2章
久しぶりに、喧騒な空気を吸った。
改札口から吐きだされる多数の人。
溢れんばかりにごった返す交差点。
懐かしい。
人の目を気にせず歩くのが。
後ろを気にせず歩けるのが。
あいつに狂わされた人生を、今から取り戻す。
2年半という長い期間を、どうにか。
新しく越してきたアパートの前には小さな庭があった。
庭からアパートへ入るためにくぐる門には、
きれいな紫色の花が、アーチに巻き付きながら垂れていた。
そして、管理人がいつもいるエントランスには、
赤寄りのピンク色をした、
あでやかで大きめの背丈の小さな花が凛と咲いていた。
庭の手入れをしていた大家さんに聞くと、
しだれる紫色の花は藤、赤っぽい花はシンビジュームと
いうらしい。
藤の花言葉は「歓迎」、シンビジュームの花言葉は「誠実な愛情」
らしい。
雑草を抜きまくっていた前の俺を怒りそうになった。
3階建ての2階の中ほどの部屋に俺は住むことになった。
下の階は空き家で、前まで住んでいた田舎の家の庭を
想像させ、自然とストーカー女のことまで思い出してしまう。
管理人に頼み、大家さんと共に雑草をバスターした。
地面が見えると土を掘っている感覚に陥り、あの女を
埋めたことを思い出して吐き気がした。
俺が休み休み作業をしたため、半日も雑草バスターに
時間をかけてしまった。
俺の部屋から見たその小さな庭で、あの女を思い出すことはない。
今度こそ呪縛から逃れた気がして、ひどくほっとした。
前まで勤めていて、ストーカーが出始めた頃から
休職していた職場にほぼ3年ぶりに出勤した。
俺の同期が俺の上司になっていて、わりと働きやすかった。
そんな生活にも慣れた夏のことだった。
ベランダに、ツタが巻きついていた。
下の階の庭には、前まで全く姿を見なかったシロツメグサが
ここぞとばかりに花を咲かせていた。
異常な繁殖力を見せたツタを切り、下の階へ追いやってから
テレビをつけると、俺が殺したストーカー女に捜索願が出ていた。
恋人に会うと言って出ていったきり、戻っていないそうだ。
俺が恋人扱いされていたことにひどく腹を立てたのと同時に、
懺悔の感情がふつふつとわき上がってきた。