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魔法病とセカイシンドローム  作者: Ria
第二章 サクラチルゴースト
12/42

形成されるのは、新しい日常。

 少女が右手で視界を拭うような動きをすると、あちこちに乱雑に積まれている空いた皿がふっと浮き上がった。



 十数枚にものぼるそれはまるで自らの意思があるかのように空を切って、洗い場へと飛んでいく。驚いて見上げていた客達はやがて大きな笑い声を上げると、少女に賞賛の言葉を送った。


「やれ、嬢ちゃんはうまいな。まるで魔法だわ」

「おいおい酔っ払いが巫山戯たことを言うんじゃねえや、東では珍しい操者様だぞ」

「酔っ払いはどっちだね!操者様だなんて、外に出て言ってみろ。村の連中の斧で薪にされちまうぞ」

 そしてまたどっと笑い声。

 イルファはにっこりと笑うと皿たちを追うようにして厨房へ下がった。


「お疲れさん。もう上がっていいよ、お師匠さんが帰ってくる頃だろう」

「ありがとうございます、お先に失礼します」



 長い夕焼け色の髪を結い上げていた紐を解くと、イルファはまた、だいぶ慣れた愛想笑いを振りまいた。

 エプロンの紐を解きながら厨房を出て、また客でごった返すホールに戻ると、丁度、カラカラと小気味いい音を鳴らして扉が開いた。丁寧に掃き掃除をした入口の床を、風と共に入ってきた桜色の花びらが彩る。それを追うようにして食堂に入ってきたのは、緋色の外套を引っ掛けた白髪の青年ルフトである。


「お、丁度上がったところかい?イルファ」

「お帰りなさい……!今日もお疲れ様」

「君もね」


 夕飯にしよう、と微笑む。

 ルフトはいつものようにピンと背筋を伸ばして、堂々と食堂を横切っていく。風変わりな青年に客たちがはやし立てるように声をかけるが、彼は微笑んで手をひらひらと振るだけだった。やっと喧騒を抜けると、客室が並ぶ二階への階段をのぼって消えていった。


 イルファは小走りで厨房に顔を突っ込むと、ごはん2人分と叫んで、小部屋で着替えながら出来上がるのを待つ。

 出来たらそれを盆に載せて、ルフトと二人で滞在している二階の一室へ運ぶのがここ最近の日常になりつつあった。



 階段を上がって一番手前の扉を開けると、ルフトはもう外套を脱いで、文机に資料を並べてにらめっこを始めていた。


「お待たせ」

「いいや、いつもすまないね。君も疲れただろう」

「お仕事にもだいぶ慣れたんだよ……お店の人も、お客さんもいい人ばかり」

「それはよかった」


 盆を机に乗せて、扉の鍵を閉める。丁度日暮れ時で、窓から刺すような西日が入り込んでいた。それが少し落ち着くと、ルフトは文机の端に据えてある、何も置かれていない燭台に手を翳す。

 燭台に、ふわり、と柔らかな色の光球が浮かび上がった。なんでも中央では一般的に流通している照明器具だそうで、操術を応用したこの灯りは燃料も要らず、火災の心配もないという。しかも、一般人も手を翳すだけでこれに明かりを灯せるのだというのだから、少女にとっては驚きだ。


「何度見ても綺麗な明かりだね」

「いずれ見慣れるさ。夕飯にしよう」


 ルフトが紙資料を揃えて端に押しやる。


「今日はなんの資料? この前はなんだか、ピアノの絵が描いてあったけど」

「本命だよ。前に言っただろう?この村には変わった風習があるって」

「呪い、とか」

「それだ。それに関するものだよ、なかなかに興味深い……フォーク取って」

 イルファが慌ててフォークを差し出すと、彼はにっこりと笑った。


「概要は、こうだ。まずこの風習は家単位で行われる。この村では、家にひとつ宝を決めるんだ。宝と言っても名前だけで、要は何でもいい。石ころだろうと取れたボタンだろうと、あるいは宝石でも悪くは無い。そのものの価値はどうだっていいのさ。ちなみに宝という名称も僕が勝手につけてる便宜的なもので、本来は隠し物と呼ばれるが」


 ボウルに入ったサラダを続きながら、ルフトが流暢に語り出す。


「宝は家ごとに自由だ。それをひとつ決めたら、どこかに隠す。隠し場所を知っているのは家の住人だけ。年のはじめに宝を隠して、一年間誰にも見つからずに守り抜く。他所から来た旅人については記述がないからノーカンなのかも知れないけど、とにかく他の村人に見つかることだけは避けなきゃいけない」


「それってもちろん、そのお家の人以外の村人には何が宝なのかも分からないから、滅多に見つかったりはしないよね?」


「如何にも。まあ、風習は破るためではなく守るためにあるからね……それで、だ。一年経ったら隠しておいた宝を確認して、誰にも見つかっていないことを確認する。それが隠され続けている限り、各家々は安泰、という具合なわけだ」


 探せばありそうな、特に東の村には珍しくない排他的な内容だと彼は言う。

 だが、問題はここからであることをイルファは知っていた。


「風習は守るためにある。じゃあ、破ったらどうなるか?罰が下るのさ。もし他の家に住む村人に宝が見つかってしまったら。もし、何が宝なのかバレてしまったら。もし隠した家の者が宝を見失ってしまったら……罰が下る。呪われて死ぬという」


 ここまで真面目な顔をして淡々と語っていたルフトだったが、一転してケラケラと笑い始めた。


「ふふ、どうだ。子供じみた遊びみたいな話だろう?馬鹿馬鹿しい」



 だから面白いよ、とルフトは言う。呪いとはなんなのか、つまるところ操術の類なのか、はたまた。



「何にせよ呪いとはまた、古臭くてファンタジックな響きだろう?現時点ではまだ、魔法と呼ぶに相応しい……もしこの、徹底的に操者を嫌う村の風習に操者が関わっていて、その力を持って村人を時折殺しているのなら、こんなにつまらないことはないけれど。それにしたって気になるだろう。見て、知って、認識したくなるだろう」


 ええ、とイルファは頷いた。









 二人の旅人が桜の森に辿り着いた日は快晴で、森を構成する薄紅色の花をつけた木々が青空によく映えていた。まだ蕾が多かったけれど、その名に違わぬこの森に、桜の木以外の樹木は存在しない。


 春になると一斉に花開く頃、もし空に神様がいたのなら、見下ろしたこの森は地に記した何かの印や証のように見えるだろうと、ルフトは言った。


 初めは驚くことしか出来なかったイルファだけど、じきに目が痛むような感覚に惑う。見渡す限り桜の花だらけというのは、案外脳を麻痺させるようだった。


 そして、村に到着した。





「それにしても色々と幸運だった。村はずれにある、他所からくる旅人専用の宿で君を雇ってもらえたこととか、僕にも仕事があったこととか、ねえ」


 春のこの村にはあちこちから観光客が集まるのだが、操者を嫌う東方でもここは特に顕著で、堂々と村の中を歩き回ることは出来ない。イルファが働ける場所と言ったらこの宿しか無かったのだ。


 そしてルフトは、昼になると村へ出かけて、村の資料を纏める仕事をしているという。


「任せられた、というより無理やり奪い取った仕事のような気もするけど、調べ物も出来て僕には嬉しい内容だ。それだけじゃない、村人の困り事を聞く何でも相談みたいな事もやってるんだ。いやね、この風習のせいか、連中は物を無くすと余所者にしか相談しないらしい。操者は嫌いだけど余所者には頼りたいとは、なんともまあ、頭のおめでたい奴らだよ」


 おかげでなかなか稼げている、と彼は微笑む。





 この村に来て二週間が経った。


 イルファも順調に日々をこなしていた。宿の一階にある食堂が彼女の仕事場だが、利用する客は中央方面の人間が多く、操者に一定の理解がある。

 自分には何も無いと思っていたイルファは、ここに来てやっと明確な役割を得た。ルフトに必要とされるポジションに立てた。


 順調なはずだった。







「ルフトくん、相談があるんだけど」

「なんだい?」


 彼は左手だけで器用にパンをちぎって口に運んでいる。イルファはまだあまり食事に手をつけていなかった。


「今日、変なお客さんが来てね、探し物をして欲しいって頼まれたの、私」

「……食堂の利用客は宿の客だろう。何号室のやつだい?」


 いいや、あの客は見たことのない人間だった。


 恐らく村人だ。



 ルフトが食事の手を止めて先を促す。




「この話は他の村人に、絶対絶対話しちゃダメだって言われたの。探して欲しいのは小さな純金の鍵。一週間以内に探し出して欲しいって、その人が」


 しかしイルファは、探し物を得意としている訳では無い。その話は明らかにルフトに伝えられるべき内容だった。


「私じゃダメだから、ルフトくんに相談しようと思って」

「なるほどね。そいつの名前は?」

「へレイって人。でも、鍵を見つけるまでルフトくんには会わないって。絶対、会わないって」

「そう。妙だねえ」


 ルフトはパンを置くと、口のはしを釣り上げて笑った。


「流石に情報が少なすぎる。そのへレイって人間は、僕が操術を使って探し物をしてると勘違いしているのかもしれないけどね、僕は操者じゃないし、そんなことに力は使わない」



 まあやるだけやってみるよなんて言って、彼はふと窓の外に目を向けた。

 もう太陽は見えない。もうすぐ夜がやってきて、桜の花も暗く染まる。不思議なことに、この森の桜は二週間経ってもまだ満開のままだった。




「恐らく彼の言う金の鍵は、隠し物だろう。もし僕が見つけなかったら……どうなるんだろうね?」

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