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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
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夢覚

 少しだけ時間は遡る。


『幻想の大氷刃』を全て無効化されたことにガンマは驚く。だが、彼には違和感があった。確かに剣のほとんどを削ったのはセントであるが、ガンマは他の何かによって力を奪われた。何となくだが、そんな感覚を彼は覚えた。


(流石はエリートパイロット。だが、森崎百合花は奴を圧倒的に上回るAIVを持つだろう。あれでもまだ足りない……)


 ガンマは無惨な姿となったガブリエルを見る。中のセントの生死は彼には分からない。


(俺も……ついに人を殺したのだろうか。何故だか、何の感情も湧かない。死体を見ていないからだろうか)


 ガンマはセントの生死を確認すべく、着陸しようとする。すると背後に巨大な気配を感じた。そこには赤と白の天使、ウリエルがいた。中に乗る百合花はバラバラなガブリエルを見て、怒りの声に涙を滲ませながらビームをクロセルに向けて撃つ。


「これは……!」


 玄武を一撃で撃墜したビームであることに気付き、ガンマは回避行動を取ろうとしたが避けきれず、結果として左腕を失った。


「くっ……」

「許さないんだからああああああ!」


 再度ビームを撃つウリエル。ガンマは咄嗟にIVによる壁を作るも、一瞬で消滅する。


(これは厄介だ。避けるのも防ぐのも難しいとは)


 そこでガンマが選んだ選択肢は撤退。セントの状態も気になるが、それよりも自分の命が優先である。機体を敵に奪取されては敵わない。クロセルは全速力でゴエティアを目指す。しかし、ウリエルのビームはその左脚に命中する。


「何!?」


 ガンマは思わず振り向く。すると、ウリエルは先程から位置を代えずに槍を構えていた。


(これだけの距離にも関わらず正確な狙撃。強さと速さと正確さを兼ね備えているのか!?)


 ガンマは戦慄する。逃げることさえ不可能となれば、そこには絶望しか無かった。


(森崎百合花を甘く見ていた……。元々父親譲りの操縦の才能がある上に、ひたすら己を鍛錬してきたあの女の強さを……そして、敵に対する執念を)


 逃げることも不可能となれば、戦うしかない。しかしクロセルに長距離用の武装はない。接近しようにも、狙い撃ちされるだけだ。絶望的なこの状況で、生き残る為の方法をガンマは必死で考える。一旦、校舎裏まで避難する。百合花は敵に容赦が無くなったとは言え、罪の無い物を傷付けることはしない。だからウリエルはクロセルを追う。


(ここは長い槍を作って……いや出来る前に撃たれるだけだ。……そうだ、クロセルにはアレがあった)


 ガンマは思い出した。クロセルの切り札『エンプーサシステム』を。


「エンプーサシステム、起動」


  クロセルの頭上には白い輪が現れる。輪はまばゆい光を放ち、ウリエルへと降り注ぐ。


「見せるとしようか。お前が求める物を」


 誰にも聞こえない様に呟いてから、クロセルはその場を離脱する。彼の目的は百合花を倒すことではなく、生き残ることである。



 ☆



「一体……何を?」


 隠れたクロセルを追っていた百合花は突然白い光に包まれた。そして視界が暗転。次に彼女の目の前には砂浜が、そして海が広がっていた。カモメの鳴き声が聞こえ、心地よい潮の香りがした。


「あれ?」


 そこに百合花は裸足で立っていた。先程までウリエルに乗っていたのが夢のような感覚だ。彼女はどうしたものか考え、水の中に入りたいと思った。しかし今はパイロットスーツを着ていた。着替えなければ。そう思った瞬間、彼女の服装が白いワンピースに変わる。


「いつの間に……。そうだ、水に入らないと」


 百合花は海に軽く脚を入れる。ここで彼女は思い出す。父親の修治、母親の花梨と共に海で遊んだ日の事を。


「お父さん……」


 百合花は呟く。大好きだった父親。ファントム等というふざけた存在のせいで亡くなった父親。そんな父の事を思い出していると、背後から声が聞こえた。


「何だい、百合花」


 聞き覚えのある声に百合花が振り向くと、そこには森崎修治がいた。Tシャツに半ズボンにサンダルという、この場に合った格好だった。


「お父……さん?」

「百合花、久しぶりだな」


 修治はそう言って百合花の元へと近付いていく。そこには百合花にとって懐かしい、無愛想ながらも優しい笑顔があった。そして修治は百合花の体を抱き締める。


「お父さん?」

「ああ……百合花。お前は強くなったんだな。だけどもう、お前が戦う必要は無い。戦うことなんて忘れて、花梨とお前と俺の三人で、平和に暮らしていこう」

「そうね……お父さん」


 次の瞬間、百合花は修治の頬を叩く。驚愕に、修治の目が見開かれる。


「な、にを……」

「お父さんは死んだ。そしてお父さんは、誰かが戦っている時に戦うことを忘れるだなんて言わない。そして……」


 百合花は冷めた視線を修治に向ける。


「お父さんは、セント君も家族だと思っている」


 百合花の視界は再び暗転する。百合花が意識を取り戻すと、そこはウリエルのコクピットだった。戦いはまだ終わっていない。セントを殺したどころか、不快な幻を見せられた事で、百合花の怒りは更に激しく燃え上がる。


「ゲファレナー……いや、黒月浩輝! 人をバカにするのもいい加減にしてよ!」


 ウリエルは上昇する。そして百合花は『熾天使の槍』の機能『ウィルスチェイス』を起動する。これは福音軍技術部の笹原真理が開発したものであり、IVとAIVが引き付けあう性質を利用し、AIVを槍内部に流すことで周辺のIVを見付け、それがどの方角にあるかを当てられるというものである。ウリエルが槍を胸の前に水平に向けながら横に回転すると、槍は反応してコクピット内にピピッと音を鳴らす。


「見付けた」


 百合花は呟く。ウリエルのカメラはクロセルを捉えた。ここからビームを撃っても良いが、それでは関係無い建物を巻き込んでしまうのでやらない。だから百合花は追いかける。


「絶対に逃がさないんだから」


 道はウリエルの槍が示す。クロセルはその槍から逃げられない。ウリエルは獲物を狙う猛禽類のように空を翔る。



 ☆



(幻覚を解除しただと!?)


 クロセルのコクピットでガンマは驚愕する。エンプーサシステムは、パイロットがイメージした映像をパイロットであるガンマ自身の脳に直接送り込み、それを対象に送り、幻覚を見せるという原理である。つまりガンマと百合花は同じ映像を見ているのだが、修治が頬を叩かれる、というガンマが見ていない映像を百合花が見たことによってノイズが発生し、幻覚が解除された。ある程度の誤差は自動で修正するのだが、百合花の行動は想定外であった故の結果だ。


(まずい。しかも奴は何故か俺のいる場所に気付いている。このままでは……)


 ガンマがそこまで考えた瞬間、仲間達――他の黒月浩輝達の事を思い出す。


(そう言えば、報告してなかったな。この戦闘の事。セントと戦ってから休む暇も無かったし)


 以前として逃げ続けながらそれに思い至ったガンマはセントが新型機に乗っていた事。それを撃退した事。槍型の新兵器を持った百合花にやられそうだという事。それら全てを報告した。通信相手である浩輝クシーは言う。


「つまり、お前は逃げられそうに無い。という事だな」

「ああ、ついでに言えば倒せそうにも無い。敵に近付くことも出来ないから八方塞がりの状態だ」

「なるほどな。とは言っても、お前の戦闘はずっと見てた訳だがな」


「えっ?」とガンマが声を出す前に、多くの気配を感じる。周りを見渡すとそこには十機の円盤――玄武が飛び回っていた。


「何故……?」


 ガンマは呟く。すると、玄武に乗る黒月浩輝達が答える。


「学校にいたカイとパイから報告を受けた」

「お前だけではやられそうだと言われたからな」


 ベータとデルタの答えに、ガンマは声を荒げる。


「だからと言って、玄武じゃ一撃で死ぬだけだろ!」


 それにはアルファが答える。


「それはクロセルも同じだ。だからこそ、俺達が来た」

「アルファ! 大体お前が何で玄武に乗ってる!? オリジナルのお前が死んだら意味がないだろ」

「そんな話をしている場合ではない。それと、俺達には秘策がある。カイとパイはお前とウリエルの戦いを見ていた。そこで奴らは有ることに気づいた」


 アルファに『有ること』について聞こうとするガンマ。しかしそこにウリエルが現れた。槍を構え、ビームをチャージしている。


「まあ、見ていろ」


 そのアルファの言葉を、ガンマは頼もしく感じた。


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