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マイルームダンジョン①

 確認しよう。懐中電灯、予備の電池、護身用に木刀とナイフ、非常食にはパンとお菓子を、水分も2リットル用意した。簡易火炎放射器の使用の為にヘアスプレーとライターも持ったし、唯一の防具であるヘルメットもある。


 完全に準備万端である。どこかの村人が言っていたが、防具は装備しないと意味が無い。俺は既にヘルメットを被っているし、京都で買った伝説の木刀も握り締めている。ナイフも即座に取り出せる場所に仕込んでおいた。

 詠唱時間がかかりそうなのは、火炎放射あたりだが、こればかりは鞄の中に入れてあるので仕方が無い。


 間もなく大学生になろうという男子が、自室でヘルメットを被り、右手には木刀を、左手に懐中電灯を持ち、クローゼットの前に立っている。完全に奇行である。変人である。実は変態でもある。

 しかし、今の俺にはそんな事など小さな事だ。今は目の前に広がる不思議空間への興味で頭がいっぱいだ。埋蔵金的な何かが出て来るんじゃないかと言う、下心で胸もいっぱいだ。


 もしかしたら、この洞窟こそが、全ての海を制覇した海賊王みたいな存在が、ひとつなぎの財宝を隠した場所かもしれないじゃないか。探検しない理由が一切無い。


「せっかくだから俺は、この錆びた扉を選ぶぜ!」


 声高らかに宣誓を終えた俺は、謎の洞窟へと踏み出す。


 輝かしい大学生活の第一歩となるマイルームに存在した謎の洞窟へ。青春の一部を代償にして手に入れたマイルームに存在したトンデモ空間へ。女子大生の花園を期待した結果、裏切られた扉の向こうに広がる物理法則をも無視した不思議空間へ。


 俺はスキップの如き軽やかなステップで飛び込んだ。

 直後、多数の未確認生命体が襲来し、俺はズタズタに引き裂かれてしまった。


 と言うようなイベントも無く、俺は洞窟の奥へと懐中電灯を向ける。

 光が届く範囲を目視確認したが、特に異常は無い。ここに洞窟がある事自体が異常そのものだという意見もあるのだが、細かい事はいいんだ。俺は器の大きい男なんでね。


 突入前は、コウモリや足が無駄に多い虫など、俺が畏怖するあらゆる生物の存在だけが懸念されたものだが、現段階では確認出来ない。しかし、油断も出来ない。

 俺は懐中電灯を握り締め、洞窟の奥へと歩を進める。


 まだ数える程しか歩を進めていない。距離にすれば5メートル程度しか進んでいないだろう。何の前触れも無く、『ギィー』と耳障りな音を聞いた。最近、聞いた覚えのある音だった。嫌な予感がする。

 俺は身体ごと後ろへ向き直り、入口の方向を見る。そして、俺の嫌な予感が的中した事を確認した。直後に『バタンッ』と、音を立てたソレは、この場所とマイルームを繋ぐ扉だった。


「待て待て待てェェェェェ!!」


 分かっていた。こういう状況のお約束的な出来事だから。このイベントが何を意味するか、どういう事態を招くのか、俺には何となく分かっていた。

 扉へ駆け寄った俺は、扉を開けようと試みるが、やはり扉が開く気配は無い。さすがトンデモ空間だ。鍵が搭載されていないハズの扉に鍵がかかっているぜ。


 そう、俺は自室のクローゼットの中の錆びた扉の中の洞窟に閉じ込められると言う、珍妙極まる状況に置かれてしまったのだ。バカヤロウ。監禁は犯罪だろうが……!!


 この空間を作り出した誰かの犯罪性を感じつつ、扉を開けようと試行錯誤をしていると、背後から突然『チリンッ』と、鈴の音に近い何かを聞いた。


「ひゃぁっ」


 最悪な状況下における、いきなりの異音に驚いた俺は、思わず情けない声を漏らしてしまった。

 咄嗟に背後を振り返ると、そこには人影があった。


「だ、だだ、だ誰だっ!」


 正直、ちびりそうな程にびびっている。山下清もビックリする程にどもっているが、そこは許してやって欲しい。とにかく俺は、目の前の人影に向かって精一杯の声を絞り出した。


 人影は俺の声に応える事無く、ゆっくりと近付いて来る。俺は握り締めたままの懐中電灯に気付き、人影に向ける。明かりに照らされた人影は、その正体を露わにした。


 幼女だ。幼女がこちらへ向かっている。ツインテールの幼女が俺に向かって歩を進めている。何故かスク水を着ているツインテール幼女が、一歩ずつ俺との距離を縮めている。

 未来から来た猫型ロボットが装備していそうな、鈴の付いたチョーカーが見える。俺が聞いた音の正体はコレか。そして、手にはタブレット端末が見える。さすがトンデモ空間だ。全くわけが分からん。

 俺には幼女萌え属性は無いのだが、ツインテールにスク水な幼女を実際に目撃してしまうと、なかなかどうして。心を揺さぶられるモノがあるじゃないか。


 いや、今はそんな事を考えている場合じゃないだろう。

 俺の目の前までやってきた幼女は、無言のままタブレットを起動する。


「お、おい。お嬢ちゃんは何でスク水なんだ?」


 違う。そうじゃないだろ。しっかりしろ俺。


「いや違う、お嬢ちゃんは何者だい?」


 俺の問いかけに反応する事無く、幼女は黙ってタブレット端末を操作している。


「ここがどういう場所か知ってるかな? 知ってたら教えて欲しいんだけど……」


 俺が質問責めを始めようとした時だった、幼女はおもむろにタブレット端末をこちらへ向けた。


「伊達ムネマサ。お兄ちゃんの名前で間違い無いよね?」


 驚いた。幼女の声が、見た目通りのロリ声だったからでは無い。いきなり自分の名前を言い当てられた上に、タブレットの画面には俺の名前や生年月日など、個人情報がまるっと記載されていたのだ。どこの誰が俺の個人情報を売ったと言うのか。どの層に需要があるのか全く分からんぞ。


「画面の右下見て。お兄ちゃんの寿命、102歳だって。ご長寿だね」

「じゅ、寿命っすか。それが本当なら、ご長寿だね」

「本当だよ。お兄ちゃんの事なら何でも分かるもん」


 いきなりヤンデレの妹のような発言が飛び出してきたが、そこはスルーしよう。画面に表示されている寿命の信憑性は不明だが、それ以外の項目は全て事実だ。それに、ここは最初からトンデモ空間であり、何が出て来ても不思議では無い。

 いや、ツインテールのスク水幼女がチョイスされたのは永遠の不思議と言えるかもしれんが。


「仮に、その寿命が正しいものだったとして、この状況と何の関係があるんだ?」

「正しいよ。それに、ここでは寿命が一番大事」

「どういう事だい?」

「寿命と引き換えに、アビリティを買うルールだから」


 ちぇ、チェンジでお願いします! ちょっと、この幼女が何を言ってるか分かりません!


 アビリティってお前、寿命を消費する代わりに『しろまほう』とか『くろまほう』とかを習得するとでも言いたいのかよ。ここがトンデモ空間であったとしても、いきなり信じろと言う方が無理がある。そもそも、今日の出来事自体が夢である可能性も微粒子レベルで存在しているんだぞ!


「お兄ちゃん、外の世界へ帰りたくないの?」


 幼女が痛い所を突いて来る。そりゃ帰りたいさ。輝かしい大学生活の為に、俺がどれほどの努力をしてきたかを思えば、こんなトンデモ空間に縛られているワケにはいかない。何としても外の世界へ帰らなければならない。


「そりゃあ帰りたいけど……どうすればいいか分からないかな」

「簡単だよお兄ちゃん。このダンジョンをクリアすれば帰れるよ」


 それが本当に簡単ならいいんだけどな。古今東西、様々なゲームやアニメを見て来た俺だ。この状況は、幼女が言うような簡単に打開できる状況なワケが無いだろう。


「お兄ちゃん。悩んでいても仕方が無いよ。それとも、この入口で餓死するのを待つの?」

「恐ろしい事をサラッと言わないで」

「まずは、ボーナスポイントの配分だけでもしてみるといいよ、お兄ちゃん」


 幼女がタブレットを操作し、またこちらへ画面を向ける。

 画面に表示されていたのは、ネトゲなんかで良く見るような初期ステータスやアビリティをボーナスポイントを配分して、取得出来るようなアレだった。


 ステータスの項目は、筋力・魔力・体力・知力・敏捷の5つ。ちなみに、初期値はオール5だ。

 アビリティは、剣術・拳術・槍術・斧術・弓術・治癒魔法LV1・攻撃魔法LV1・補助魔法LV1あたりが戦闘系と言った所か。

 他にも、鍛冶・加工・製錬・薬学・採鉱・採取・伐採あたりが生産系なのだろう。

 そして、鑑定・開錠・罠感知・魔物感知あたりが補助系。

 最も気になるアビリティが、主人公補正。


 ボーナスポイントが20に対し、ステータス系は消費ポイント1。アビリティ系は消費ポイント4。主人公補正だけは、例外的に消費ポイント20。そりゃあ、主人公補正なんてモンは、あらゆるモノでチート扱いのステータスだろうけども。さすがにコレは酷すぎるんじゃないか。

 なんとも複雑な気分になっていると、幼女が悪魔のような言葉を囁く。


「寿命1年と引き換えに、ボーナスポイントを2ポイントを得る事が出来るよ」

「ファッ!? 寿命1年でたった2ポイントかよ!?」

「うん、でもさ。102歳までまともな状態で生きていられると思うの?」


 確かに幼女の言う通りだろう。胸の痛くなる話だが、俺の祖母も痴呆が進み、老人ホームで廃人のような生活を送っている。それでもまだ、88歳だ。102歳を迎える頃の俺は、もしかしたら自分で歩く事すら出来ない状態になっている可能性すらあるじゃないか。それならば……


「寿命10年くらいなら、いいかもな……」

 

 うっかり口に出てしまった。深く考えたわけでも無いのだが、この軽口を激しく後悔する事になる。


「分かったよお兄ちゃん。寿命10年と20ポイント交換だね」


 幼女が事務的な口調で言う。


「アカン。待て待て待て。そういうつもりじゃ……」

「もう遅いよお兄ちゃん。画面を見てごらん。」


 幼女に促され、画面を確認した俺に、容赦なく現実が叩き付けられる。

 寿命がキッチリ10年減り、92歳と表示される代わりに、ボーナスポイントが40に増えていた。


「バカヤロウ。お前、最終確認的なモノがあってもいいだろう」

「怒らないでお兄ちゃん。消費した寿命は何があっても返ってこないから、少しでも有意義にポイントを使った方がいいよ」


 このスク水め。他人事だと思って軽口を叩いてくれやがる。しかし、この幼女が言う事を全て事実だとすれば、俺が輝かしい大学生活に戻る為には、このダンジョンとやらをクリアしなければならないと言う事になる。寿命10年の代償に、財宝を持ち帰る事が出来れば、俺の大学生活が放つ輝きは太陽すら凌駕する事であろう。


 ならば、ここは前向きに考えてみるしかない。もしかしたら茶番かもしれないが、このボーナスポイント配分について、真剣に悩んでみるとしよう。

 俺は再び画面を凝視すると、ダンジョン攻略において最善と思われるステータス配分について考え始めた。

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