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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第三章 ジャンクヒーローの移り火
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全てはひとつの嘘から。

 遠く、遠く、北の果て。

 銀色の鳥はそこから飛んできたらしい。山を越えて街の上を優雅に羽ばたき、この東の森に辿り着いた。


「北は特別な土地だが、私は敢えて飛び立った。この国で何が起きているのかを確かめようと思ってな」


 木の根元に座って、ルフトは麻袋から黒色の容器を取り出す。飲み水を入れて持ち歩くためのそれをイルファに渡して蓋を開けてもらいながら、じっと鳥の話を聞いていた。


「世の中を変えてしまうのは常に人間だった。故に私は、深く人間と関わろうと思ったのだ。うまく事が運べば、何人か従者として引き連れて旅でもしようとな」

「へえ……」

「私は賢く、それでいて物事を深く知ろうとする探究心に満ちている。そんな私だからこそ、旅の決意を下せたのだ」

「賢く、探究心……鳥がねぇ」

「鳥ではない」


 見るからに鳥だが。


「それにしても、何でまた世間知らずの鳥ちゃんがわざわざ人に混じって旅をしようと思ったんだい?その理由は?」

「ええと、そ、それはだな」


 枝にとまっている鳥は、垂らした尾をゆらゆらと揺らした。


「ふん、人間ごときに話せるような内容ではないのだ!」

「生意気だなぁ、焼き鳥にしちゃうぞ」

「や、やめろ、火は嫌いなのだ」


 まあいいよ、とルフトが肩を竦めた。

 蓋を開けたイルファは、いつものように先に一口だけ水を貰うと、容器をルフトに渡した。

「じゃあなんでこの森だったわけ?確かにいきなり街に現れて言葉を喋ったんじゃ、見世物になるけどね。旅の仲間を募るどころじゃない」


 その言葉を聞いて、ぎょっとしたのはイルファの方だった。


「えええっ、ま、待ってよルフトくん。言葉を話す鳥って普通にいるんじゃなかったの!?」

「そんなの滅多にいるわけないよ、そもそも鳥の口や声帯の作りじゃ複雑な発音なんて出来ないだろ?人と同じように違和感なく話せるなんて有り得ない」

「うそぉ……」


 ルフトが全く動じていないものだから、すっかり、それが世界の普通だと思い込んでいた。

 騙された気分になる。あの新鮮な驚きを仕舞い込むんじゃなかった……。


「中央なら人も多けりゃ操者も多い。中には稀に、動物に姿を変えられるやつもいると聞くけれど……どうせこの鳥ちゃんも操術の産物だろうね」

「私は人間ではないぞ」

 鳥でもないがな、と鳥が言う。

 ひらひらと落ちてきた葉に目を向けながら、美しい青年の声を持つ銀の彼はちょっと首を傾げた。

「ここより東へも行ったのだがな、難しかったのだ。如何せん操者と呼ばれる欠損した人間がぐっと少なくなるであろう?私への態度も更に無礼になるではないか」

 確かに、操者の方がこういう不思議生物に耐性があるのかも知れない、とイルファは思う。自分の事はさて置いて。


「その点、やっぱり僕らで良かったねぇ?鳥が酷い音を発しても許すし、ちゃんと会話してあげてるし」

「……あれは歌だ。馬鹿にするな」


 不機嫌そうに真っ赤な目を細めた。



 ルフトは水を飲むと、容器をシエヴィアに手渡した。黒髪の少女はそれを両手で受け取り、口をつける部分とルフトを何度か見比べた。

 恐る恐る水を口に含む。真っ白な頬がぷくりと膨れた。

「確かに、北を出てからまともに言葉を交わせたのはお前達が初めてだ。ま、まあ、光栄に思うがよい」

「馬鹿なこと言わないでよ、怪物のくせにさぁ……シエヴィア、水は飲み込むんだよ」

 言われてやっと喉を動かした彼女の、頬がやっと元に戻る。


「それなのだ。これから私は人と共に旅をするのだが、いきなり怪物などと思われては困る」

「うん、そもそも喋る鳥が人と旅できるかって話なんだけどね」


 銀色の長い睫毛を震わせて悲しそうに縮こまる。

 そんな態度を取られると、やっぱり可哀想になってしまうのだが。

 ルフトくん、と弟子が声をかけた。


「分かってるよイルファ。そうだね、僕達と一緒に来たらどうだろうかな、とは思うんだけど」


 ぎょっとした鳥の羽が少しだけ毛羽立つ。


「な、なに……?」

「僕の弟子、この子は操者なんだよ。言葉を話せる鳥が一般人と旅をするより、操者と旅した方がいいだろう?周りも勝手に納得してくれそうだと思わない?」


 真っ赤な瞳がイルファに向けられ、それからルフトの右腕が存在するはずの場所に視線を注いだ。片腕がない人間は目立つが、しかし青年を操者だと納得して疑わない人はかなり多い。

 決して欠損箇所が大きい人間が強い操術を扱うわけではないと、かつてルフトは弟子に教えた。だが自然と周囲が誤解することも、一般的な認識としてあるのだということも知っていた。


 この男は腕がない。

 強い操者だろう。

 それなら鳥を喋れるようにしてもおかしくない、なんて。


 イルファにしてみればちょっと馬鹿げた発想なのだけれど。



 だってルフトは、魔法使いなのだ。



「まあ確かにお前達となら旅もできる……いや決してしたいとは思わないがな……無礼だし、石は投げるし、火をつけようとする野蛮なお前達と。うむむしかし、それが私を助ける方法だというのか?」

「そんなわけないよ。僕達は怪物退治の役目を負ってこの森に入っているからね、そんなものいませんでしたーなんて知らん振りして森を抜けるのは難しい。一緒に旅をする約束するなら、鳥ちゃんを差し出すわけにもいかない」


 ではどうするのか?


 イルファはなんとなく、その方法が予想できていた。

 蓋を閉めようと格闘しているシエヴィアは、全く興味がなさそうだけど。



「もちろん決まってるよね。怪物を用意して、誰かに倒してもらえばいいのさ。偽装するんだ」



 怪物も、それを倒す英雄も。



「全部作ってしまえばいい。そうだろう?」


 騙ってしまえば、真実になる。

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