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闇に白銀  作者: お餅もちもち
第1章
6/30

4

いつも通り他の人より早く教室につき机に突っ伏していると、早足でこちらに近づいてくる人物がいた。音でそれに気付きゆっくりと顔を上げると、目の前に白が広がる。うとうとしていた頭をゆっくり覚醒させていき、目の前の人物に声をかける。

「…なんで、頭下げてるの?」

言うと、ゆっくりと頭を上げるシルヴィアは、紫の目を潤ませながら、申し訳なさそうに眉尻をハの字にしている。しょんぼりした彼女に首をかしげると、彼女がやっと口を開く。

「ごめんね、サークルでお昼休憩に集まりがあって…当分お昼、一緒に食べれないと思う」

「あ、そうなの?いいよ、頑張ってきなよ」

発表が近いのは知っていたし、2年生ながらエースとして期待されている彼女は他よりも忙しいだろう。ひらひらと手を振ると、少しだけ彼女は黙りこくってしまった。目を伏せてどことなく寂しそうな様子に、再び私は首をかしげる。

「シルヴィア?」

「…っ、ごめん何?」

彼女の行動がよくわからなくて、彼女の名を呼ぶ。すると、何もなかったようにいつもの表情へと変わった。発表準備で疲れているのかもしれない。彼女は私の前の席の椅子に腰掛けた。前の席は朝礼ギリギリまで空いたままだ。私が後ろなのが嫌だと言っていたのが聞こえたから、そういう理由なのだろう。

「忙しいだろうけど、ちゃんと寝なきゃダメだよ?」

「寝てるわよ、ちゃんと規則正しい生活を送ってるわ」

「いや、なんか。元気ないから」

彼女はまた、少し寂しそうな顔をした。彼女がこうなるときは、大概精神的に弱っていることが多いのは経験上知っている。じっと彼女を見つめると、言いかけるかのように彼女が小さい口を開けた。

「シルヴィア!」

しかし、続きは彼女を呼ぶ声で遮られる。彼女は間の悪いその人物にちょっと眉根を寄せながら、教室の扉の方向を見た。薄い金色に黄色寄りのグリーンの目をした見目麗しい青年が立っている。制服の胸ポケットのあたりには、生徒会が付けるピンバッジがつけられていた。彼は彼女を目に留めると、少し急いでいるようにかつかつとこちらにやってくる。

「エリック会長?」

この高校の誰もが彼をそう呼ぶ。眉目秀麗、品行方正、文武両道な生徒会長様である。まるでシルヴィアの男版といったような3年生である彼は、シルヴィアの前で立ち止まると、無駄に綺麗なその髪を耳にかけた。

「今日のサークルなんだけど、集合場所が変わってね。第二研究室になったから伝えに来たんだ」

それなら伝達魔法でも使えばいいのになぁ、と思いながら様子を眺める。しかし、そういえば彼女の入っているサークルは学年で5番以内の優秀者しか入れない少人数サークルだったから、伝達魔法を使うには仰々しい人数なのかもしれない。

「わかりました、他の2年生にも伝えておきますか?」

「頼むよ」

朝日に反射してキラキラと輝くその髪とオーラに目を細めていると、彼はこちらにも視線を送った。そして、私に乙女に大層人気があるだろう輝かしい笑みを浮かべる。

「ごめんね、彼女をとってしまって」

「…いいえ、皆さんの発表が上手くいくことを願ってます」

「ありがとう」

それじゃ、と踵を返し彼が教室を抜けていくのを見届けて、クラスの女子がきゃっきゃと黄色い声を上げる中、盛大にため息をつく。

「どうしたの、ナツ」

他の女子達ほど騒がないものの、その目に羨望と憧れを宿す彼女が、私の様子に首を傾げた。

「いやぁ、なんでも」

首を横に振ると、さっきの寂しそうな顔はどこへやら、彼の登場を思い出し表情を緩めている。意外と彼女も単純なのだ。私はあの生徒会長様が苦手であるというのは彼女には禁句であり、長時間彼の長所を聞かされるハメになるのは何度か経験している。いいところを聞いたところで苦手なのには変わらないんだけどなぁと少し苦い思いをしていると、朝礼への予鈴がなる。特にこちらに顔を向けずふらふらと自分の席に移動する乙女な彼女に苦笑しつつも、一時間目の教科書を机に置いたのだった。



*******



お昼は弁当派か学食派か。それは学生に永遠に降りかかる究極の二択である…と私は思っている。寮生には定食にだけ割引が付き、大層お得になった学食のカツにがぶりと噛み付く。適度な肉汁が口の中いっぱいに広がり、噛めば噛むほど肉の特有の甘さが舌を刺激する。自然と緩んだ頬に手を当て、カツへの愛しさに目を細める。

「おいしい…」

本来満席である食堂は、私の周りだけ席が空いている。別に気にはしていないし広々とスペースが使えるのは好都合である。今日のメニューはカツと味噌汁とごはんとサラダのカツ定食。国から出る補助金でやり繰りしても余るぐらいのその値段なのにこのおいしさ。このために学校に来ているといっても過言ではない。

「ナツ?」

二口目に箸を伸ばしたところで、誰かに呼び止められる。後ろを振り向くと、もう見慣れた暗い灰色がいた。

「リアム!」

「相席、しても?」

「いーよいーよ、誰もこないし!」

言うと、ちょっと眉を寄せながら彼は目の前に座った。彼の昼食はおしゃれなサンドイッチとサラダである。何という女子力だろうか。少しカルチャーショックのようなものを感じていると、彼もまた私のメニューに同じことを感じたらしかった。

「あ、これ。私の故郷でよくある食べ物なんだ。結構下町では食べられてるものだよ」

説明し、一切れのカツを頬張る。おいしい、おいしすぎる。そこにまたごはんを頬張る。至高のひと時である。

「おいしそう、ですね」

私の食べる様子を見て、くすりと彼は笑う。シルヴィアみたいだなぁと思いながら彼を見返す。

「そういえば、リアムっていつも学食なの?」

「いいえ…今日は、寝坊、した、から」

「え、自分で作ってるの?」

「はい」

自分で作る、というのは意外だった。この学園は金持ちしかいないというほどに金持ちだらけなのだ。そんな子ども達が自炊をするのはあり得ないことであり、お弁当の中によくわからない高級素材が入っているのを自慢しあったりするものなのである。

「僕、中央街、の、端のとこ、で1人、暮らして、ます」

「1人暮らしなの!?」

中央街は割と裕福な層が住む場所だ。私の反応に困り笑いをしながら、リアムがサラダにお上品に口をつける。

「両親が、小さい時、なく、なって。家人、も、いません」

何でもない顔で彼はサンドイッチを頬張った。寂しいことを言わせてしまったと反省していると、彼は私の定食を指差す。

「冷め、ますよ?」

「…うん」

「気に、しないで。ナツ、は、いつも、学食、ですか?」

「…そうだよ、私寮生だし。買い出しいく時間もあんまり無いしね」

言うと、場に沈黙が落ちる。何かやってしまったかと味噌汁をすすりながら彼を盗み見ると、長い睫毛が影を作っていた。彼は何やら思案中のようであり、それなら彼の考えが終わるまで静かに食べていよう、とサラダのトマトを頬張る。噛むと爽やかな酸味が味覚を刺激し、濃い他のおかずのせいもあってか、いつもより爽やか5割り増しである。

「…お弁当、嫌い、ですか?」

沈黙を破った彼の言葉に首を横に振る。何回か憧れたことがあったのは確かだが、下手に定食より高くなってしまうかもしれない弁当を作る気にもならないというのが本音である。普通に安くて美味しいものがあるのだからそれを食べればいいだろう、くらいの学食派なのだ。

「…僕、作り、ます、よ?」

がやがやとした周りの音に負けそうなくらい小さな声で、彼は言った。いや、言っていないかもしれない。私の聞き間違いだろう、きっと。そもそも何を作るかを言っていない。ちょっと焦りだした心を落ち着かせながら水を飲む。

「ええと、何て言った?」

「…ナツが、いい、なら。お弁当、作って、きます」

「…私の分を?」

「はい」

思ったより彼は私に好意的らしい。彼は少し目線を下げ、誤魔化すように残りのサンドイッチを頬張る。髪の端から見える耳だけが少し赤い。緊張したり照れたりするとこうなる人がいるのは知っているが、目の前で見るのは二回目である。一回目は、我らが美少女優等生シルヴィアである。彼女が照れた時する行動とそっくりなそれに笑みが漏れる。

「どうか、しました、か?」

少し不機嫌そうな声を出す彼がちょっと可愛くてまた笑った。私の周りに来る人は系統が似てるのかもしれない。

「可愛いなぁって」

「…可愛い、は…ちょっと、複雑、です」

じとりとこちらを見る彼にごめんね、と謝る。私が残りのカツを頬張って箸を置き、ごちそうさまをするのを見届けて、彼は不安そうに口を開く。

「…迷惑、です、か?」

「ううん、でも申し訳ないよ。手間もお金もかかるでしょ?」

「…そう、ですか」

ここの学校ではせいぜいお菓子を交換することがあるくらいである。別に彼を信頼していないわけではない。出会ったばかりではあるが、私は嘘を見分けるのが得意だから。ただ、お弁当なんぞ貰ったら彼に貢がせてる感じが否めない。しかしまるで犬が怒られた時に耳を下げるようにあからさまにしょんぼりと俯く彼に罪悪感が募る。どうしようと返事を迷っていると、突然彼は何か思いついたように顔を勢いよくあげた。

「僕、が、定食、食べ、ますから!ナツが、僕のを」

「えっと?あー、お弁当と定食を交換するってこと?」

こくりと彼が頷く。確かに学食の子に付き合ってお弁当を食べる生徒もいる。むちゃくちゃ高いコースかよっていう学食を食べる子がほとんどなのだが。

「でも、定食って安いし。舌が合わないかもよ?」

定食というのは、主に庶民層が食べるメニューである。きっと彼が食べているオシャレすぎるサンドイッチより安い。しかし彼はふるふると首を横に振った。

「ナツ、おいしそう、に、食べて、ました。だから、きっと、美味しい、です」

ふにゃりと笑う彼にちょっとたじろぐ。しかし、彼ははっとしたように表情を変える。何だか思ったよりも表情豊かな人である。

「ナツ、いつも、お昼、1人、ですか?」

「あ、そう。いつもは他の子と食べてるんだけど、当分忙しいらしいから1人だよ」

「アールグレイ、さん?」

「そ。なんか魔法研究サークル、だっけ?」

言うと、少し苦い顔をするリアム。

「僕も、誘われ、ました」

「え」

「ただ、発表、苦手、なので、断り、ました」

ということは、彼は学年5番以内ということになる。一応魔法学校最高峰とか言われるこの高校で、学年500人以上の中で、である。苦手とする光魔法の授業も入れて、その順位。賢いどころじゃないのかもしれない。

「確か、発表は、一週間後?」

「そんなもんだったかなぁ。なんか大っきいホールでやるみたい」

「…行か、ない、ですか?」

「うん。行かないよ」

言うと、彼はちょっと気の毒そうな顔をした。何故私が親友の発表を見に行かないのか、似た境遇の彼はわかったのかもしれない。

優秀な彼女の発表を見に行くには、私は日陰者すぎた。彼女の初めての発表をこっそり見に行った時、高校関係者に苦い顔をされたのである。国で偉い魔法関係者も来るらしく、黒髪の生徒が高校の制服を着て正式な場所に来られるのは迷惑だったらしい。私は他の教員に捕まって放り出されてしまった。その様子を壇上から見ていたシルヴィアが、発表直前であるのにも関わらず泣き出してしまい発表に支障が出たと言われ、学校側が更に私に厳しくなったのが、丁度1年生の中頃、1年前くらいのことであった。

「ナツ」

過去の話を思い出していると、ゆっくりとリアムが私を呼んだ。それに軽く笑いかけると、彼は少し安堵したような表情を浮かべる。

「明日、よければ、一緒に、食べ、ましょう?」

声を出す気分ではなくて、頷くだけで返事を済ませたが、彼は満足そうに笑みを浮かべた。そこで、私はうっかり丸め込まれてしまったと内心頭を抱えたのである。意外と彼は策士なのかもしれない。

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