4話 魔王フラットチェスト
今から三〇〇年ほど前。世界は豊かであった。
種を蒔けば豊作が、漁に出れば大量の魚が、森に入れば豊富な山の恵みが、山を掘れば潤沢な金が約束されていた。それもちろん人の乳の大きさも。
それほど世界は豊かであった。それもこれも神々の恩恵だと人々であった。
人々はこの豊かさが永遠に続くと信じていた。
……一人の貧乳が現れるまで。
その貧乳こそが魔王フラットチェストだ。
彼女の登場により豊かであった資源は翳りをみせた。作物の収穫量は目減りし魚も山の恵みも金でさえも……。そして人の乳の大きさも。
彼女は貧乳と貧乳を愛する男どもを従えて次々と国を滅ぼし世界に混沌と恐怖をまき散らした。
魔王フラットチェストの力は強大で山を一瞬で更地にしたとも言われており、立ちふさがる人間を次々とその力を使い殺してきた。
そして彼女は有無を言わさず民を虐殺しにし、略奪した領土では圧政を敷き大勢の民を苦しめた。
しかしそんな暴虐にして残忍な魔王フラットチェストの支配も長くは続かなかった。
人々を苦しめる魔王フラットチェストの所業に心を痛めた神の一柱であるボイーヌが魔王フラットチェストに対抗するために聖具を選ばれし者――七英雄に与えた。
聖具を手にした七英雄は数々の困難に立ち向かいながら協力し助け合いついに魔王フラットチェストを倒すことに成功し、世界に平和を取り戻すことができた……かに思えた。
魔王フラットチェストは倒すことができたが、豊かであった資源は戻らなかった。
なぜなら魔王フラットチェストは完全には死んでいなかったからだ。死の間際魔王フラットチェストは再びこの世界を混沌に陥れるために貧乳に転生し再起を狙っているからだ。そのせいか貧乳は年々増え続けているという。この世に貧乳がいる限り豊かさは取り戻すことができないのだ。
豊かさを取り戻すために豊穣教会が今もなお尽力しているの。
☆
「これが豊穣教会――豊教に伝わる魔王フラットチェストの逸話です」
「……魔王フラットチェスト」
直人は歩きながらレティアから魔王フラットチェスの話を聞いて、憐れむようにその魔王の名を呟く。
「彼女は可哀想な人ですね」
「えっ?」
レティアは直人の予想外な反応に困惑の表情を浮かべる。
「どうしてそう思うのですか?」
豊穣教会に育てられたレティアとしては何が可哀想なのかわからなかった。レティアだけではない。レティアの周りでもそんなことを言う人間はいなかった。
魔王フラットチェストは大罪人にして諸悪の根源。そう教えて育てられたのだから。
「だって彼女が全ての原因のように言うけど本当にそうだったのかな? 資源なんて無限に湧き出るようなものじゃないし、たまたま彼女がいた時に資源不足に陥っただけで彼女に原因なんてあったのかな?」
「……」
「貧乳だってそうだよ。食べ物が有り余っていたから貧乳が少なかっただけで食べられる食料が減ったから増えただけで魔王の復活とか関係ないんじゃないかな? きっと彼女は魔王ではなくただの被害者だったんじゃないかな」
「……そ、そんな」
直人が言ったことは豊穣教会そのものを否定することになる。そして豊穣教会の教え受けて育ったレティアにはその考えは到底思いつかないものだ。
「それは本当なのですか直人さん」
「……いや、確証はないですけど」
異世界の常識など知らない直人にとって何が正しいのかわからない。もしかしたらファンタジーならではの超理論で本当に魔王フラットチェストが諸悪の根源なのかもしれない。
しかしおっぱいを愛する直人としては胸の大きさで悪だと断じるこの世界の常識を受け入れることができないだけだ。
「そうですか」
もしそれが本当だったのならレティアはどれだけ救われたことか。妹の貧乳が魔王とは全く関係ないのだとしたら……。
「ところでさっきの異端審問官っていう人達が貧乳を狩る理由っていうのは……」
「魔王復活を阻止するためです」
「やはり。その結果が貧乳狩りですか」
「ええ。一五歳以上でAカップ以下の少女は問答無用に異端審問官に連れて行かれてしまいます。私の妹もあと一ヶ月もしたら一五歳になるのですが……」
「貧乳……なんですね」
「……はい」
直人が神妙な面持ちで確認するとレティアはコクリと頷く。
「もし異端審問官に連れて行かれたらもう二度と会うことはできないんです。私たちは幼いころに孤児院に預けれてあの子が私にとって唯一の肉親なんです。だからどうしてもあの子を救いたいんです」
強い決意を瞳に宿らせながらそう語るレティアに直人も力強く答える。
「わかりました。僕が妹さんを救えるように出来る限りのことはしてみせます。そのためならブラジャーを二枚でも三枚でも作りましょう」
「よろしくお願いしますナオトさん。私にできることなら何でも協力しますので」
「何でも……」
直人はレティアの豊満な胸を見ながらゴクリと唾を飲みこむが、すぐにそんな煩悩を振り払う。
妹を助ける代わりにおっぱいを揉ませてくださいと要求するのはクズのやることだ。そうではなくブラジャーを作る過程でサイズを計るためにおっぱいを揉ませてもらうべきなのだと自分を正当化させる直人。どちらにしろクズである。
「今なら妹は孤児院にいると思います。案内しますのでついてきてください」
「わかりました」
レティアは直人を連れて妹がいる孤児院へと向かう。
「そういえば妹さんってどんな人なんですか?」
直人は孤児院へ向かう道中レティアに妹のことについて訊ねる。
「カティアのことですか」
レティアは妹の名前を口にしながら直人にどう説明したらいいのか言葉を探す。
「そうですね……とても優しい子ですよ。昔は虫も殺せないほど弱虫で虫が出るたびによく私に泣きついてきました」
レティアは昔のことを思い出したのか穏やかな笑みを浮かべる。
「だからあの子はいつも私の後をチョコチョコとついてきて何かあるごとにお姉ちゃんお姉ちゃんってすり寄ってきてとても可愛かったんですよ」
「へー、僕も妹がいますけどお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってよく摩り下ろされましたよ」
直人もレティアの妹の話を聞いて自分の妹のことを思い返し懐かしむ。
「えっ? すりおろす……?」
不穏な単語に困惑するレティアだったがきっと自分の聞き間違いだろうと解釈する。
「まあ僕の話は置いておいてレティアさんは妹さんと仲がいいんですね」
「……」
直人の言葉にレティアは複雑な表情を浮かべてうつむく。
「あれっ? 何か変なこといいました?」
「……実はお恥ずかしながら最近妹が私のことを避けるようになってここ数カ月まともに話もできてないんです」
「……そうなんですか」
「先日カティアを捕まえて理由を聞いたんですけどお姉ちゃんには関係ないの一点張りで口もきいてもらえないんです。何か私に至らないところがあったのでしょうか……」
「至らないなんてとんでもない。レティアさんは素晴らしい人です。僕はレティアさんに救われましたし」
ブラジャーのないこの世界でブラジャーを作れと天啓を与えてくれたことに感謝をする直人。
「ありがとうございますナオトさん。でも私はナオトさんが言うような素晴らしい人間なんかじゃないですよ。妹が何を考えているのかわからない情けない姉です」
レティアは大きな胸を揺らしながら弱々しげにそう答える。
「レティアさん……」
「ごめんなさいナオトさん。こんな話をしても迷惑でしたよね」
「いえいえ。まあ妹さんも年頃ですからね。思春期特有の病気みたいなものなんじゃないですか? 母親とか肉親を避けたがる年頃みたいな。かくいううちの妹もやさぐれて僕のことを避けたりしてろくに会話もしてくれませんし」
「そうなんでしょうか? でもナオトさんのような方でもそうなるなら別におかしなことではないということですかね?」
「そうですよ」
自信満々に答える直人。
「それなら少し安心しました。あっ、孤児院が見えてきましたよ」
どうやら話しているうちに目的の孤児院に着いたようだ。
「ここに妹さんがいるんですね?」
「ええ。いつも通りならここで礼拝をしている時間なので礼拝堂にいると思います」
そう言って彼女が直人を連れて孤児院の礼拝堂の扉を開けて中に入ると、礼拝堂の真ん中辺りで円を描くような小さな集団が出来ていた。その集団の真ん中にはさっきレティアが話していたかつて弱虫だった妹の姿があった。
そしてレティアが礼拝堂に入るのと同時に妹は対峙している男の子に向けて見事なアッパーカットが決まった瞬間でもあった。
「だらっしゃー!」
腰を落とし跳躍した彼女の放った拳は対峙していた男の子の顎を直撃しそのまま昇り龍のごとく天高く拳を突き上げる。
「どぅわっ!」
その拳を喰らった少年は天高く舞い上がり地面へと叩きつけられる。
次も来週の日曜日くらいの更新を予定しています。