マイルームダンジョン⑤
特に長居するつもりも無いのだが、食糧と水分が心細い。スク水いわく、ここはダンジョンらしいのだけれど、なぜか村がある。恐らくこの村以外にも複数の人里がある事だろう。しかし、次に人里を発見出来るのがどれほど先の話かは分からない。となれば、物資調達はしておくべきだろう。
そう考えた俺は、最初に出会ったオッサンの元へと帰ってきた。
「村長さんには会えたかい?」
「あぁ。間違い無く同郷の人間だったよ。それより、甲虫の皮をいくつか持っているんだが、どこかで買い取ってくれたりしないか?」
「甲虫の皮か。この村は裕福で無いからねぇ。安く買い叩かれてしまうよ。お隣で売った方が、よほどいい値段で売れると思うよ」
裕福で無いのは見れば分かるが、大事なのはそんな事では無い。
「お隣? 隣町と言う事か。近いのか?」
「運が良ければ三時間と言った所かな。けど、次の便が出るのは明後日になるぞ」
「次の便と言うのは?」
「村の通商隊の事さ。道中は魔物が居てね。武装無しでは辿り着けないんだよ」
なるほどな。しかし、二日も待ってはいられない。あくまで一週間以内にここを脱出するのが俺の目的だ。村の武装集団がどれほどの実力かは分からないが、とりあえず突撃してみるしか無いだろう。俺には魔物感知のアビリティもある。自分より強い魔物を相手にするような無謀な事はしない。
「ありがとうオッサン!」
俺はオッサンに礼を言うと、村の出口へと走り出す。背後からオッサンが何か言っているようだったが、そんなものは全力スルーしか無いだろう。相手がピチピチギャルなら話は別だが。
再び村を横断すると、今度は村長の家の前を通り過ぎ、出口までやってくる。見張りの一人も立っていない。このダンジョン内の人里は、安全地帯のようなモノらしい。不思議な力によって守られた人里へは、魔物が侵入する事は無い。つまり、最悪の場合は人里へ逃げ帰れば死ぬ事は無いらしい。
イマイチ信用ならない話だが、今はあのエロ村長のノートも貴重な情報源だ。信じてみない事には話が進まないだろう。この世界の女子は胸が大きいと言うのも、本当の話だったからな。
俺は村ですれ違った女子の胸部を思い出しながら、一歩を踏み出した。
歩き出して数分の事だ。魔物感知アビリティが発動した。前方に一匹。動いていない。まだ俺に気付いていないと言う事か。そして、コイツは俺より弱い。となれば、忍び寄って不意打ちをお見舞いしてやるのが上策だろう。
俺は足音を殺し、ゆっくりと魔物へ忍び寄る。目視確認すると同時に、鑑定スキルが発動する。『ウォー・ビートル』か。レベルは2らしい。どう見ても大きいカブトムシだ。どうでもいいが、このダンジョンには甲虫しか居ないのかよ。
ウォー・ビートルは、壁にはりついたまま動かない。こちらには全く気付いていないようだ。死角から回り込むように背後に近づいた俺は、そのまま銅の剣を突き刺した。何とも呆気無く、ウォー・ビートルは絶命し、経験値と戦利品を俺にもたらした。
「甲虫の皮かよ……」
ゴキと同じ戦利品にガッカリ感は拭えないが、とりあえずインベントリに突っ込んでおく。ふと、タブレットのアビリティアイコンに『!』マークが付いている事に気付く。アイコンをタッチし、アビリティメニューを開くと『隠密アビリティが解放されました』と表示された。
村長のノートにも書かれていた事だが、特定の行動や、アイテムを入手する事で解放されるアビリティがあるらしい。隠密アビリティが解放条件は、おそらく『敵に気付かれずに攻撃する』とかそのへんだろう。
とりあえず、今すぐ需要がありそうなスキルでも無い。また時間がある時に配分を考えよう。そんな事を考えていた時の事だった。
背筋が凍る思いをした。魔物感知アビリティが発動したのだ。それだけでは無い。高速でこちらへ接近する敵の数、5匹。俺より弱い相手だが、さすがに数が多い。しかし、逃げ切れるとは思えない速度でこちらへやってくる。
敵の気配を察知してから数秒の事だった。迫り来る魔物の群れの姿を捉えた。それは、先ほど俺が串刺しにした『ウォー・ビートル』の群れだった。
いくらなんでもタイミングが良すぎる。これは恐らく、ウォー・ビートルの特性だろう。絶命前に仲間を召集したと言う事か。高速で飛来したウォー・ビートルが、俺に向かって突進してくる。
鋭い角が俺の顔面めがけて突っ込んで来る。大きいカブトムシなどと侮ったが、この角は十分に凶悪だ。まともに喰らったらどうなる事か……
俺は咄嗟に身を躱し、突進を回避する。
しかし、それを見越したかのように控えていた二匹目が、胴体目掛けて突進してくる。
その凶悪な角を寸前の所で躱した俺は、ようやく剣を構える。案の定、三匹目が突進してくる様子が見えた。確かに動きは速いが、見えない事は無い。それならば。
「これでどうだカブトムシィィィィィ!!!!」
バッティングセンターを思い出していた。ガキの頃、良く通ったなぁ。好きな選手のフォームを真似て、級友と遊んだ思い出が蘇る。
そう、俺が大好きなランディ・バースのフォームは! こう! しなやかに!!
剣を振り抜くと同時、『ズバァッ!!』と快音を鳴らし、真っ二つに両断されたウォー・ビートルは、前へこそ飛ばなかったが、あの世へ直行の場外ホームラン級の当たりだっただろう。
「さぁ、どんどん来い!」
俺はドヤ顔でそう言った。しかし、それは大きな間違いだった。いや、俺がそう言ったから、こうなったワケでは無いと思うのだけれど、しかし明らかにコレはまずい。なぜなら、目の前の二匹が同時に突進してきていたからだ。
「分かった、負けや負けや負けや……」
思わず命乞いをしてみるが、思った通りだ。やはり効果は無いぜ。
「チキショーめぇ!!」
もう、こうなったらヤケだ。ヤケクソだ。殺らなきゃ殺られるんだ。カブトムシ如きが人間様に勝てる道理など無い事を、俺がしっかり教えてやるぜ。
「落ちろ! カトンボ!!」
仲良く並んで飛来するウォー・ビートルを、横から一閃。斬鉄剣よろしく二匹同時に両断する。そこで、またつまらぬものを斬ってしまった気分になる予定だったのだが。
俺から見て右から飛来するウォー・ビートルに斬撃が直撃した所までは良かったのだが、それによって軌道が逸れてしまった。左から飛来するウォー・ビートルに剣が当たる事無く、剣を振りぬいてしまった。
俺の本能が危険を知らせている。そんな事は見れば分かるんだよ!
そして、『メリッ』と鈍い音が俺の耳に届いた。俺の左肩に、ウォー・ビートルの角が直撃した音だ。地味な音を裏切るような、鋭い痛みを感じた直後、背中に衝撃が走った。
後方に回り込んだウォー・ビートルが、背後から突進してきていたようだ。二箇所同時に直撃を受けた俺は……
「あ、あれ……」
い、痛い。凄く痛い。物凄く痛いんだけど、死ぬ程痛いワケじゃなくね?
俺は、左肩に角を突き立てたままのウォー・ビートルを掴み、壁へ投げつけた。間髪入れずに剣で追撃する。そして、背中から離れようと飛び立った背後のウォー・ビートルを、返す刀で両断。いずれも絶命した。残る一匹を見据え、今度はこちらから突進する。
「コノヤロウ。ビビらせやがって!」
全速力で助走をつけて、全体重を乗せた斬撃を、ウォー・ビートルの顔面へ叩き付ける。
「今のは痛かったぞォォォォォォ!!!!」
戦闘力53万を誇るかのような雄叫びと同時に、身体を真っ二つに割かれた最後のウォー・ビートルが絶命した。
脳内アナウンスによると、20ポイントの経験値を取得し、レベルが3に上がったそうだ。一応、ステータスを確認しようと、タブレットを起動する。
どうやら、また新しいアビリティが解放されたらしい。アビリティメニューを開くと『回避アビリティ・防御アビリティ・クリティカルアビリティ』が解放されたとの事。死に至る程では無いとは言え、痛いのは御免だ。今回解放された、回避アビリティや防御アビリティは、習得する価値がありそうだ。
俺はタブレット端末を片手に、座り込んだ。
付近に魔物の気配は無い。