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2話

 木々の梢が風になり、森独特の匂いが鼻腔をくすぐる。

 麦穂(ばくすい)色の夕空が日暮れ前だと知らせていた。



「はぁ……」



 季節は冬至。

 行く当てもなく、ただただ目的地もないまま放浪(ほうろう)していた俺はいつの間にか、森の中へと足を踏み入れていた。



 溜息混じりに吐いた息は白く、冬という季節が容赦無く体温を奪い来る。



「何が……悪かったんだろうな……」



 鼻声で、せき止めていた筈の何かがその言葉と同時に決壊し、溢れ出た。



「俺は……どうすれば良かったのかな……」



 姉さんに。

 いや、夕里に泣きついて惨めに日陰者として風宮に身を留めておくべきだったのだろうか。



 何度試みても失敗した幻獣契約を、ひたすら続ければ良かったのだろうか。



 ぐるぐると脳裏に疑念と、後悔と。

 そして寂しさが、去来した。



 皆から期待され、天才だ。

 麒麟児だと持て囃されていた頃、それが重荷に感じていたが、今ではそれが懐かしい。



 今や、家族にすら見捨てられ、家名すら奪われた。

 もう、何も残っていない。



 蔑んできた親父を、兄貴を、母さんを見返そう。

 そうは思うものの、行動に起こす気力すらない。



 恨み。

 憎しみ。

 それらに近い感情を彼らに抱いてはいるが、それ以上に俺の胸中では喪失感が大部分を占めていた。



 過去に戻れるなら、戻りたい。

 そして過去に戻れないのならばーーー



 いっその事



「死にたい……」



 ポツリと悲しみに満ちた声音でそう、呟いた刹那



『はっ!』



 まるで嘲笑うかのような侮蔑する声が俺の脳裏に朗々と響き渡る。



 夕暮れの日差しが差し込んでいる事あって、細目になってしまったが、顔を上げた俺の双眸にソレは映っていた。



 何者にも屈しない圧倒的な存在感。

 漂う王者たる気品。



 俺の目の前には全長5m程に大きな白銀色の何かが佇んでいた。

 それは、彫刻と勘違いしてしまいそうになる程に美しく、そして恐ろしい。



『そこの辛気臭い匂いを振り撒く小僧。こんな辺境の森に何の用だ? 喰われにでも来たのか?』



 足が(すく)む。

 一度は死にたい。

 そう呟いていながらも、俺は恐怖に支配された。

 同時に、本能が目の前の生物は危険だとサイレンを鳴らし始める。



 だが、俺はこの状況。

 都合が良いと思ってしまっていた。



 俺に生きる価値も無ければ、行きたいという理由すらも持ち合わせちゃいない。

 ならいっその事。



 ーーーここで喰われて死ぬのも良いかもしれない。

 少なくとも、餓死して野垂れ死ぬよりも、この狼のようなモノに殺された方がまだ楽に逝ける筈だ。



「そう、かもしれない……俺に、生きる意味なんてモノはもう、無いから……」



 小さくそう呟く。

 その答えに、目の前の生物は無機質な瞳をぐるりと巡らせ、



『ーーーつまらん』



 唾棄するように一言。

 まるで路傍の石でも見るような目で、俺を見据えてきた。



 “つまらん”

 何故なのかは分からない。

 でも、紛れもなく俺はその一言に対し、何かしらの感情を抱いた。

 虚無感に支配されていたはずの身体が急に生を帯びていくような感覚。



 つまらない。

 確かに俺の人生はつまらないものだろう。

 だけど、俺をまだ一目しか見ていない筈の白銀の何か(あいつ)に、つまらないと飽きれられる謂れはない。



 俺は少なくともそう思った。

 確かに、今の俺は生きる価値もない無能だ。

 でも、あの楽しかった日々すらも全てまとめてつまらないと断言されたくは無かった。



 だからこそ、俺は圧倒的強者である白銀の何かに向けて、燃え滾る感情を瞳の奥に湛え、睥睨した。



『口では死を望んでいるが、本心は違う。典型的な弱者の考えよな。何に怒りを覚えたかは知らんが私に弱者を嬲る趣味は無い。殺して欲しくば他を当たれ』



 それだけを言い残し、踵を返そうとした刹那、



「まてよ」



 感情の込められた声音。

 腹の底から発せられた俺の言葉が、白銀の何かの足を止めさせた。



 何で引き留めたのか。

 理由は俺にも分からない。



 だけど気付いた時には、無意識のうちに何故か、口から言葉が溢れ出ていた。



「……親父も、母さんも、兄貴も姉さんも、お前も! 誰もかれも俺を弱者、弱者呼びやがって……」



 心の奥底でひたすら、隠し続けてきた本心が漏れ出す。

 過去を噛みしめつつ、明確な怒りを込め、



「俺は、俺は無能なんかでも落ちこぼれでも弱者でもないッ!! 俺の事を何もしらねぇ癖に、知ったような口を聞くなアァァァッ!!!」



 慟哭しながらも俺は、目の前に佇む白銀の何かに向かって肉薄した。

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