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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第三章 ジャンクヒーローの移り火
33/42

11

何もかもを燃やした炎は今、その手を伸ばす。

 森を抜けると、傾き始めた太陽の光が目を刺す。


 ルフトと西のツェストが二人がかりで背負っている男性は、依然目を覚ます気配もなかった。生きているのか死んでいるのか、イルファには分からない。


 すぐさま森の入口に立つ番人役の男が駆け寄ってきて、傷ついているツェストを見て顔を青ざめさせた。


「誰か! 早くこっち来てくれ!」


 東の入口同様に多くの人が足止めされているためか、すぐに周囲には人だかりが出来た。何本もの手が伸びて、ぐったりと身体を弛緩させている男性を支える。

 誰かが医者を呼びに行き、東のツェストは運ばれていく。


 彼は目を覚ますのだろうか?



「ご苦労さん。あんたも医者に診てもらった方がいい」

「ええ……」

 若い西のツェストが弱々しく笑って、ルフト達に頭を下げた。そうして、連れていかれてしまう。視界の端で、マニが居心地悪そうに嘴を鳴らした。




 最後にその場に残ったのは、結局番人役の男だけだった。


「あんたらが森に入ったことは、東からの連絡を受けて知ってた……んだが」

 男はまじまじとルフトの顔を見つめている。イルファやシエヴィア、マニにすら全く目を向けない。


「なにか?」

「ああ、やっぱり見間違いじゃねぇや。俺はちゃんと止めたってのに、なんで無理やり森になんか入った?」

「はい?」


 男が噛みつかんばかりにルフトへ詰め寄る。



「知らばっくれても無駄だぞ。あんた、西から入ったろ?」



 流石のルフトも困惑した表情で、なんとか彼を宥めて落ち着かせた。



 男は、西の入口から無理矢理森へ入ろうとする白髪の青年を止めたという。しかも、ルフトが羽織っているものによく似た緋色の外套を身に纏っており、背格好もそっくりだったとか。

 流石に右腕があるのかどうかまでは確認しなかったらしいが、その青年は男の制止を振り切ってすぐに森へ消えてしまったらしい。


「俺のことを突き飛ばして、だめだって言ってるのに行っちまった……こんなの、始末書じゃ済まねぇよ」

「それ、本当に僕だったんですか?」


 ちら、と弟子に目を向ける。間違いなく東の入り口を通っていて、ここ、西へ抜けたのだ。


「あんたにそっくりな男だったよ。あっという間だったから顔とかはよく見れなかったけどよ……それに、横にくっついてる娘さん達も見なかったけど」


 そう言って男はイルファとシエヴィアに目を向ける。

「一体どういうことだ、説明してくれや」

「それはこっちのセリフだよ。僕は彼女達と旅していて、東からやって来たんだから」

「えぇ……じゃあ奴はなんだったんだ?やめてくれや、幽霊だなんて言うつもりじゃなかろうな」


 有り得ないよ、とルフトが呆れたように笑う。


 どういうこと、なのだろう。森の中で不審者は見かけなかったし、しかもルフトとよく似た人なんて。



 散々文句を言った後、番人役の男は頭を掻き毟って、その後諦めたように肩を落とした。

「いや、俺の勘違いかなにかだろうよ。東からの連絡でも、白髪の若い男と女が二人、森に入ったって話があったんだ」


 変なこと言って悪かったな、とため息をつく。


 いえ、と言いながらルフトは何かを考えているらしく、金色の瞳を僅かに細めている。

 代わりにイルファが、自分たちも怪物にやられて気を失った旨を伝えた。そりゃあ災難だったな、なんて男も上の空で答えるものだから、お陰で詳しい説明を求められることもなかった。


「とりあえず、ツェスト二人を連れ帰ってきてくれたことはありがてぇや。あんたら、これからどうするんだい」

「もう発ちますよ。食料の補給だけさせてください」

「ああ、勝手にやってくれ」


 考え込むのは後回しにしたらしいルフトが答えた。その後、イルファ達にだけ聞こえるように囁く。


「少し行ったところに小さな村があるから、泊まるのはそこで」









 日が落ちかける暗い道を、旅人たちは歩いていく。


 日は西に、影は東に伸びていた。進んでも進んでも背後を追うそれは、しかし彼らを追い越すこともなく。

 ただ、地を黒く染めていた。


「妙な話だな。小僧、お前は双子だったりするのか?」

「そんなわけないでしょ」


 なぁんだ、とマニがつまらなそうに呟く。シエヴィアの肩の上がすっかり気に入ってしまったのか、ずっと居座ったままだ。


 燃えるような赤で目を痛めないよう、イルファは地面を見つめていた。

「でも不思議だね。一体何だったんだろう、ルフトくんに似た人なんて」

「さあね……偶然僕に似ていただけ、とも考えられる。誰かがわざと僕に似せたのかもしれない。そもそも人じゃない可能性もある。あとは、本当に幻覚でも見たのかな」

「操者が……ルフトくんの幻覚をさっきの男の人に見せた、とか」

「それも否定出来ないね」



 イルファが通り過ぎた後の地面に落ちていた、小さな石がふわりと浮き上がった。

 少女の周りをくるりと回り、その右手の中に吸い込まれていく。



「今は何も分からないよ。ただ、嫌な予感がするからね、あまりあそこに居座らない方がいいと思ったんだ……イルファ、シエヴィア、疲れていないかい」

「私は大丈夫だよ」

 シエヴィアが無言で頷くのを見届けて、すまないねと呟いた。


「先へ進もう。それしかないよ」





 赤々と光り輝きながら沈む太陽に、金の瞳さえ染まっていく。後はもう夜に満たされるだけだった。



「……ルフトくん」

「なんだい」



 潜んでいた茂みから見つめていた、あの青年を思い出す。


 重そうな剣を自由に操り、イルファの操術による攻撃に怯むこともなかった。彼はただ、自分が倒すべきものを見つめ続けている。


 この太陽より赤く深い髪の、マリウス。



「ううん、なんでもないの」



 東の野で彼の写真を見た時からずっと気になっていた。どうしてか、その存在が心に引っかかっている。


 マリウスは今どこで、何をしているのだろうか。

 歩く度に離れていく。追いかけていたはずなのに、もう彼は後ろに立っているのだ。


 離れていく。


 誰かが夜に火を放ったのだ。家を燃やし、親を燃やし、過去を燃料に心を燃やし続けている。


 英雄は遠くで、イルファのように心を燃やしているか。




 そうだ。


 思えば全て置いてきた。傍にあったものは全て。


 もう、炎の向こう。

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