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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
71/75

数力

「何よこれ……」


 百合花は思わず呟く。急にIVの反応が増えたと思ったら、先程何機か倒した円盤兵器が幾つも現れたのだから。


「これじゃあ、狙いが付けられないじゃない……」


 百合花が長距離で正確にビームを当てた理由。それはAIVとIVが引き合う性質を利用した自動追尾システムにある。機体のIVの発生源、それはパイロットである。だからこそ、百合花は玄武をジグザグに動かしていたオメガでさえも一撃で撃ち落としたのだ。


 クロセルが左腕を負傷したのは、とっさの動きによりコクピットとビームを阻むように左肩が位置した為による偶然である。即ち、紙一重でガンマは生き長らえた。


 一方で、多数のIVが存在するこの状況では自動追尾は役に立たない。ビームを撃てば、ここにいるクロセル及び玄武のIV同士が干渉してしまうからだ。東京及び名古屋では二機の玄武が重なるように位置取りした上で一機目を撃破したため問題はなかったが、現在の状況では分が悪い。


「このおおおおぉぉぉっ!」


 ウリエルは槍の先端からビームを放つ。ビームは玄武達の間をあちらこちらへと動き回り、やがて消失する。そして玄武は動く。十機の玄武は息の合った動きで、ウリエルに体当たりしては離脱を繰り返している。彼らはみな同じ思考パターンである。だからこそ、他の玄武がどの様に動くか予測できる。


「うぅ……」


 様々な角度からの衝撃に百合花は呻く。上から、下から、真横から……それらの猛攻は百合花を動かさせない。ウリエルの腕、脚、翼が次々ともがれていく。


「この……卑怯者! 正々堂々一対一で戦いなさい!」

「敵は全力で潰すのが私のポリシーです」

「だからって……!」


 百合花は反撃を試みるも、目まぐるしく襲われれば体勢など整えられない。みるみるうちにバラバラに壊れたウリエルは落下する。


「くっ……」


 悔しさに、百合花は涙を滲ませる。圧倒的な力で好き勝手にする理不尽な相手への怒りが収まらない。


「この……あなたみたいな外道は私が殺すのよぉぉぉぉぉッ! 死んで、死んでたまるかあああああ!」


 百合花は叫ぶ。それも虚しく、機体は落下していく。 落下の衝撃に備えつつも彼女は目を閉じる。しかし衝撃は来ない。その代わりにあるのは浮遊感だった。


「えっ……」


 百合花は思わず開眼する。辛うじて生きていたカメラの映像は赤い何かを写す。

 

「ゼピュロス……? いや、あれよりも鮮やかな色……」


 彼女は戦友のイズミが乗る赤い忍者を思い出すも、すぐに違うと思い直す。


「誰なのかが分からない……でも、なんだかあたたかい…………」


 目の前の何か。百合花の見たことの無いはずのそれは、何故か彼女に懐かしさをもたらした。



 ☆



朱雀チューチュエか……)

 

 浩輝達の近くには、ウリエルを助けた機体を含めた五機の巨大な赤い鳥を見る。ウィルシオン四号機・ハルファスのような『鳥人』ではなく完全な『鳥』である。名は『朱雀』。『玄武』と同じく、レーベが開発した変形機能を持つ量産機である。


「奴らは俺達の味方になるつもりは無いようだ。目的は充分に果たした。撤退する……ゴエティアに向かうぞ」


 アルファが浩輝全員に指示を出す。ガンマは聞く。


「良いのか?」

「ああ、あの女が俺達の事を知った以上な。ベータ、イプシロン。お前達は東京と名古屋の死体を回収しろ」


 命令された二人はそれぞれの場所に向かう。そして残りはゴエティアへと退散する。


「敵の数が少し増えただけで逃げていくとは。本当に腑抜けた奴だな」


 ウリエルを背中に載せた赤い鳥からそんな声が発せられる。その声は百合花にとって聞き覚えのあるものだった。何があっても忘れる事がない、大好きな声。


「おとう…………さん?」


 百合花の口から、呟き声が漏れる。だが、それに答える声は無い。朱雀はただ、福音軍基地へと向かって飛ぶ。



 ☆



 名古屋。ボロボロのラファエルのコクピットから脱出した白井翔真は落下した玄武を発見した。ラファエルの通信機能は死んでおり、味方に救援信号を送ることも出来ない。そんな彼がフラフラと森の中を歩いていた所に、黒い円盤を見付けたのだ。中心部には穴が開いていて、そこから焦げ付くような臭いを翔真の鼻は感じた。


「うぇぇ……これが死体の臭いかよ」


 彼は思わず呻く。死体など見たいものではない。しかし少しの好奇心が彼の中にはあった。翔真は円盤の穴の中を除き込む。


「…………なっ!?」


 そこにあったものを見て翔真は言葉を失う。搭乗者の胴体はビームによって失われており、胸部と脚部が離れていた。そして、その人物のヘルメットを無意識に外す。その中にあった頭を見て翔真の表情が凍り付く。


「浩輝……どうしてここに」


 数時間前、自分が基地に連行したはずの少年がここにいて、しかも死んでいる所に翔真は驚きを隠せない。彼は異臭も気にせずその顔をまじまじと見る。間違いなく、彼のよく知る黒月浩輝の顔だと確信した。


「…………」


 翔真は無言で身を震わせる。彼は二年前に銀海島で父親を亡くしているし死体も見ている。当時ほどでは無いものの、かなりの衝撃を翔真は受けた。だがその原因は浩輝の死体があることだけではない。これを死体に変えたのが彼の同い年の少女であることもより一層衝撃を与えた。


「百合花ちゃん……」


 親同士が同僚であったため、翔真と百合花は幼い頃から知り合いだった。その少女が復讐の為とはいえ人を殺すという事が何よりの衝撃だった。彼のよく知る百合花は心優しい少女で、殺伐という言葉からは最も遠い存在だと彼は思っていた。


「……」


 あまりの衝撃に彼は呆ける。どれだけの時間が立っても彼は動けなかった。しばらくして、彼は上空から何かが近付いてくるのを感じた。迎えが来たのだと、翔真は漠然と考える。しかし、現れたのは彼が近くで見ているものと同型の黒い円盤――玄武だった。着地したそれは直ぐ様人型に変形。ドシンドシンと音を立てて翔真のもとに近付き、右手を伸ばす。


「なっ」


 翔真は驚愕の声を上げる。しかしその手は翔真をすり抜け、その奥にあった浩輝の死体へと伸び、それを掴む。するとその掌に穴が開き、玄武が手を上げると死体は落ちていく。翔真が疑問を持つ前に今度は左手が彼を掴み、同じ様に開いた穴の中に落ちる。


「うわああああ!」


 落下しながら翔真は叫ぶ。すると緩衝材らしき所に背中を打ち付けた。


「ぐっ……ここは?」


 思わず疑問の声を漏らす翔真。しかしそれに答える声は無い。ちなみに彼は玄武の左腕の付け根の外側にいる。そして玄武は再び変形し円盤型になる。腕は収納され、小さな部屋の中に翔真は閉じ込められた。


「何なんだよここは!」


 翔真は怒鳴る。だが、やはりそれに答える声もなく玄武は浮上し、ゴエティアに向かって飛んでいった。






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