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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
6章 因縁の決戦
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禁愛

 福音軍が本拠地としている、東京にある自衛隊の施設。彼らは日本人の外国への避難は難航していた。避難先に行った人々の暮らしを保障するために、日夜頭を悩ませ、時には無理なお願いもしていた。一方で、ファントムに捕まったきりである白井翔真の救出も実現できていない。翔真の体内に仕組んであるGPSによる情報をもとに十分な武装を揃えて向かっても、その場所には何もないのだ。先述の国民の避難が優先事項とされている事もあり、翔真の救出は後回しになっている。


「とは言ったって、助けないワケにはいかねーけどな」

「でも、あれから1年よ。ショウマ君は無事かしら?」


 本来ならアメリカ本部の人間だが、戦力が求められている為に日本支部に送られているイズミ・ドレイパーは格納庫で、同僚のレイラ・プロバートと話をしていた。


「死んでるってことを確認してねーんだから、捜すのはやめねーよ」

「そうね。私達は絶対に仲間を見捨てない。その為の力が『ループシステム』。そして『ループシステム』を取り入れた試験機が、この『エウ・ゼピュロス』。昨日完成したばかりの機体よ。そしてこれから、性能テストを始めるわ」


『エウ・ゼピュロス』は元々イズミが愛用していた『ゼピュロス』をベースに開発した福音軍の新型機である。元も鈍い赤色はそのままで、デザインは忍者をモチーフにしたという点も変わらない。『ゼピュロス』の特徴は背中に仕込んだ二本の隠し腕であるが、この新型機には更に腕が二本追加されている。この腕は従来の隠し腕同様武器を装備できる他に、翼に変形させる事が可能で、強化されたスラスターと組み合わせて飛行する事が可能となる。更に特徴としてはコクピットが福音軍初の二人乗りを採用しており、メインパイロットが脚とメイン腕、サブパイロットが四本の隠し腕を操作する事が考えられている。


「でもよレイラ、本当に良いのか?」

「勿論よ。これは、私達にしか出来ないのだから」


 訝しむイズミにレイラは答える。エウ・ゼピュロスのテストパイロットは彼女達二人が担当する事となる。本来パイロットでは無いレイラが乗る事になったのにはもちろん理由がある。生物は皆、他の生物から負の感情を受けた時は『IV』、正の感情を受けた時は『AIV』を体から出すようになっている。『IV』と『AIV』は互いに打ち消し合う性質を持っており、結果として体からはどちらかしか出す事が出来ない。


 そこでレイラが考案したのが『ループシステム』である。二人の人間が専用のヘルメットを被り、それをシステムに繋ぐことで、その人物Aと人物Bの間の感情だけを抽出するという仕組みである。つまり、人物Aが人物Bに好意を抱き、逆もまた然りであれば、AはBによって受ける好意がもたらす『AIV』、BはAによって受ける好意がもたらす『AIV』のみが抽出され、他の生物による影響を受けないという事になる。


「要するに、私達のラ、ラブラブパワーでにっくきファントムをブッ飛ばすのよ!」

「えっ、なんだって?」


 テンションが上がりつつも「ラブラブパワー」の所だけは小声になったレイラにイズミは聞く。


「な、何でもないわ! では早速、動かしてみましょ」

「おう」


 レイラの異変を気にすることなくイズミは頷いた。二人はパイロットスーツに着替え、コクピットに乗り込む。前に座ったイズミが正面のレバーを操り、後ろのレイラが横のレバーを操作するという構造である。コクピットは従来の人型兵器のものに比べれば広く、二人が搭乗してもスペースに余裕はあった。


「そんじゃ、起動するぜレイラ」

「頼むわ、イズミ」


 イズミはエウ・ゼピュロスの起動キーを差し込み、起動させる。


「無事完了だぜ」

「それじゃ、外まで歩かせて。飛行テストもしたいから」

「オッケー」


 イズミは慣れた手つきでレバーをガチャガチャと動かし、歩かせる。福音軍のエースパイロットである彼女にとってはお茶の子さいさいである。巨大人型兵器特有の揺れにも馴れている。一方――――


「うっ……、ううっ…………」

「レイラ、休むか?」


 パイロットとしての経験がほとんど無いレイラは、エウ・ゼピュロスが一歩進む度に呻き声を上げる。


「大、丈夫よ……」

「大丈夫じゃねーよ。だから言っただろ、シミュレーションで完全に覚えてるつもりでも実際のGはすごいって」


 気分の悪そうなレイラに、イズミが呆れる様な声を投げ掛ける。レイラはふら付きながらも答える。


「大丈夫、だから……」

「おいおい、だから全然大丈夫じゃねーだろって」

「それでも私は……イズミが戦ってるのを安全な部屋で見てるだけなのは嫌だから……」

「レイラ……」


 今の体勢の関係上、イズミはレイラの表情を見る事が出来ない。だがそれでも、彼女が苦しんでいることはわかる。悪に苦しめられている人達を救いたいという思いと、自分が役に立たない事への苛立ち。それによってレイラはがむしゃらになっているのだ。それを理解しているイズミは言う。


「お前の事は、アタシが一番わかってるぜ、レイラ。でも、今のお前は休むべきだ」

「イズミ……私は!」

「一回アタマ冷やせ。そーすりゃあ、何か見えてくるモンもあんだろ。……そしたら、また一緒にコイツに乗ろうぜ!」


 顔を見なくても、今のイズミがいつもの様にニコリと笑った事がレイラには分かる。今まで何度も自分に元気や勇気を与えてくれた、太陽の様な笑み。同時に彼女は、イズミが数々の戦闘で生き残ってきた歴戦のパイロットであることを改めて思い知る。


(そうね……やっぱりあなたは私には想像も出来ない様な厳しい試練を潜り抜けてきたのね。イズミ……やっぱりあなたは格好いい……!)


 幼い頃からずっと一緒にいたイズミ。同い年の彼女に対して自分が姉ぶってたこともあったが、実際には自分の方が未熟な子供なのかもしれないと思った。だがそれでも良いとレイラは思う。これからずっとイズミと共に生きていき、彼女の支えに少しでもなれればと思っている。だがそれには障害がある。


(私達は二人とも女。この恋心おもいは絶対に叶わない。それでも……私はイズミの事を愛してる。あなたのことが何よりも愛おしい。ああ、イズミ、イズミ、イズミ、イズミ……………………)


 レイラの脳内はイズミの姿でいっぱいになる。一方イズミは自分の言葉に答えが返って来ないことを訝しむ。


「レイラ……?」

「あ、あああ、な、何でもないわ。何でもないわよ!」

「何がだよ」

「本当に何でもないんだから!」


 明らかに様子のおかしいレイラを更に訝しむイズミ。しかし何でもないと言われてしまえば何も言えない。


「……? まあ良いけどよ、何か悩んでることがあんなら遠慮なく言ってくれよ。アタシ達は幼馴染なんだからさ」

「う、うん。その時は頼むわよ。でも今は本当に大丈夫。心配しないで」

「おう」


 イズミもこれ以上追及するのは止めた。すると機体内にビービーというアラート音が鳴り響く。


「ん? 何だコレは、レイラ」


 レイラは前部のコンピュータで機体の状況を調べる。すると、機体に供給されているAIVが飽和している事が分かった。想定以上のAIVが発生してしまった為、このまま起動状態を続けていると不具合が起こる可能性がある。


「イズミ、すぐに機体を停止させるわよ!」

「おう」


 イズミは指示通り機体の電源を切る。一応スイッチはメインパイロットとサブパイロットのどちらでも操作できるようになっているが、サブの方は予備として付いているものだ。可能な限りメインパイロットが操作することを推奨してある。ともあれ、イズミにより機体は停止した。


「ふう、何とかなったぜ。でも、何であんなことになったんだ?」

「さ、さあ……」


 心当たりが有りながらも、レイラはしらばくれるのだった。

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