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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第二章 サクラチルゴースト
15/42

魔法はそこで眠っている。

 へレイがふらりと立ち上がる。テーブルに手をついて支えながら不安定に身体を揺らした彼は、壁をつたうようにして歩いていく。


 奥の部屋へ消えていく。ルフトとイルファは、何も言わずに付いていった。


 どうやら寝室のようで、乱れたベッドが窓際に置かれていた。彼はそこに寝転ぶことなく、手前でしゃがみこんで木の床を探ると、くぼみに手を引っ掛けて持ち上げた。

 地下室へ続く階段が現れる。



「見せてやろう。この下に倉庫がある」



 そう言って彼は、ベッド近くの棚に置かれた燭台を手に取り、だいぶ溶けた蝋燭に古びた着火器で火を灯すと下へ降りていく。

 暗い階段の続く先へ。


「行こうイルファ。大丈夫だからね」



 少女は床を伝って足を撫でる湿った空気を恐れていた。牢屋に流れるそれに、よく似ているからだ。

 それでもルフトに付いていかねばならない。



 師匠に続いて、イルファは足を踏み出した。地下の温度差のようなものが彼女を震え上がらせる。飲み込まれていく。荒く削って作られた階段は一段一段が浅くて、すぐに足を滑らせそうになるのをなんとか堪えて進んだ。

 へレイの手にある頼りない明かりが、降りていく。ざらついた壁に細かな影が出来て、歩く度に蠢いた。


 おぞましいもののように感じて目を逸らした少女は、目の前にあるルフトの外套に意識を集中させる。そうして、暴れだしそうになる心臓と不安を押さえつけるのだ。



 少し進むと木で出来た扉があって、へレイはそれに寄りかかるようにして押し開いた。



 地下室は、思ったより明るかった。


 蝋燭の火を吹き消して、二人の旅人を招き入れたへレイは、近くにある埃を被った椅子に座り込む。


 地下室は雑然としていた。スコップや、何に使うのかわからないほど大きな麻袋、鉈、樽のようなものもある。それだけではない、古今東西の見たこともないような楽器や古びた絵画までが、そこかしこで厚い埃の膜に包まれて眠っていた。

 天井近くには小さな曇った窓があって、そこから光が差し込んでいる。どうやらあそこが丁度、地表の高さにあるらしい。



 部屋の真ん中には小さなピアノが置かれていた。



 作りはグランドピアノに似ているが、全体的に小さく作られている。鍵盤は本物のピアノの半分くらいしかないかもしれない。



 その他に特に変わった装飾はなかった。それなのに、ふらりと足を踏み出したルフトは、金色の目を大きく見開いてピアノを見つめていた。

 瞳に燃えるような光を感じる。



 熱を、感じる。



「アルツ先生はしょっちゅうぼくを診に来る。聞いたよ、お前は先生のところで資料を纏めているんだって? 中でも熱心に、このピアノに関する資料を見ていたそうじゃないか」


 その時思いついたんだ、とへレイは言った。


「ここにあるものの殆どは、死んだ父が集めていたガラクタだ。父には収集癖があったけど、そのどれもが使い物にならないゴミだよ。このピアノもそう、うちに来た時から音が鳴らない」


 青年は息を整えて立ち上がると、よろけながらピアノの傍に立つ。黒くて艶やかな表面を隠す埃を指で拭って、笑った。


「ぼくが探して欲しいのはこのピアノの鍵なんだ。察するとおり、うちの隠し物だよ。探し出してくれないと風習に殺されてしまう」

「やっぱり、そうだと思ったよ」

「探し出せ。そして、ぼくのところに持ってくるんだ。ヒントは出した。3日のうちに見つけ出せたら、このピアノはお前にあげる」


 それだけじゃないぞ、とへレイ。

「村のみんなに、お前たちのことを許すと言ってもいいんだ」

「馬鹿言うなよ坊や。それを受け入れたら、殺人犯の濡れ衣を受け入れるも同然だろ」


 ルフトの目がすぅっと細められる。少女は不安げに見つめている。


「でも……いいだろう」


 今までにない真剣さで、ルフトはゆっくりと言葉を発した。



「どんなことをしても、ピアノの鍵を見つけ出してあげよう」












 外に出たイルファは、見飽きていたはずの桜を懐かしく思った。大きく息を吸い込むと、甘い香りが肺を満たす。


「息が詰まっただろう」

「い、いや……そんなこと」

「無理しなくていいよ、酷い空気だったしねえ。あんな暗くて澱んだ部屋で生きていたら、性根まで腐り果てそうだ」


 まだすぐそこにへレイの家があるのに、全く気にしていないように彼は笑う。少し疲れたような笑みだった。


「うんざりするよ。あんなところで埃被ってさぁ」

「あのピアノの話?」

「いかにも。気付かなかったかい?あれは大変精緻な魔法が込められている」


 正直、イルファは全く気付かなかった。ただの変わったピアノのように見えたが、他にもあの部屋には様々な楽器があって、どれも一風変わった目を引くものばかりだった。それと比べると、むしろ見劣りしてしまうように思える。


「あんなに価値のあるものはなかなか無い。何を捨てても欲しいけれど……鍵がないんじゃあ仕方がなかろう。探すしかない」

「あのピアノのこと、知っていたんだね」

「この村にあるだろうとはね。北方で作られたものだが、ちょいと前に内乱があった時、ごたごたに紛れて中央に売り飛ばされては転々としたと聞いていたけれど。東に売られたって噂を耳にした時から、ここら辺を旅しようと思っていた」



 以前広げていたピアノの絵が描かれた資料は、村に中に入った、いわゆる輸入品の記録らしい。



「やっと見つけたと思ったよ」

「そんなに珍しいものなの?」

「珍しいなんてもんじゃない。世界に一つだけの、これ以上ない素晴らしさだ。鍵を見つければ君にも、その魔法が目に映るだろう」


 ルフトの言う魔法というものがなんなのか、未だ掴みきれていないのだが、それでも操術と似て非なるものだと理解している。

 もしそれを目にしたなら、少しはイルファにも分かるのだろうか。



「気に食わない坊やは置いておいても、鍵は手に入れたい。色々気になる事はあるけどねぇ……まずは見つけ出さないと」



 困ったね、とルフトが微笑む。



「とりあえず僕は、アルツ先生のところに行ってみようかなあ。診療所に戻っているだろうから、へレイについてあれこれ聞いてこようと思う。イルファは宿に帰っていなさい」


 ぎょっとしてイルファは首を振った。


「だ、駄目だよ。私も行かなきゃ」

「責任を感じる必要はないんだ。診療所は村のど真ん中にあるしねぇ、さっきの騒ぎからして君が村に入るのは危なかろう。先に戻っていなさい」

「でも、」

「頼むよ」


 そこまで言われて、食い下がることは出来なかった。

 不甲斐ないと思う。結局自分は何もしないじゃないか、と。



「僕達には情報が必要だ。それを手にしたら、あとは二人で頭を捻って考えるだけだよ。ヒントと答えは、既にいくつか出ている。追加の情報は僕に任せて」



 含みのある言い方に、イルファが顔を上げる。


「どういうこと?」

「もう一度風習を思い出してごらん。呪いの話を」


 整理するんだ。



「年のはじめに隠し物を、隠して……一年経ったら、ちゃんと誰にも見つかっていないか確認しなきゃダメ、でしょ。あとは、他の村人に見つかったらダメ、見失ったらダメ」

「そうだ。破ったら呪われて死ぬなんてガキみたいな話だよ。でも分かるだろう?僕達にへレイが相談を持ちかけた時、不思議に思ったんだ。隠し物を見失ってしまったのなら、なんでそいつはまだ死んでないんだってね」


 確かにそうだ。


「一週間と期限があっただろう? もしかしたらそれを過ぎたら死ぬのかと思ったけど、確かに見た目は死にそうだったがあれは持病のせいだ。アルツ医師が定期的にへレイの家を訪れるのは、彼に持病があるからだよ。呪いじゃない」

「じゃあ……」

「うん。彼は隠し物を見失っちゃいない。未だ、きちんと隠したままなのさ」



 それならどうして、イルファに声をかけたのだろう?



「あの死にそうなガキは、鍵がどこにあるかちゃんと分かってる。その上で僕達に探させて、持ってこさせようとしている。何故かは分からないけど、話は結構簡単さ。本人もどこにやったか分からないものを探すよりずっと楽だよ」


 楽観的な発言のように思えるけれど、ルフトは本当に気楽そうに笑ってイルファの頭を撫でた。大丈夫と励ます。

 本当に大丈夫なように思えてくるこれも、魔法なのだろうか。



 ぐっと伸びをしたルフトは、気を付けて戻るんだよと肩を叩いて弟子を送り出す。彼は村の方へ歩き出す。


 その時、どこから現れたのか、まだ幼い女の子が桜の木の向こうから姿を現した。急なことで驚いて、イルファがぶつかりそうになるのをぎりぎりで避ける。

 危ないよ、と注意する間もなく、女の子は走り去ろうとした。手には何故か、手折った桜の枝を握りしめている。



 可愛らしい子供だった。



 彼女はルフトとイルファなどいないかのように振舞って、へレイの家の中に、消えた。




 しばらく経って、青年が口を開く。

「またアルツ先生に聞きたいことが増えたなぁ」

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