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此の世界は、完全には、私が元居た世界と同じ、…では無かった。
技術工作特別教室はずっと前から鍵が掛かっていたし、千恵子なんて幽霊は居なかったし、私は地下の図書室にも行かなかった。 天井からネズミの死骸が降ってきたなんて事件も無い。 不思議なポスターも存在しないし、変態関目とか言う非常勤保険医も居ない、あの恥ずかしい誘拐事件も起こらなかった。
私は、親友美弥子と同じクラスになれたし、ホームルームの推薦投票で討論大会係に選ばれたし、図書委員代行で貴重な夏休みをまるまる潰したし、と言う処は、私の覚えている?記憶と一致する。
そして、三条茜は、私の事に、それほど興味を持っていない様だった。
まあ、ドッチが本当で、ドッチが創作なのかは、後の判断に委ねるとして、…美弥子は相変わらずビビりだが、兎に角何事もなく明日はやってくるみたいだし、…これで良かった、
そうに、決まってる。
私は陽の落ちかけた学校の下駄箱で、使い古したパンプスに履き替えて、…トントンと踵を直す。
オレンジ色の長い影が、私の足下迄、…伸びて来る。
校庭を駈けるバレー部の「ラスト一周」のかけ声が、…何故だか、私だけをこの世界から除け者にしてるミタイで、少し、胸がきゅっとする。
お客様駐車場の高級外車を取り囲んだ取り巻き達の中心で、三条茜が、上品に愛想良く振る舞っていた。
藤森:「まあ、私達とは、違う世界のヒトだよ、…ね。」
それから1時間後、私は、美弥子からのメールで呼び出されたファミレスで、ドリンクバーのメロンソーダをストローで弄びながら、窓の外を歩いて行く沢山の人達の姿を、ぼーっと眺めていた。
残り少ない夏休みを謳歌する若者達、何時でも忙しそうに仏頂面するおじさん達。
魔法も、お化けも、神様も居ないこの世界で、皆、当たり前の様に、…生活している。
此の中で、元から此の世界に住んでたヒトって、…どれ位居るのだろう?
萱島:「それで?」
藤森:「…それでって?」
萱島:「終わりなん、その、お人形さんミタイナ女の子が出てきて、気が付いたらいつもの図書室に座ってて、…それで終わり?」
藤森:「そうみたいね。」
藤森:「多分、これでエピローグ。」
私は、何故だろう、何時の間にか、転寝で見た不思議な物語の事を、親友に洗いざらい打ち明けていた。
萱島:「ふーん、まあ、前に比べたら、一寸は面白い話やったな。 なんや途中は、よう判らん難しすぎる設定で、なんや最後は尻切れトンボやったけど、…少しは上達したんちゃうん?」
つまり、…全ては私の「中二病な作り話」だったと、…?
全ては、私が討論大会係の暇に飽かせて書いた、「空想物語」だった。 と言う、そういう訳だ。
きっと、そういう事で良いのだろう、…もう、敢えて自分から「怖いもの」に首を突っ込む必要は無いのかも知れない。
それなのに何故だろう、…何だか、私は、納得いかない。
藤森:「ねえ、館野涼子って、知ってる?」
萱島:「あの学年トップの子やろ。」
それは「全部なかった事にしてくれた」のだから、本当は触れるべきでは無い、そういうモノなのかも知れない。…でも、
改めて、掌をじっと見てみるが、…眺めれど眺めれど、何かいい知恵が出てくる訳でもないし、「ハムサ」の痣の痕跡すら見当たらない。
それなのに何故だろう、…何だか、私は、未だ、納得がいかない。
私は、どうして、何時の間に「普通の人間の女の子」になってしまったのだろう?
そんな事は、願わなかった筈なのに!
藤森:「ねえ、今から学校に行ってみない?」
萱島:「何でなん? もう暗いやん、夜の学校なんて気味悪いだけやん。 意味わからへん!」
藤森:「お願い、美弥子、チューしてあげるから!」
萱島:「アホちゃうん? そんなんい要らんわ、…キショイなあ!」
藤森:「追加で好きなデザート奢るから!」
萱島:「それより早よノート写してまい。 晩御飯に遅れたら、お母さんに怒られてまうやろ、」
藤森:「へいへい、」
私は、美弥子から見せてもらった「夏休みの宿題」を、急いで自分のプリントに書き写す。
大事な事は、やらないと行けない事は、まだまだ一杯、残っているのだ。
現実は、時間と共に追いかけて来る。
健全な女子高生には、曖昧な妄想に振り回されている余裕など無いのだ。
でも、…
私のポケットの中には、今も、あの、青い目玉のペンダントが、仕舞ったままだ。




