監禁
ゴエティア。クロセル及び全ての玄武に搭乗していた黒月浩輝達は横に一列に並んでいる。彼海や奏太。そして高橋や霧山、その他ファントム構成員達はこれを見ていた。彼らはオリジナルである浩輝アルファから改めて説明を受けた。驚く者、興味深そうな者、他にも隠している事が有るのではないかと疑う者など、様々な者がいた。現に、アルファも全ては話していない。
「はー、一年前からこんなことを隠してたんだな。感心するぜ。それは良いんだが……」
ファントムの技術者の一人、橋本誠治は不審そうに口を開く。彼は一度言葉を区切ってから、改めて問う。
「お前らが乗ってた玄武つっー機体。アレにはIVで球体を作って弾として使う機能がついてるみたいだがよ、粒子状の物質であるIVを武器として使う技術は霧山先生が五年悩んで考え出したモンだ。どう言うことだ?」
「それは……」
橋本の追求に浩輝は答えようとする。しかしそれを霧山が阻んだ。
「それは僕が提供したものだよ。黒月君に頼まれてデータを渡したんだ。とは言えアレは普通の技術者には理解できないものだからね。それを実現出来たんだから、その技術者は天才なようだ。黒月君、その技術者は誰だったかな?」
あっけらかんとした霧山の言葉に橋本以下ファントム構成員は絶句する。浩輝アルファはそんな彼の質問に答える。
「福音軍にも属する黄秀麗だそうです。僕の高校にいる彼の妹――黄秀優からイプシロンが聞いたそうですが」
その言葉と同時に、浩輝イプシロンが一歩前に進んで一礼した後口を開く。
「はい。僕が聞いた限りでは設計者は秀麗だそうです。秀優も少しは関わっているそうですが」
「なるほどねぇ。うん、黄秀麗君は僕のライバルとして認めよう。坂口才磨君と同様にね。ところで黒月君――というかアルファ君か。君はさっき秀麗君の事を『彼』と呼んでいたけれど……」
「はい、アルファは間違っていません。秀優の話では秀麗は男だそうです。そしてオカマだそうです」
答えたのはアルファではなくイプシロンだった。
「へぇ、僕以外の天才というのは変わったところがあるんだねぇ。坂口君しかり」
感心したように呟く霧山。彼も彼で、味方とは言えない組織に平気で技術提供をしているのだから普通ではないと浩輝は考える。彼は技術提供を頼んだときに「僕の技術を使って僕のロボットよりすごいモノが出来るのなら歓迎するよ」と言っていたことを思い出した。
「まあいいや。ところで君たちはこれからどうするのかな? レーベという組織に所属してるんだよね?」
「必要でしたらここに置きますよ。三人以内でお願いします」
「そうかい、なら二人ほど借りようかな」
「わかりました」
アルファが頷く。
「なら私が一人貰おうかしら」
「どうぞ」
高橋の要求にもアルファは応じる。そこに橋本が不快げに言う。
「でも気持ちわりーな。テメーは何を考えてんだ?」
「そうですね…………。霧山さん、お願いしたいことがあります」
「何かな?」
霧山は聞く。するとアルファは黒い笑みを浮かべて言う。
「レーベでは僕達の為の強力な兵器を開発しています。しかしそれは完成には至っていないそうです。そこで霧山さん及びファントムの技術者の皆さんに協力をしていただきたいのです」
霧山は興味深げに眉をひそめる。そしてアルファは続ける。
「兵器の名は『コキュートス』。宇宙航行を目的とした戦艦です」
霧山は楽しそうに承諾する。
「ハハハハハ、宇宙戦艦か。面白そうだね、やってみよう」
「お願いします」
浩輝達は一斉に頭を下げる。その光景を異様だと奏太は思った。彼がふと隣の彼海を見ると、彼女は興奮したように「ああ…… やはりあなたは素晴らしいお方……」と呟いていた。
(なんだよ……ここにいる人はおかしな人ばっかりじゃないか。本当に僕はここにいて良いのだろうか)
奏太の心の呟きは誰にも届かない。すると高橋が疑問を口にする。
「ねぇ、私としては『あの男』が所属するレーベに協力するのは気に食わないのだけれど、私の目的は霧山博士を見届ける事だから文句は言わないわ。それは良いとしてそんな宇宙戦艦なんてどこで造っているのかしら? 戦艦というくらいなんだから、かなり大きいんでしょう?」
「実は僕もよく分かっていないのです。高橋さんの嫌う『あの人』からは、もしも僕達の事がばれたらこれを言え、とだけ言われていたので」
「ふーん、その辺りは別の人が教えてくれるのかしら」
高橋はファントム構成員の方を見回す。その中の数名がビクリと震えた。ファントムでスパイ行為を行っているレーベの人間なのだろうと浩輝は考える。その想像通り、その中の一人の男が霧山に場所を知らせた。ちなみに、浩輝のクローンが作られていた事はスパイ達も知らなかった事である。やがて解散となり、浩輝達や彼海、奏太はそれぞれの家に帰ることになった。霧山と高橋が要求した三人はゴエティアに住むこととなったが。
☆
ゴエティアのとある部屋。無理矢理ここに連れてこられた翔真は何をすることもなくソファに座っていた。この部屋にはコーヒーの入ったカップや菓子等があり、テレビや冷蔵庫、トイレ等も備え付けられている。しかしそれらに翔真は手を付けない。今の彼は抜け殻のような状態だった。
不意にドアからカチャリと音が鳴る。鍵が開いた音だ。窓の無いこの部屋唯一のドアが開くと、そこからは高橋翠が現れる。
「はーい、元気にしてるー?」
「……」
「何か欲しいものがあったら遠慮無く言ってねー。可能な限り何とかするわ。私の体とかね」
「……」
明るく言う高橋に翔真は答えない。
「まあ良いわ。あの子としては色々と知ったあなたを帰したくないみたいだから、この部屋にずっといて貰うわ」
「……」
翔真は何も答えない。しかし高橋は気分を害した様子もなく笑顔のまま退室した。
☆
福音軍基地日本支部。浩輝達によって滅茶苦茶な状態となったこの施設は無残なものだった。彼らはしばらくの間、東京の自衛隊の施設を借りてそこで活動することとなった。ただ、施設以上に彼らは大きな損害を被っていた。大和が開口する。
「ウリエル、ラファエル、ガブリエルが大破。しかも翔真は行方不明か」
福音軍屈指の天才科学者坂口才磨が開発した人型兵器『セラフィオン』。その全てが今回、敵によって撃破された。これには福音軍の誰もが絶望を覚えている。
「やはり白井少尉にはまだ早かったか。セラフィオンパイロットとしての資質はあるし、操縦の才能もあるのだが、いかんせん経験が足りない。だが、他にふさわしい者がいなかったのも事実だ。驚異的なのは敵の新型機。彼奴ら、既にウィルシオンを量産していたか」
日本支部代表の篠原茂が悔しげな表情で告げる。
「クソッ、アタシが応援にいけてりゃあ……」
イズミ・ドレイパーが壁を殴りながら言う。札幌から仙台に向かい、そこでの戦いが終わった後に常空市へと向かった頃には既にウリエルはやられていた。二年間かけて学んだ彼女のつたない日本語を受けて、百合花が口を開いた。
「違いますよイズミさん。私が悪いんです。あんな卑怯な人達に無様に負けた私が!」
「ユリカ……」
かなりの剣幕で叫ぶ百合花に、イズミは呆然と呟く。
「それにしても、白井少尉は一体何処に…………?」
話を断ち切るように、セントが話題を提供する。
「さぁな。大方、ファントムの施設だろうよ」
「そうだね、今すぐにでも助けに行きたいけれど……」
大和の答えを聞いたセントが悔しげに俯く。こちらの主戦力であるセラフィオンが三機使えないという状況で囚われた仲間を助けられるとは誰もが思えなかった。自分達とファントムの間には圧倒的な戦力差がある。ここで篠原が発言する。
「本部には戦力を要請している。もう日本にほぼ全ての戦力を集結させる事も考えてるそうだ。世界各国で開発されたAIV器官およびIV器官を搭載した機体をはじめとした戦力で奴らの本拠地に乗り込み、ファントムを壊滅させ、白井少尉を助け出す」
「しかし、本拠地なんてどうやって探すんすか? 俺が知ってる場所に奴らの基地は無かったですし」
かつてファントムに所属していた大和が疑問を口にする。それに篠原は答える。
「お前達には話していなかったが、白井少尉の体内にはGPSを仕組んである。黒月浩輝と接触する少尉に何があっても良いようにな」
「……ッ!」
一同は驚く。
「彼自身も知らないことだ。知っているのは私と他に数名のみだ。本人にすら教えていない。余計な人物に話すことで想定外の相手に知られ、対処されても困るからな」
「それは、アタシたちの体にも入ってんのか?」
イズミは質問する。
「ノーコメントとさせてもらう」
「……そうかよ」
篠原の返答に対してイズミは不機嫌そうに呟く。
「それならファントムの基地についてはどうにかなりそうですね。ですが私としては、あの赤い鳥が気になりますね。三機のセラフィオンをここに運んでくれたと思ったら、どこかへと飛んで行ってしまいましたが」
「もしかしたら、俺達の他にもいるのかもな。正義の味方ってヤツが」
「だったら良いのですが」
レイラ・プロバートの発言に大和が答える。レイラは以前から日本語を学んでいたこともあり、流暢に話す。すると百合花が口を挟む。
「あの……何となくですけど、私があの赤い鳥に運ばれていたとき、お父さんのような感じがしたんです。声もお父さんに似ているような気がしました」
その言葉に條原、大和、セントは凍り付く。彼女には『被検体M』についての話はしていない。だが、彼女の話が本当だとしたら赤い鳥は黒月浩輝と関わりのある可能性があると考えられる。
「あの……どうしました?」
セント達の様子を見て百合花が言う。大和はそれを適当に誤魔化した。そんな会話を聞きながら、関滄波は考える。
(俺の青龍、俺が二年前に戦った白虎。そして今回ファントムが乗っていた黒い円盤は玄武っぽくて、赤い鳥は朱雀を思わせる。……まさかな)
ここにいないオカマの技術者の顔を滄波は思い出すのだった。
☆
「うーん、あのナヨナヨボーイはつまらないわねー。せっかくなら玄武と朱雀のガチバトルを見たかったのに。どうせ死んでも代わりはいくらでも造れるんだからー」
レーベの施設内で黄秀麗が不満そうに言う。
「でもね秀麗。彼は無理に朱雀と戦う理由がなくってよ」
「そうは言うけれど、つまらないものはつまらないのよー」
秀麗に答えたのは長い黒髪の女だ。その女に秀麗は食って掛かる。
「わがままもそこまでよ。あのお方の計画では、朱雀と玄武が戦うときも近いのだから我慢しなさい。もっとも、戦うのは別の相手だけれど」
「分かったわ」
しぶしぶと秀麗は頷く。
「でも、『コキュートス』が完成したら玄武の出番が無くなるんじゃないアルか?」
ここで口を挟んだのは黄秀優。チャイナドレスとお団子頭は健在である。
「ねえ秀優。私達は今中国語で話しているのよね?」
「そうアルよ」
「ならその語尾はどうなっているの?」
「気にしたら負けアル」
「そうね」
黒髪の女は秀優と話す。マイペースな秀優に笑顔を絶やさずに女は納得する。
「話の腰を折って悪かったわね。そう言えばあなたには言っていなかったかしら? 『コキュートス』が真の意味で完成したら、玄武には『アレ』を載せるのよ。問題ないわ」
「聞いていなかったアル。でもそれなら納得アルよ」
「良かったわ……。さて、今回の事件で日本は壊滅的な程の被害を受けたわ。でもね、黒月浩輝君は遠慮をしているの。あなた達、何故だか分かる?」
その問いに二人とも答えられない。女は「仕方無いわねー」と前置きしてから、答えを言う。それを聞いて納得した秀麗は言う。
「あちゃー、つまり次の作戦は……」
「そういうことよ。あれ、秀優。どうしたのかしら」
秀麗と同じく、目の前の女がいっていることを理解した秀優は表情を曇らせていたが、すぐに戻す。
「何でもないアル。ワタシも出来る限りの事は手伝うアル」
「うふふっ、楽しみにしているわ」
女はただ、妖艶に笑うのだった。




