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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第三章 ジャンクヒーローの移り火
25/42

 結局、自分は何も出来ていないじゃないか。まだひとつも役に立っていないじゃないか。

 どうしようもなく意識を留めておくことしか出来ない自分に苛立ったイルファは、一筋の涙で森の道を濡らした。


 その意識も遠のこうとした、その時だった。




 どん、と鈍い音が頭上から降ってきて、一瞬だけ音が止まった。



 目を開く。ルフトが上を見上げている。


 その隣に立つシエヴィアが、手に石を握って振りかぶった。無表情のまま、まったくぶれない淀みない動きで、それを投げる。


 手から放たれた礫は真っ直ぐに飛んで、葉の特に茂ったところに吸い込まれていった。


 どん、と鈍い音。



 完全に音が止まった。茂みから何かが落ちてくる。


 ルフトが立ち上がって少し後ろに下がると、その目の前に怪物は落下した。



「シエヴィア、偉いよ。ありがとう」


 いえ、と短く答えた少女も、それに視線を向けている。イルファはなんとか立ち上がると、地面に強く身体を打ち付けてもがく怪物をしっかりと捉えた。



 銀色の鳥だった。



 大きさはカラスくらいだろうか。羽は根元から先まで美しい、銀細工のような煌めき。尾は流麗に長く、地面に不思議な模様を描き出している。

 作り物のような優美な羽を広げて地面を叩くと、もがいて、なんとか立ち上がった。その足さえ銀色だ。


「と、鳥……」


 イルファが呟く。鳥だ、間違いなく鳥。


 銀色のちいさな怪物は大きく翼を広げて何度か羽ばたき、羽を整えると、ぴんと頭を上げて旅人たちに目を向けた。なんと、その瞳はルビーのような赤色だ。


 嘴をぱかっと開く。




「突然石を投げるとは、なんて無礼な人間だろうな!」




 はじめ、まさか目の前の鳥が発したとは思わずに声の主を探してしまった。ルフトの声とは違う、威厳があり、どことなく優雅で高貴なイメージさえ抱いてしまいそうな、美しい青年の声だったのだ。



「どこを見ている、きちんと話を聞け。これだから人間はいけないな。野蛮で、知性が感じられないではないか……!」



 美しい鳥がふんっと胸を張って、嘴をぱかぱか動かしている。


「しかも羽を痛めてしまった。これは重罪だぞ、分かっているのか」


「……ルフトくん」

「どうしたんだい」



 困るとつい師匠の名前を呼んでしまう。悪い癖だ。


 ルフトはにやにやと面白がっている。どうやら危険はないようでほっと息をつくが、しかし、状況はあまり好転していない。

 あの恐ろしい音を出して通る人を襲う見えない怪物の正体が鳥で、しかも喋っている。


 喋っている。


 待てまだ慌てるのは早い、とイルファは必死に大声を出すのを抑える。自分は世間知らずなのだ。もしかしたらこの国の中央で、鳥が人間の言葉を使うのは珍しくないのかもしれない。

 落ち着け。



「おい、聞いているのか! 私は怒っているのだ……」

「ふぅん、そうなんだ」


 声を失ったイルファと、そもそも興味がなさそうなシエヴィアの代わりに青年が口を開く。


「そうなんだ、ではない! ふざけるな……!」

「僕も困ってるんだけどな。正体不明の怪物探しに出かけたら、こんな鳥ちゃんだったなんてさぁ」

「と、鳥ちゃん……? 鳥ちゃんだと」


 みるみる目つきを鋭くした銀色の鳥は、何度かぱたぱたと翼を動かして自らを諌めた。

 随分人間っぽい仕草をする。



「それより貴様、怪物と言ったか? 詳しく話せ」

「この森に、通行人の耳を破壊する姿の見えない怪物がいると聞いてね。お陰で通行止めになっているんだよ。僕らはその怪物を何とかするために彷徨いていたわけなんだけど」

「……なんと」



 イルファは普通に話を進める師匠と鳥を見比べて、ますます混乱する。やっぱりこれが世界の普通なのだろうか。

 鳥は翼を広げて軽く羽ばたくと、低い位置に伸びた枝に飛び乗った。どうやら地面に落ちた状態が嫌だったらしいが、枝の上で居心地悪そうに翼を震わせて「痛い、痛い」と呟く。



「それはいけないな。しかし怪物などという物騒なやつは見かけなかったぞ。私も最近この森に来たのだが、静かで良い森だ」



 にっこりとルフトが微笑む。



「いや、お前が怪物の正体だよね」



 全くのそのとおりである。



「ぶ、無礼な! 貴様ら、この私に投石するに飽き足らず怪物呼ばわりとはどういうつもりか!」

「無礼も何も、お陰で気絶するところだったんだけど。酷い音だった」


 あの、脳を軋ませるような音。耳から入ったそれは頭を掻き乱し、機能を低下させる。呼吸すら安定して行えずに視界が激しく白滅するのだ。

 

 控えめに言って死ぬかと思った。



「音だと……私はただ鼻歌を歌っていただけだ。昔から音楽は好きでな、故郷では私が口ずさむだけで周りに人だかりが出来たものだ」

「それ絶対嘘だろ」


 頭を抱えたルフトは、ちょっと歌ってみてと言った。

 それを受けて、鳥がふんっと胸を張る。胸元には細かくてふわふわとした毛があって、それが柔らかく広がる。

 ぱかり、と嘴を開く。


 そこから発せられたのは、先ほど聞いた恐ろしい音だった。耳に強い痛みが走ったかと思うと、それは脳へと即座に移る。景色が滲んでは歪み、イルファは思わず耳を塞いでうずくまった。

 ルフトも苦しそうに顔を歪める。唯一平然としているシエヴィアが、また鋭く石を放った。


 今度は鳥もたまらず避ける。



「うひゃっ、こ、小娘、何をする」


 シエヴィアは無言で、音が止まったのを確認して石を捨てた。



「この通りだよ……お前の口から発せられる音のせいで旅人が大分やられた」

「皆、膝をついて頭を垂れるものだから、天より降る私の歌に畏れを抱いてのことだと思っていた。なんということだ」


 いや信じられない、と小さな形の良い頭をふるふると震わせる。

 困り果てたように縮こまってしまった。



「わ、私は遠い北よりやって来たのだ……この森はたくさんの人間が通る。私には人間と深く関わらなければならないという義務があるのだ。怪物なんて呼び方は困るぞ」

「あんまり被害が出たもんだから、森の東西に在中するツェストが怪物討伐に入ったらしいよ。もっとも、その二人もやられてどこかに転がっているだろうし、怪物が捕まえられなければ中央から追加の連中がやって来るだろう」


 あ、ツェストって治安を守るやつらのことね、とルフトが雑な説明を追加すると、ますます鳥は小さくなった。


 

「こ、ここからそうっと立ち去ったら騒ぎは収まるのか」

「被害が出たことには変わりないからねぇ、難しいと思うよ」


 初めの偉そうな態度はどこへ行ってしまったのか、銀の鳥はすっかり情けなさそうに下を向いてしまった。

 その姿を見て可哀想になる。イルファは元々動物好きなのだ、鳥でもなんでも基本的に庇護してあげたくなってしまう。にやにやと口角が上がるのをなんとか隠しながら話しかけるルフトは、見るからにそんなことなさそうだが。



「僕が、助けてあげてもいい」



 多分最初から用意していたであろう言葉を、ルフトは放った。


「ほ、本当か」

「考えはあるよ。鳥ちゃんの今後の予定とか……色々、聞かなきゃ決められないけど」

「鳥ちゃんと呼ぶな小僧」


 すかさず噛み付いた銀の鳥を左手であしらって、白髪の青年は微笑む。



「ここで会ったのも何かの縁。助けてあげるよ……まともに関わった人間が僕達で良かったと思わせてあげる」



 綺麗なルビーの瞳をきゅっと細めて、鳥は嘴を動かす。



「助け……させてやらぬこともないが」


「うわっ、どうしよっかな。偉そうなこと言ったらイルファに頼んで焼き鳥にしてもらおう」



 貴様らで後悔したわ、と憂いた。

落ちてきたのは怪物。

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