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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第三章 ジャンクヒーローの移り火
23/42

常識を終えて。

 春が少しずつ遠ざかる東の道を、三人の旅人が歩いていた。


 青年は、両側に少女を従えている。腕のない右には弟子のイルファを、左にはシエヴィアを。

 誰が見ても奇妙な光景であった。この三人は一体どういう関係なのかと勘繰る者も多かったが、青年ルフトは気にしていない。


 なだらかな起伏を繰り返す大地に通る一本道を、西へ西へと進む。するとその向こうに、緑の美しい森が待ち構えているのだった。







「今日は雲が高いね。こういう日は、一日雨が降らない。低く重く降りてきた時は逆に降りやすいんだが」

 なるほど、とシエヴィアが小さく頷いた。それからしばらく黙って奇妙な間を空けたあとやっと口を開いた。


「雲のことはよく知りませんでした。でも、空気のことは分かります」

「へぇ、空気?」

「雨が近づくと空気が湿気てくるでしょう。そういうのは、分かるのです」


 ピアノですから、とシエヴィアは付け足した。


 それきり少女は口を閉ざして、熱心に語りかけるルフトの聞き役に回った。


 桜の森を発って数日が経った。シエヴィアは基本的に必要最低限の言葉しか口にせず、幼い外見にそぐわない、大人びた口調でものを言う。


 ピアノ……らしいところと言えば、黒い髪と目、服に白い肌、それと表情がないところだろうかとイルファはぼんやり考える。魔法のように月明かりを浴びて、突如小さなピアノの上に現れたあの時は今でも鮮明に思い出せるけれど。

 それでも、彼女は旅の仲間になった。


 多分。


 シエヴィアがどんな性格なのか、そもそも何なのかを知らぬまま三人で旅を始めた。

 そう、イルファは自分の師匠以外の人間と長い時間を共にしたことがない。自分より小さく、周囲に馴染もうとしない少女をどう扱えばいいか悩み続けながら、ただ歩みを進めた。


 分からない事は多いけれど、ひとつ明確なことがある。



 ルフトはかの少女を、心から大切にしようとしていた。それなら、イルファもシエヴィアを大切にするべきだ。

 彼がそうするのなら。











 道を挟むようにして疎らに木が生えている。それは少しずつ密度を増して、やがてその先にこんもりと茂る森へと続いた。

 緑の鮮やかな森だった。芽吹いた葉が日差しを吸い込み、丁度美しい色に染まった頃。


「首都への関所のような役割を持っているんだ」

「も、森が?」


 イルファが問う。


「そうだよ、中はよく整備されている良い森だ。回り道をする理由もない」


 東と西の出入口には小さな村があって、それぞれ関所の役割を国に任されて森の管理を行っていた。ルフト達が歩いてきた東の果ては、特に操者に対する差別意識が深い地域である。

 森を東西で挟むようにして存在する二つの関所には、重要なポイントということで中央からツェストが派遣されているという。


 が、治安が維持されているはずの東の村は騒然としていた。


 なんだか人が多いね、なんてルフトがのんびりと言う。旅人らしき人間が、あちこちを彷徨いていたり座り込んでいたりと、村全体に妙な空気が漂っていた。


 真っ直ぐ前を向いて歩くルフトを見習って、イルファは無理に背筋を伸ばす。

 しばらくゆくと、すぐに森の入口が見えた。歩みを緩めることのない三人の旅人は、真っ直ぐに入口を守る番人役の男の横を通り抜けようとする。


「待った待った、あんたらここは通れないよ」


 案の定、止められてしまった。


 両手を大きく広げて進路を阻んだ男は、ルフトを頭のてっぺんから足先までじっくり観察すると、困ったように眉をひそめた。

「あんた、まさか操者なんて言わないよな」



 ルフトはちょっと肩を竦めて笑うと、僕は魔法使いだよといつものセリフを口にする。



「なぁんだ、面白い冗談を言うんだな。ふざけないでくれや操者さん……いやね、通してやりたいのはやまやまなんだが出来ないんだ」

「ほう?」

「困ったもんで、森の中に訳の分からん生き物が住み着いてしまったようでね、通る旅人がみんなやられてしまったんだよ。なんでもおかしな音で耳や頭を痛めるとか……調査に出かけた東西に在中しているツェストも森に入ったまま帰ってこない。今は封鎖中だよ」


 困ったもんだよ、とぼやく。


「みんなやられちまった。今までこんな事は無かったのに……やっぱり中央から流れてきてるのかね」



 思わずルフトの顔を見上げる。彼は微笑んだまま何も言わない。



「まあ、ツェストがうちにも来てるんだから何とかしてくれると思うけどね。丸二日も出てこないなんて流石におかしいし……いやだって、この森を抜けるのに、どんなにのんびり調査をしたって三時間もありゃあ十分だっていうのに」

「それは、大変ですねぇ」

「そうなのさ。中央に偉いツェストの父親を持ってるっていう子供と操者の女の子も森の中に入っちゃったんだが、彼らも一日帰ってこない。しかも、通りがかりの中央の偉いツェストの女の子も、丸一日だ。心配だけど、俺達一般人じゃ尚更中には入れないしなあ」

「では、僕が見てきましょうか」


 そりゃあいけないよと大きく手を振って、番人役の男はますます情けないような顔をした。


 じっと動かず、聞いているのかいないのか、シエヴィアは置物のように立っている。そんな少女と師匠を見比べて、参ったと言いつつ愚痴の止まらない男を盗み見る。

 困っているらしい。ルフトは楽しんでいるように見える。


「でも、このままじゃあ森の中にいる人が危ないでしょう? 在中のツェストまでやられているんじゃあ話にならない」

「そりゃあそうだがね」

「僕達なら大丈夫だよ。それに、この子は僕の弟子でね、腕のいい操者だ。きっと迷い込んだ子供達よりずっと上手くやるだろう」


 ねえ、とイルファを見る。彼女はちょっと顔を赤らめて、もちろんですと小声で答えた。


「僕もいる、大丈夫だよ。このまま封鎖していたって、留まる旅人が増えるだけだ、村もそろそろ対応の限界だろう? ここはひとつ任せて」


 ああ、とかううんとか曖昧な返事を繰り返して、とうとう男は頷いた。ルフトが人の良さそうな笑みを向けると、へへ、なんて釣られて笑う。


「中にいるのは誰だっけ? 見つけられればいいんだけど」



 男は頼むよ、と前置きをして、森に入ったまま帰ってこない人たちを列挙した。



 東と西、それぞれの森の入口に在中しているツェスト二人は、右肩にバッジで留めるタイプの、片腕の手先まですっぽり隠すくらいの緑色のマントを付けている。これはツェストの証のようなものだが、鮮やかな緑は差別の深い辺境に派遣されている者の証だった。


 もう一人、丸一日帰ってきていないツェストは、休暇中に通りかかったとのことでごく普通の服装だという。肩を少し越すくらいの金髪が目立つ美人だったという。



 残るは森に迷い込んだ子供二人。


 一人は長い髪が美しい、左手の小指のない一般的な操者の女性。




 そしてもう一人は、ごつい剣を腰に差した、血のように真っ赤な髪色の青年だという。

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