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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第四章 カガミドリーマー
34/42

ここは全て、ゆめの話。

 眠っている時、目覚めている時。


 夜、そして昼。



 色んなものを隣り合わせに、交わらず、私は生きているのかもしれない。ついうっかり境界線を何かが越えないように気をつけながら、綱渡りをしている。










「おい! ギャ、何をするんだ小僧が。ふざけるなよ、この私をそんな乱暴に扱って許されるとでも……イタタタタ! 翼を掴むな、折れる折れる」


 外に出ようとしたマニを素早く掴んで部屋に戻すと、ぴったりと窓を閉め、白髪の青年はいい笑顔を向けた。

「夜に散歩かい? 鳥のくせに?」

「私は鳥ではないぞ!」

「どう見ても鳥だし、鳥目だよね」

「違う!」


 美しい羽を飛び散らしながら羽ばたいたマニは、相当頭にきたのだろうか、銀の身体をぷっくりと膨らませた。


「とにかくダメだよ。夜遊びなんて許しません」

「ではせめてカーテンを開けろ。私は夜遊びなんてしないぞ、月を見たいのだ」

「だから、それがダメなんだよ」


 窓を背に立ったルフトは、二つの月みたいな金色の瞳を細めた。

 そう、彼は月が嫌いなのだ。イルファと旅をし始めた当初から、夜は極力出歩かぬよう、月を見ないよう言い続けてきた。

 もちろん弟子である彼女は、ルフトがそう言うなら異を唱えたりしないし、月が偶然視界に入った時には違和感と罪悪感さえ覚える。しかしそれは、あくまでイルファの話であって。



「私は月が好きなのだ!」

「ふぅん。僕は大嫌い」



 一人と一羽の終わらない言い争いを聞きながら、ベッドの上に座っていたシエヴィアが欠伸をした。すぐに目をぱちぱちと瞬かせて、首を傾げ、またまどろみに落ちていく。

 いつもの夜だった。


「……もうー、家主さんが起きちゃうよ、マニ。静かにして」


 あまりに騒がしいのでイルファが口を挟む。


「な、なんで私に言うのだ! この白髪小僧に言え」


 ルフトの真似をして笑顔で流すと、眠気でゆらゆらと揺れているピアノに視線を移した。


「もう寝る時間だから、静かにしようよ。シエヴィアが眠れないよ」

「うむむむ……」


 日頃から肩に乗せてもらっている手前、無視するわけにもいかないのだろうか。マニは不満そうに足踏みをするだけで、暴れるのをやめた。



「明日にはまた小さな村に辿り着くんだから、もう寝ないとね。ほら、灯りを消すよ」



 テーブルに置かれていた燭台に光球が浮いている。ルフトがそれに左手を翳すと、部屋を柔らかく照らしていたそれは消えてしまった。

 夢のようだった。



「今日はもう、おやすみ」








 暗闇に包まれると、目を開けながら夢を見ることが出来る。形を得る直前で崩れていくヴィジョンが、頭の中を明滅するのだ。


 暗い部屋と、鉄格子。一つの水差しと白い月明かり。


 イルファを見つめ続けている幼馴染み、ファセットの顔。


 叫びながら剣を手に走ってゆく、赤い髪の青年。


 一瞬だけゴーストの姿が横切った。



 イルファは夢に落ちてゆく。全てはもう、その手から零れ落ちたあと。










 マニがいたあの森を抜けると、道中で見かける操者の数は少し増えたようだった。皆大抵は左手の小指を切り落としていることが多く、その部位が操者になる上でポピュラーな切断場所であることを知った。


「専用の器具が売られているんだよ」


 のどかな野を眺めながら、ルフトが教えてくれた。


「金属で作られた切断器さ。丁度小指を挟んで、自分の意志で、しかもそこまで力を入れずに切り落とすことが出来る。首都でちょっと裏道に入れば露天商が売ってるくらいさ……ま、そういう所で買ったものはきちんと消毒してから使うことをお勧めするけどね」


 イルファには必要の無いものだけど、と付け加える。その通りだ。彼女は自ら、包丁で右手の小指を切り落とした。

 話を聞きながら、マニがぶるぶるっと震える。


「うぅ、気持ちの悪い話だ。何が楽しくて指なんて切り落とす? 一歩間違えば指一本のせいで命を落とすぞ」

「今や首都に住む人の三分の一は操者だよ。特別なことではあるけど、珍しいことじゃない。そう遠くない未来には、二人に一人が小指のない人間になるだろう」

「思っていたより恐ろしい状況だな……」


 マニは翼を震わせて、シエヴィアの小さな肩からずり落ちないように足の位置を修正した。

 当のピアノは鳥のことも、操者のことも気にかからないようで、相変わらずぼうっと前方を眺めながら歩いていた。


 少し賑やかになった旅人たちは、ゆっくりゆっくり進んでいく。大地は以前より強くうねるようになって、緩やかな丘がそこかしこにある。そして続く道の向こうに、小さな村が見えてくるのであった。



「なにか面白いものはあるかな。あるいは、魔法」

「……小僧、お前は一体何のために旅をしているのだ?」


 能天気な観光客にしか見えないぞ、とマニが言う。


「能天気でもいいじゃない。それに、僕は真面目に旅をしているよ。ずっとずっと探しているんだ」



 イルファがすっかり見慣れてしまった笑みを浮かべて、ルフトは言うのだ。


「説明の出来ない魔法を。それは必ず、この国のいたる所に存在しているはずだから」


 探していく。

 彼の右腕になって、どこまでも行くのだ。



 こうして旅人たちは新しい村に辿り着いた。のどかで、穏やかで、化物も怪物も幽霊もいない村に。






 すぐに聞こえたのは笑い声だった。続いて、村に一歩踏み出したルフト達のすぐ側を子供たちが駆け抜けていく。後を追うようにして、遠くに行くんじゃないよ! と母親の声が飛んでくる。萎縮したようにマニが小さくなっていた。

「こ、子供は苦手なのだ……シエヴィア、私を極力隠せ、いいな」

「無理だとおもいます」


 取り付く島もなく言い放ったシエヴィアは、真っ黒の目を少し見開いて前方を見つめている。


 見れば、先ほどの子供たちの母親らしき女性が走ってくるところだった。


「あれ、旅の人かい」

「お邪魔致します」


 ルフトが軽く頭を下げると風に吹かれた外套が翻り、空っぽの右腕を顕にした。女性の目がそこへ吸い込まれていく。


「まあなんもない村だけどね、ゆっくりしていって……」


 そう言いながらどこか上の空で見つめている。確かに腕がまるごとないのは珍しいが、一体あの目はなんだろう。

 食い入るような、あの目は。


「あの、なにか?」

「いやぁその……ちょっと考え事をしていてね」

 柔らかく微笑みながら、何か気になることでも? とルフトがまた問う。



 女性は惑うように視線を泳がせて、やがてそっと地面に落とした。


「あんた、もしかして操者さんかね。腕がないし……」


 ルフトは答えなかった。耐えきれなくなったのかまた顔を上げた女性は、そこでやっと、イルファの右小指が無いことに気づいたらしい。


「や、やっぱりあんたら操者さんでしょ? いやね、ちょっと……」

「何か?」

「……気になることがあってね、ずっと操者さんが来るのを待ってたんだよ。こんなこと、着いたばかりの旅の人に言うのもなんだけど」


 ルフトが何も言わないことに安堵したのか、女性はゆっくり言葉を紡ぐ。



「ひと月くらい前から、近所の子の様子がおかしいんだ。まるで心が別人とまるごと入れ替わってしまったみたいで……何人もの医者を呼んだけどみんな匙を投げた。その子の親は今にも死にそうなんだ」

「別人のように?」


 記憶も、話し方も、性格さえ別人のものが入ってしまったかのように見えるのだ、と女性は言った。



「近頃中央では、おかしな現象が色々と起こっているそうじゃないか。もしかしたらその一環かもって、あたしはその子の親に言ったんだ。だってあんなのおかしいんだよ、操術でもなけりゃあ説明がつかない」


 それはそれは、と相槌を打ちながら、ルフトが心配そうに眉尻を下げる。しかし横目に見た彼の顔はどこか笑っているように見えた。


「タダで泊めてあげるよ。だから、その子を診てやってくれないかね」

「残念ながら僕は医者じゃないんです」

「それでもいいんだよ。何か分かることがあれば御の字なんだ」



 タダで泊めるという言葉が出た時点で、ルフトの気持ちは決まっていたのだろう。



「何か出来るとも思えませんが……でも、本当に診るだけなら」



 そう、彼は微笑んだ。









 背中合わせに立っている。誰も鏡の向こう側に行くことは出来ない。



 それなのに彼は境界線さえ越えて。





 目を、覚ました。

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