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ドアが開かない? いつの間にか、…鍵が掛かっている?
ええっ? どうして? さっきまで空いてたのに、誰かが閉めた? 閉じ込められた?
…どうしよう? 焦るな、私、
携帯を取り出して、…圏外? ちょっと待て、今の今まで地下に居たから、通信が切れてる。…一回電源を落として、入れ直せば。
それで美弥子にでも連絡して、用務員さんに頼んで、カギを開けてもらえば良い、それだけの事、
携帯が、再起動して、…相変わらず圏外!
ここも、携帯つながらないの?
藤森:「この、ガラパゴス!…しっかりしなさいよ!」
どっと、脂汗が、…いや、じわっと、冷や汗が、…
何時かは、誰か来るでしょう。
でも、何時? 明日? 明後日? 一週間誰も来なかったら、私どうなっちゃうの?
大体、何処でおしっこすれば良いのよ!
待て待て、普通何処かに、連絡用の電話か、最悪非常ベルが有る筈よね、それで、何とか人を呼ぶ事は出来る。 騒ぎが大きくなって、大目玉喰らいそうだけど、兎に角被害者面を決め込もう。
うん、女子高生が学校で小とか大とか漏らすなんて、…有りえない。
私は、再び長い階段を降りて、暗い廊下に辿り着く。
生唾を飲み込んで、目を凝らし、廊下の蛍光灯のスイッチを、…入れる。
蛍光灯が灯って、…廊下の反対側の端に、…
人影?が、見えた。
誰? 何? 嘘? さっきは居なかったよね! って言うか、さっきは電気つけなかったから、気づかなかっただけかも、って、…あの人、何でこんな暗闇で、じっと、…何してんの?
もしかして、…
次第に、心臓の鼓動が高鳴ってくる。
勇気を振り絞って、正体を確認する。
長い髪を、ざんばらに垂らして、顔も、表情も見えない。
その奥から、何を見ているのかも、判らない。
白い、白衣の様な上着を着て、猫背気味に、じっと立ち尽くしたまま、動かない。
もしかして人形?
人間じゃなくて、マネキンか何かじゃない? …多分、そんな感じ。
藤森:「あの、…すみません、」
一応、挨拶してみる。
藤森:「…もしもし、」
魑魅魍魎の類は、言葉をうまく操れない。「もしもし」とは、電話が普及し始めた頃に、受話器の向こう側が人間か、アヤカシかを確かめる為の、合言葉だった。
返事がない、やっぱり、マネキンだよね。…とんだ、笑い話だよ。
どうする?
でも、もしお化けだったら、どうすればいい?
そうは言っても、階段のドアは鍵が閉まったままだし、逃げ場は、…無い。
「あんなもの」は、気にしない!
見えない振り、もう、話しかけちゃ駄目だ。
「あんなの」は、無視して、早く、地上と連絡できるモノを、探さないと。
私は、恐る恐る、辺りを見回してみる。
廊下には、電話の類は、見当たらない。
仕方がないよね、…非常ベルを、鳴らすか。
マネキンだか、幻覚だか、お化けだか判らないけど、何時迄も「あんなもの」と同じ空気を吸っているのは、…気味の良いものではない。
私は、消火栓を、非常ベルを探す。
それは、廊下の真ん中で、いつも通り、赤い光を放っていた。
つまり、そこまでは、「アレ」に近づかないといけない、…つまりそういう事だ。
私は、大きく一度、深呼吸をして、…覚悟を決める。
何、「あんなの」ただのマネキンに決まっている。 後で笑い話の種になる、そういう奴に決まってる。
私は、恐る恐る、一歩一歩、非常ベルの方へと、歩いて行く、
と、…突然!
その、長い髪の女の「何か」が! …私に向かってすごい勢いで!!
走ってきた!!!!
…えええっ! えええええーっ? うそ! 嘘嘘!
(注、驚きと恐怖で、実際には声が出ていません!!)
足がすくんで、…動かない、腰が抜けて、…動けない、
ざんばら髪の「それ」は、私を、…私に、…私の、…ほんの10センチ迄近づいて、
廊下にへたり込んだ私の頭上から、覆いかぶさる様にして、
それ:「お前、ポマードを知らないかい?」
えっ?
何で、ポマード? この人、口裂け女の従姉妹か何か??
それ:「私のポマードを知らないかい? お腹が空かないかい? あたしゃもう4年以上何も食べてないんだよ。 お前、ポマードを知らないかい?」
知らないって答えたら、どうなるんだろう? あるいは知ってるって答えたら、どうなるんだろう?
長い前髪に隠れた黒目だけの瞳が、確実に私を、…ロックオンしている!
それ:「ポマードだよ、ポマード、知っているんだろう、さてはアンタが隠したんだね酷い子だね、そんな事をして何が楽しいんだい? さああああ、早くお出し! ポマードを出すんだよ!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!ポマード!」
うるさい! こいつ、うるさい!




