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結論から言おう。リアムの作った弁当美味しすぎる。先ほどの授業が終わって食堂に着き、リアムにオススメの定食を買って、昼食を交換した。シンプルな二段弁当を開けると、なんというか女子力MAXな世界が広がっていた。彼曰く私は女子だから色々工夫したとか。…これを作るのにかかった時間は、聞かないことにした。
「ごちそうさまでした」
先に食べ終わっていたリアムに伝えると、彼は終始そわそわしていて、伺うようにこちらを見ている。…なんか褒められたい犬を思い出してしまった。
「美味しかった。食べるの勿体無くなっちゃったよ」
「そ、そう、ですか?よかった」
「リアムこそ。定食大丈夫だった?」
今日は親子丼定食であった。彼はこくこくと何度も頷き、今度自分でも作ると言っていた。彼の女子力を見習いたい。
「授業まで結構時間あるね、どうする?」
流石にここにずっといると他の利用者の迷惑になってしまう。リアムは特に用事はないと言ったので、裏庭でも行こうということになった。お互いの名前を知ったあの場所である。そこには私の鳩尾くらいの高さまで壁がある渡り廊下を通って行くのが一番近いので、私たちもそこを通っていた、のだが。ふと視界の端に映ったものが気になって、足を止めてしちらを見る。
「…あれ」
声をあげると、隣のリアムが私の視線の先を追う。
「会長じゃん。なんでこんなところに?」
「…」
ここらへんを通る生徒はあまりいない。通ったとしても、渡り廊下を通らずに草の多い道を通る人はまずいない。しかし彼は薄い金色の髪をふわふわ風に遊ばして草の中を1人で歩いていた。と、彼がこちらの視線に気づいたのか顔を動かした。ぺこりと会釈でもしようと思ったのだ、が。彼がこちらを向き終わる前にリアムに口を塞がれ壁に隠される。彼はしゃがんで、私の頭を胸に押し付けて息を殺している。彼の心拍は思った以上に速かった。周りの空間が少し歪んでいて、それは遮音魔法の性質だとオリバー先生が言っていたことを思い出した。
やがて、リアムが私の口から手を離した。彼に拘束されていた自分の体を動かして、彼を見る。軽く汗をかいていて、その顔色はあまりよくない。
「大丈夫?今からでも保健室に」
彼は首を横に振った。彼は荒くなっていた息を整え、周りの空間の歪みを消した。こんな魔法を使えるのは、流石優等生といったところか。
「…ナツ、今日は、あまり、1人、で、行動、しないで、ください」
「なんで?」
「…お願い、します」
まっすぐ私を見て言う彼に、事情はわからないが頷いておいた。私の反応を見た彼は杞憂だといいんですが、といつもの調子でゆっくり付け足したあと、立ち上がって私に手を差し出した。
「行き、ましょう、か」
「…うん」
彼は生徒会長がすごく苦手なのだろうか?いや、そういうわけなら私に1人で出歩くなといった意味はない。となれば、あそこで会長を見てしまったことが、私に忠告した意味なのだろう。彼の手を取って立ち上がり、彼の顔をじっと見る。彼も馬鹿ではないから、私が把握していないことを分かっているだろう。彼は眉をハの字にして、困った顔をした。
「説明、したい、です、けど。根拠、が、ない、です」
「…直感とか?」
こくり、と彼は頷く。
「よく当たるの?」
「…こう、いう、のは。特に」
なんとも苦い顔をしながら彼は答えた。つまり、悪い予感はよくあたるタイプということらしい。
「…信じるよ」
1人になるなというのは、周りに目があればいいということだ。一緒に行動せずとも、ある程度の人数がいるところで行動すればいいだろう。そんなに難しいことではないし、忠告を聞き入れたところで不利益を被ることもない。
私が信じると言うと、彼は少し安堵したように頷いた。
裏庭までもう少し。時間もあるし歩き出そうとした、その時。
「あぁああぁあああああっっ!!!」
裏庭で、叫び声が上がった。急な大音量に肩がびくりと跳ねる。リアムがぎゅ、っと拳を握りしめた。
「ナツ、手!」
「えっ、はい!」
いつになく焦った声で彼が言うので、反射的に手を出した。彼はそれを掴み取り、全速力で叫び声の元へと走り出した。こいつ本当に優等生なのか、超運動部系なんじゃないのかと疑いたくなるほどのその走りの速さに息を切らしながら、彼と一緒に裏庭へ続く扉を開ける。
裏庭には、ぐったりと倒れた男子生徒がいた。急いで駆け寄り、その肩を揺らす。しかし彼は唸るばかりで、その瞼は固く閉じられたままだった。
「どうしよう、リアム」
リアムは、眉根を寄せながら男子生徒の胸のあたりに触れる。するとリアムの手の先が凍る。よく見ると男子生徒の所々に火傷や切り傷ができているが、その体は氷のように冷たい。氷魔法の一種だろう。とりあえず、このままだと彼は凍死してしまう。
「ナツ、伝達、を」
「わかった。オリバー先生でいい?」
伝達魔法は、自分の身近な人の魔力へ声を届ける魔法だ。使用には相手と一度簡単な契約を交わさなければいけないが、一定の距離内であればいつでも使用できるようになる。本来緊急時用に一年間の簡易契約を担任と生徒が結ぶのだが、私はそれとは別に三年分の契約をオリバー先生とこっそり交わしている。ただし、私は魔法を使うのが下手くそなので、ごっそり魔力が消費されるが。
私の提案に頷いたリアムを横目に、伝達魔法を起こす。オリバー先生を三回呼ぶと、彼は応えてくれた。事情を説明し、彼に来てもらうように場所を伝え、了承を得たところで魔法を切る。たった数十秒でもどっと汗が出るが、今は休んでいる暇はない。
隣のリアムを見ると、彼も汗を滲ませながら魔法を使っている。男子生徒の周りに淡い光が灯され、熱気がこちらにも流れてくる。リアムは応急処置で、下がりすぎた体温を戻そうと熱を送っているのだ。ただ、思ったより氷魔法が強力なのか中々男子生徒の顔色は良くならない。何か、私でもできることは。ぐるぐると頭を働かせる。
すると、リアムに灯された光が一瞬揺らめいた。しかしそれはすぐに持ち直す。ただ彼の顔は苦しげに歪められていた。相手に向かって一瞬、高温の熱を向けるのが本来のこの魔法の使用法だが、恐らくリアムは人体に影響がない温度まで熱を下げ、使用し続けている。結構な魔力と精神力を使うのだろう。
そこで精神力はどうにもできないが、魔力ならどうにかできることを思い出した。魔力転換魔法だ。魔力切れを起こしそうな仲間に対して自分の魔力を分け与える魔法である。あまり覚えていないが、自分の魔力をどーんと渡すのだから、私の中の火属性の魔力とやらも含まれるだろう。治癒魔法の一種だが、光魔法ではなく無属性魔法に属す。無属性魔法は誰でも用いることができるため、難易度が高くないものは私でも使うことができる。ただ、前述の通り私は魔力調節が苦手だから、どれくらいリアムに渡せるかわからない。賭けではあるが何もしないよりはマシであろう。男子生徒にかざされたリアムの手に自分の手を重ねる。
「『転換せよ』!」
唱えると、ごっそりと見えない何かが自分から抜け落ちていく感覚がして脱力した。くらりと傾いた体がリアムにもたれかかる。しかしそれが気にならないほど、灯された光が強まった。成功したようだ。安堵からかさらに体の力が抜ける。ばたばたと遠くから誰かが走ってくる音とともに、聞き慣れた男性の声が聞こえた。それがオリバー先生のものだと分かると一気に意識が微睡んでいく。治療が先生に引き継がれ、リアムの灯していた光が収まると、私の意識はずるずると闇へと引きずられていった。