにして、現当主であった親父の保有する魔力量をゆうに凌駕し、禁呪にすらも耐え得る強靭な精神力。



 俺は知っていた。

 9名家の集まりと称して行われていたパーティにて、おべっかを使って俺の周りに取り巻いていた人間達は俺に何を抱いていたのか。



 尊敬?

 賞賛?

 そんな好意的なものではない。



 恐怖。

 畏怖。

 それらといった負の感情。

 まるで俺をバケモノとでも言いたげな視線ばかりだった。



 俺のチカラは普通ではない。

 それは一番、自分自身が知っている。



 このチカラがあったからこそ幻獣と契約が出来なかったんじゃないか?



 そんな疑問も湧いていなかったと言えば嘘になる。

 が、今はそんな事どうでもいい。

 でも、出来る事ならば俺も、普通の人間に生まれたかった。



 人並みに挫折して。

 人と協力しあって。

 含みのない感情を向けられて。

 そして、いつまでも平和に。

 そんな平凡な日常が欲しかった。



「……今だけは。今だけは頼らせて貰う」



 皮肉なものだと思った。

 親父達に褒められていたからこそ、心底嫌いにはなれなかったが、俺にとって自分の力とは忌避すべき象徴。



 好き好んでつかう事など、一度も無かったというのに、今はその力に頼ろうとしている。



 これを皮肉と言わずして何と言おうか。

 怒りを言葉に込め、俺は厳かに紡いだ。



『狂い滾りし呪譜をその身に刻み込め! 踊り狂うは狂宴たる序章。嗤う怨嗟は糧となりけりーー《狂奏の詩(フォルリア)》』



 赤黒くおぞましい何かが身体を包み込む。



 身体強化の魔法でありながら禁呪指定となっている代表的な身体侵蝕魔法



 ーーー“狂奏の詩”(フォルリア)



 使用者の理性を奪い、

 身体に巡り始める過剰な魔力が毒素として身体を蝕み、

 果てに精神を壊し尽くす。



 およそ人間が出し得ない邪気を身体に纏い、白銀の何かを俺は睥睨した。



 瞳は赤と黒が混ざり合い、織り成すその色彩は神秘的な色を映し出す。



 魔法の反動によって、メキメキと身体が侵され始めた。

 保って3分。

 それ以上は自分が自分で無くなるだろう。



 だが、それが何だ。

 身体が壊れようが、

 たとえ死のうが、

 今の俺には、関係ない。



『付術師か……いやーーー』

姿(スガタ)(サラ)セ、業魔(ゴウマ)(モン)(クダ)(コワ)シ、(エグ)リ、穿(ウガ)チ、()(コロ)セ!! 絶望(ゼツボウ)()テニ辿(タド)リツキシ、カノ()ヘト(イザナ)エ!! 《夢見た理想郷(ディストピア)》』



 詠唱が紡がれた刹那、

 まるで門のような。



 闇色の魔法陣が俺を中心として展開される。

 大きさは凡そ半径50m。

 この魔法からは誰も逃げる事など出来やしない。



 風が。

 大地が。

 魔力が吹き荒れる。



 そして地形が。

 風景が歪み、発動する。



 禁呪の中でも最上位に位置する“空間形成具象魔法”。

 


 名を

 《夢見た理想郷(ディストピア)》。




『…………ッ!?』



 驚愕に目が見開かれ、固唾を飲む音が聞こえる。

 慌てて俺が展開した魔法陣から離れようと白銀の何かは距離を取ろうとするが、



「もう遅い」



 最早、逃げ道はない。

 精々もがき苦しめ。

 あの時、素直に俺を殺さなかった事を後悔しろ。



 俺の呟きと共に辺りの風景が、変化していく。

 夕暮れであった筈の天は闇色に染まり、得体の知れない何かが蠢く天へ変貌を遂げ、



 門のような魔法陣からは不気味な。

 異形の魔物が沼から這い出でるように姿を現し始める。



 緑緑と生い茂っていた筈の森林は消え、代わりに爛れ、抉れた更地が広がっていた。



 《夢見た理想郷(ディストピア)》。

 とは、心象風景を具現化する魔法ではない。



 ディストピアとは

 “餓鬼界”と呼ばれる魔窟を一時的に顕現させる禁術だ。


 だが、この魔法には欠点が存在する。

 それは



『お前……死ぬ気かっ……!』



 使用者すらも帰還する方法はなく、解除する方法がないという事だ。



 生に執着しないものは弱い。

 誰が言い始めたのかは知らないが、とんだホラ吹きだ。



 生に執着しない者は死を恐れない。

 故に、後先を省みない。

 窮鼠すらも凌駕し得る。



「初めから言ってただろ? 死にたいって」



 非凡な力を俺は嫌っていた。

 それは紛れも無い事実だ。

 でも、戦いを嫌う事は出来無かった。



 生物の根源たる衝動。



 嗚呼、すっかり忘れていたよ。

 親父と何度か訓練と称して殆ど殺し合いのようなモノをした事があったが、アレは楽しかった。



「あぁ、それと。……ありがとう」



 あまりの虚無感故に忘れていた。

 俺はどうしたかったのか。

 今、俺は何を求めているのか。



 それを、白銀の何か(コイツ)のお陰で思い出す事が出来た。



 俺が本当に渇望していたものは。



「俺を、殺してくれ」



 血湧き肉踊るような死闘の中で。



『この状況下で嗤うのか……狂人が……』



 満足感に浸りながら、

 死に行く事だったのだ、と。

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