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3話 貧乳

 貧乳。


 俗にツルペタやペチャパイ、まな板などと揶揄されるおっぱいの小さい女性のことをさす言葉だ。


 貧乳といってもその定義は難しくどこからが貧乳だという明確な数字の基準はないが、基本的にAカップ以下が貧乳だと世間一般で思われている。しかし胸が大きくなる前の二次性徴前の幼女の場合は胸がないのではなく胸がまだ大きくなっていないので貧乳と定義するかしないかは非常に難しい問題でもある。


 もちろん貧乳の問題はそれだけではない。


 もともと日本では胸が大きくない方がいいと考えられてきたが、西洋文化が流れてきたことにより衣服が和服から洋服へ移り変わるに伴い胸を強調する服装が主流になり胸が豊かな女性が優れている風潮になりつつある。そのため貧乳にコンプレックスを感じることが人が増えてきている。


 だがその一方で近年では貧乳に対する見方が変わりつつある。なぜなら日本では一時期全体の約六割がAカップだったのが最近では一割以下まで激減しており、このままでは全滅してしまうのではないかと危惧されているからだ。その希少さゆえに一部の間では貧乳を天然記念物とするという動きがあるとかないとか……。


 閑話休題。


 ともあれ日本では貧乳は一種のステータスだと考えられている現代日本で生まれ育った直人からしてみればレティアが深刻そうな表情で貧乳だと告げる意味がわからず素っ頓狂な声を上げたのも当然とも言える。


「えっ? 貧乳?」


「しっ! 声が大きいです」


 間の抜けた顔をする直人に対し、レティアはハッとした表情を浮かべ慌てて周囲を見回し、人がいないのを確認してホッと胸を撫で下ろす。その際にレティアの胸も安堵するかのようにプルンと揺れる。


 直人はレティアが何をそんなに警戒しているのかわからなかったが、レティアの反応から自分は何か過ちを犯したのだろうと思い謝罪する。


「すいません」


「いえ、こちらこそすいません。いきなりあのことを告げれば驚くのも無理はないですよね」


 あの事というのは貧乳のことを指すのだろう。しかし直人にはなぜ貧乳を禁句タブーのように扱うのかわからずモヤモヤした気分になる。


「幸い異端審問官の人にも気づかれていないようでよかったです」


「異端審問官? なんですそれ?」


 仰々しい肩書が出てきて直人は思わず訊ねる。直人の質問にレティアはやや意表をつかれたかのように驚くが、すぐに直人の質問について説明する。


「異端審問官というのはその……貧乳狩りを行う部隊のことですが……ナオトさんの国ではなかったのですか?」


「ええ。少なくとも貧乳というだけで狩られることはなかったですよ」


 直人は記憶を掘り返すが歴史上魔女狩りや親父狩りはあっても貧乳を狩る歴史はなかったはずだ。


「そうなんですか。貧乳が迫害されないそんな国があるんですね……」


 遠い眼差しを向けながら話すレティアの言葉に直人は事情を察する。


 理由はわからないがこの国では胸が小さいというだけで迫害をされているのだ。その事を知った直人は黙っていられなかった。


「ちょっと待ってください! どうして貧乳というだけで迫害されなくちゃならないんですか!」


 日本では巨乳派や貧乳派といった派閥がどちらが優れているか日夜激しい議論をぶつけているが、直人は大きいおっぱいも好きだが小さいおっぱいも好きだ。大きいおっぱいは大きいおっぱいで魅力的だし、小さいおっぱいは小さいおっぱいなりに魅力は十分にあると考えている。ゆえにおっぱいの大小で差別されることが許せなかった。


「小さかろうが大きかろうがおっぱいはおっぱい! おっぱいに貴賎はないんですよ!」


「しっ! 声が大きいです」


「――んっ!」


 レティアは声を荒げる直人の口を慌てて手で塞いで黙らせると周囲を警戒する。


「今の話がもし異端審問官の耳にでも入ったら――」


 と、そこで突然押し黙るレティア。そのおかげで周囲が静かになりカチャカチャと鎧の揺れる音が聞こえてくるのが直人の耳に入ってくる。それも一つではなく複数。その音は直人たちがいる方へと真っ直ぐ向かってきている。


「まずいですね。早く隠れないと。……こっちです!」


「うわっ」


 レティアは慌てて直人の手を取り路地裏へと駆け、何が何だかわからない直人はレティアの手に導かれ路地裏へ身を隠す。


「レティアさん。いったいどうしたんですか」


「お静かに」


 路地裏の物陰に身を隠すと直人はレティアに事情を尋ねるが、人差し指を口に当てたレティアに小声で注意されてしまう。


「……」


 状況が読めない直人はとりあえずレティアの言うとおり黙って従うことにする。


 そして直人たちが路地裏に隠れてしばらくするとさっきまで直人がいたところに黒い甲冑を身に纏った連中がやってきた。


「あいつらは?」


 まるで今から戦争でもするかのように物々しい甲冑に身を包んだ連中を見て直人は押し殺した声でレティアに尋ねる。


「異端審問官です」


「あれが異端審問官……」


 と呟くと直人は異端審問官と呼ばれた甲冑を着た連中を物陰に隠れながら注視する。


「おかしいな。こっちから貧乳という言葉が聞こえてきたと思ったが」


 一人の異端審問官がその場に人がいないのを見て胡乱気に辺りを見回しながらぼやく。すると別の異端審問官がその異端審問官に注意をする。


「気を抜くな貧乳は何をしてかすかわかったもんじゃないからな。どっかに身を潜めて奇襲をしてくるかもしれないぞ。あいつら胸がないからどこに潜んでいるかわかったもんじゃない」


「まったくだ。卑怯卑劣貧乳とはよくいったもんだ」


 ヒドイ言われようである。


「あいつら……」


 貧乳を侮辱する言葉に直人は黙っていられず異端審問官に食って掛かろうとするが、レティアに腕を抱きつくように掴まれてとどまる。


「ダメです」


「……っ」


 ここで出ていけばレティアに迷惑がかかると思い直し大人しく堪える直人。決して自分の腕にレティアの胸が当たったからとどまったわけではない。


 だがそんな直人たちが隠れている路地裏に一人の異端審問官が近づいてきた。


 直人たちの隠れている路地裏の物陰はパッと見ではわかりにくいが近づいて見られればすぐに隠れていることがバレてしまう。


 異端審問官は奇襲を警戒しているようでゆっくりとした歩みだが着実に一歩一歩接近してきている。


 このまま見つかるのならせめて顔面に一撃をお見舞いしてやろうと拳をグッと握りしめる直人。向こうは幅広い剣を腰に指しているから返り討ちにあう可能性は十二分にあるが、乳をけなやからは例え神であろうと許せないのだ。


 そして異端審問官が路地裏まであと一歩のことろまで差し掛かると……。


「おい! 大変だぞ」


 一人の異端審問官が息を荒げながら駆けて来た。突然駆けつけてきた異端審問官の慌てように周囲にいた異端審問官は何事だと問い詰める。


「何があった」


「中央広場でヒンニュー教が暴動を起こした。鎮圧のために人手が必要だ。来てくれ」


「ちっ! ヒンニュー教か。こうしちゃいられん。お前ら行くぞ」


 駆けつけてきた異端審問官の話を聞いたリーダー格に当たる異端審問官は苛ただしそうに舌打ちすると他の異端審問官を引き連れて中央広場へと向かっていく。


「危なかったですね」


 ヒンニュー教と聞いて目の色を変えて走り去っていった異端審問官の後姿を見ながらレティアは路地裏から出ると安堵するように呟く。


「すみません。僕のせいで迷惑をかけてしまって」


 自分の不用意な発言が異端審問官を呼んでしまったことを反省する直人。


「気にしないでください」


「でも……」


「おっぱいに貴賎はない。私は素晴らしい言葉だと思います」


「レティアさん……」


 自分の発言を思い返しなんだか恥ずかしくなって頭を掻く直人。


「それよりもあの異端審問官ってのは何なんですか? どうしてあそこまで貧乳を敵視してるんですか」


「そうですね。それについては移動しながら話しましょう。ここにいたらまた異端審問官がやってくるこもしれませんし」


 と言って異端審問官が向かっていった方向とは真逆の方角へと歩き始める。


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