2話 ブラジャーは友達
「レティアさん、僕にあなたのブラジャーを作らせてください!」
まるで結婚を申し込むような勢いでブラジャーを作らせてくれと申し出る直人。
一方そんなことを申し出されたレティアはやや困惑したように言う。
「……あ、あの。手、離してもらってもいいですか」
「あっ! すいません」
レティアの指摘を受けて直人は自分の失態に気が付いて慌てて握りしめていた手を離す。
「いえ、こっちこそすいません。あまり異性に触れられることがなかったので私も驚いてしまって……」
頬をほんのり赤らめ恥じらうように言うレティア。
「いえいえ、こっちこそあなたのブラジャーを作れると思ったらつい興奮してしまって……」
さらっと変態発言をカミングアウトする直人。ここが現代日本なら即通報されていたことだろう。しかし今直人がいる世界は現代日本と違う世界。直人の変態発言を聞いても通行人は特に気にするそぶりは見せない。せいぜい騒がしい男程度の認識でしかない。
そしてこの世界の住人であるレティアも同様でブラジャーの意味がわからずやや不思議そうに直人の顔を見る。
「ブラジャーというのはさっきナオトさんが仰っていたものですよね?」
と言いながらレティアは先ほどの絶望に打ちひしがれて死のうとしていた直人のことを思い返す。
「ブラジャーというのはいったいどういうものなんですか?」
「そうですね……」
直人は顎に手を当て目を瞑り思案顔を浮かべ、若干間をおいてから口を開く。
「女性にとって常にそばにいて(おっぱいを)支えてくれて存在……強いて言うならブラジャーは友達ですかね」
ドヤ顔でそんな暴論を吐く直人だがこの場には直人の発言に突っ込める者はいない。なのでレティアも直人の言葉を鵜呑みにして感心してしまう。
「……ブラジャーは友達ですか」
「もちろんそれだけじゃないですよ。ある時は騎士のように害悪から(おっぱいを)守り、ある時は母親の慈愛のごとく(おっぱいを)優しく包み込んでくれますから」
「ブラジャーというのはそんなにすごいんですか」
直人の話を聞いてブラジャーというのは何か特殊な魔具の一種なのかと思い賞賛するレティア。そして同時にそんな魔具を作り出すことのできる直人に尊敬の眼差しを向ける。
なぜなら魔具とは精霊や神々の加護がついた特殊なもので並の人間がそう簡単に作れるものではない。剣や鎧などといった武具から指輪やネックレス、果ては箒など多種多様な物の中で精霊や神々が特に気に入った一品に加護をつけるのだが、どれもこれも一級品と呼ばれるものばかりで魔具を作れるということは超一流の職人の証でもある。
「なのでもしよかったら僕にブラジャーを――」
作らせてくださいと言おうとする直人だったがその言葉はレティアに遮られてしまう。
「そうです!」
何かを思いついたかのようにハッとしたレティアは直人の手をすがるように両手でギュッと握りしめると慈悲を求めるかのように訊ねる。
「お願いです。もしそのブラジャーを作っていただけるのなら私ではなく他の子に作ってもらえませんか?」
「えっ?」
さっきとは真逆のシチュエーションに直人は間の抜けた声をあげる。そんな直人の反応を見てレティアも冷静さを取り戻したようで慌てて掴んでいた手を引っ込める。
「あっ! ごめんなさい。私ったらつい……」
急に異性の手を掴むなんてはしたないことをしてしまったと悔いてばつの悪そうな表情を浮かべるレティアに直人はさわやかな笑みを浮かべながら告げる。
「気にしないで下さい。僕も異性に触られたことがないのでビックリしちゃって」
レディアと似たセリフを言っているのに直人が言うと憐れに聞こえるのはきっと気のせいだろう。その証拠にレティアは直人の言葉を聞いてふふっと微笑む。
「それなら私たちは似た物同士ですね」
「そうですね」
直人もレディアに同意する。もっとも、周りに異性が少なかったレティアと違い直人の場合はおっぱいを触ろうとするから手すら触らせてもらえなかったのだが……。
「それで、さっき話していたブラジャーの件ですけど……」
レティアは話を戻しブラジャーを作って欲しい事情をとつとつと話し始める。
「実は私の妹が深刻な問題を抱えているんです。私の方でも妹の問題を解決するために手を尽くしたのですが解決の糸口すらみつかりませんでした。おそらくこのままでは妹は近いうちに死んでしまいます」
話しているうちにその子のことを思い返し辛そうな表情になっていくレティア。明るくて優しかった妹の顔が脳裏に浮かび、どうして妹のような人間が死ななければならないのかと悲しみで胸が張り裂けそうだった。
しかしだからこそそんなレティアの前に現れた妹を救うことが出来るかもしれないブラジャーという魔具を作り出せる直人に一縷の望みをかける。
「どうか! 妹を救うためにブラジャーを作っていただけませんか?」
話を聞く限りブラジャーでその妹を救えるとは思えない状況だと思われるのだが、直人はこんなにも自分を頼ってくるレティアの気持ちを無碍にできないと考え話だけでも聞こうとする。
「その妹さんの問題とやらはそんなにも深刻なんですか?」
「……はい」
と言って頷くとレティアは周囲に人がいないことを確認すると、まるでガンを申告する医者のように重々しい沈痛な口調で告げる。
「実は妹は……貧乳……なんです」