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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
6章 因縁の決戦
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電話

 一年前、ウィルシオン五号機・クロセル及び玄武を操った黒月浩輝の手により日本の各主要都市は壊滅的な被害を受けた。これまでもファントムや禁忌獣による被害が集中していた事から、国際連合は日本人の一時的な諸外国への避難を決定した。主に中国や韓国、インドなどのアジアの国々や、アメリカやロシア、ヨーロッパ各国が主な避難先となったが、突然の決定という事も有り状況は芳しくなかった。先日の森崎修治らが乗った飛行機がファントムのものと思われている機体に襲撃されていた事件におびえる者や、祖国を捨てたくない者は日本を出る事を嫌がったが、福音軍は半ば強制的に連行し、護送用の飛行機や船に乗せ、世界各地へと渡った。出来る限り家族は同じ場所に送るように福音軍も配慮したが、単身赴任等をしている者について一人一人考慮するのは困難だった。福音軍が最優先すべきは人命である。多少の我慢はしてもらうしかない。


 また、最も苦労しているのは入院中の患者である。病気に苦しむ者や妊婦などは比較的近い韓国への避難をさせるが、長時間の空の旅、そして船旅は苦痛を伴う。彼らの護送は設備を整える為後回しとなっており、家族には出来る限り連絡をとって一緒についていてもらっている。この国には禁忌獣やファントムの存在にストレスを感じて、時折発作を起こす者も多い。いわゆる心的外傷後ストレス障害――PTSDである。


「ねぇ、本当に来ないのかねぇ……、ファントムは」

「大丈夫よ、お母さん」


 病院のベッドで不安そうに呟く女性も、PTSD患者の一人である。そして彼女の言葉を笑顔で否定するのは倉島飛鳥。黒月浩輝が通う高校の教師であり、彼の担任でもある。現在はこうして、日夜世界を騒がせるファントムに怯える母を支えている。彼女達がいる常空市は特に禁忌獣に襲われる回数が多い事も有り、優先的に住民の避難が行われているが、入院患者や病院関係者を含めた多くの者の避難は済んでいない。


「ねぇ……飛鳥。大和は大丈夫かねぇ」

「ッ……!」


 飛鳥は、ある日父親と喧嘩をして以来家を出て行った兄の事を思い出す。あれから八年、飛鳥は大和に会っていない。四年前に父親は交通事故で死亡し、以来飛鳥は母と二人で暮らしてきた。飛鳥は久しぶりに聞いた兄の言葉に、表情が歪みそうになるのを抑え笑顔を保つ。


「お兄ちゃんはきっと無事よ。だって、あんなに強いんだから」

「だと良いんだけどねぇ……」


 冴えない母の表情。それを見た飛鳥は悲しくなる。彼女はふと立ち上がる。


「お母さん、私ちょっとトイレに行ってくる……。すぐ戻るから!」

「はいよ」


 母の短い返事を聞きながら、飛鳥は病室のドアに向かう。彼女が部屋を出る直前、母は声をかける。


「そう急いで戻って来なくても大丈夫だからね」


 その言葉を背中に受け、廊下に出た飛鳥は周りに人がいないのを確認する。いつしか彼女の眼からは涙が溢れ出していた。そして嗚咽する。


「ううっ……」


 壁にもたれながら、彼女はただ泣く。そこでふと、母は自分がこうして泣きたくなったことに気付いた上で、すぐに戻って来なくていいと言ってくれたのだと気付く。そして、今すぐにでも会いたい人物の顔を思い出す。


「お兄ちゃん……早く帰ってきてよぉ……」


 飛鳥はただ、不安に押しつぶされそうだった。



 ☆



「感謝するぜ」


 一方、倉島大和は彼の母親が入院する病院の外で携帯電話を耳に当てていた。電話の相手は笑う。


『うふふっ、別に構わないわ。でも、本当に会いに行かなくて良いの?』


 電話の相手は高橋翠。世界の敵、ファントムの幹部のような存在である彼女が、正義の味方福音軍に所属する大和に感謝の言葉を言われている。大和は高橋に自分の家族――倉島飛鳥と両親の現在の行方について聞いていた。これまでは自分には家族に関わる資格が無いと考えていた彼だが、この状況では心配せざるを得なかった。喧嘩別れをしてきり父親が亡くなっていた事、母親がPTSDを患って入院していた事、妹が近くの高校で教師をしており、黒月浩輝と関わっていた事、その全てが衝撃的だったが、今は感情を押し殺す。


「俺には、そんなことをする資格なんてねぇよ」

『そう? お母様も妹さんも、今はあなたに会いたいんじゃないかしら? 今のあなたと同じようにね』

「うるせぇよ。大きなお世話だ」


 大和はただ静かに言う。


『まあ、好きにしたら良いわ。ところで、あなたには他にも色々聞きたいんじゃないかしら』

「お前の言う事は信じられないからな。今はこうしてお袋が入院してんのを確認したが、他の事までいちいち確認なんかしてられねぇ」

『心外ね。私はウソなんか付かないわ』

「そんなら、人に信用される生き方をしてみろ」


 電話相手の楽しげな様子に苛立ちながら、大和は冷たく言い捨てる。


『そうね、頑張ってみるわ』

「今更無理だろうがな。そんじゃ、またな」

『ばいばーい。あなたとはもう一回くらい寝てみたいわね。最近全然してなくて……』


 その言葉に答えることなく、大和は電話を切る。そして彼は病院を見上げる。そして、しばらく見つめた後、何も言わずに背を向けた。そして駐車場に止めていた車の運転席に乗り込む。車を発進させる。


「親父、お袋、飛鳥……会いてぇなぁ…………」


 寂しげに呟きながら、大和は福音軍基地へと向かう。忙しい中、上官には我儘を許してもらった。彼は己のすべきことをする為に急ぐ。その最中、彼は無意識に何度も後ろを振り返っていた。

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