蹂躙
巨大人型兵器『ウィルシオン五号機・クロセル』に乗る黒月浩輝は、その操縦に苦労していた。
(確かにコレの動かし方は分かっている。だが、上手く動かすには練習が必要な様だ。尤も、今はそんな場合じゃないが)
そんな事を考えているうちに、浩輝は巨大な金属の塊を見付け。彼は空高く飛んでいた『クロセル』を一旦着地させる。上手く着地させるのに失敗するものの、故障した部分は無い。
(これは……『霧雨』か?)
金属の塊の正体が、かつて自分が憧れた物である事に気付いた浩輝は改めて敵の恐ろしさを思い知る。
(だが俺は止まらない。アイツらを一匹残らず殲滅するまでは)
浩輝はもう一度クロセルを飛翔させる。そして、徐々に頭痛が強くなってきているのを感じながら、自分の中の何かが導く場所を目指す。
☆
元の時系列に戻る。一度は禁忌獣から離れたものの、追い付かれた森崎修治は部下に指示を出す。
「山本、ここは二手に別れるぞ。今倒れてる佐藤は後で回収する」
「了解」
森崎は敵の攻撃をかわしながら自機を走らせる。部下である山本はその逆方向に進む。すると、多くの禁忌獣は山本機の方へと近づく。それを見て、森崎は禁忌獣の背後からマシンガンで攻撃する。しかし、それによってダメージを受けている様子は無い。数体の禁忌獣が森崎機へと近づいて行く。
(やはり、ヤツらは人の敵意、もしくは恐怖心に反応して襲ってくるのか? だが、本当にそうだったとして、どうやって勝てば良い?)
「すみません……隊長」
森崎の機体に通信によって山本の声が届く。山本機は爆発していた。
(ここで俺一人が残ったところで何が出来る? こちらの攻撃はまったく通じず、その上で圧倒的な攻撃をしてくる。 しかもあれだけいるにも関わらず一匹も倒せてない 『霧雨』は現代の最高技術で造られた世界でもトップクラスの性能の機体だぞ? 俺もこの町も、いや、日本、それどころかこの世界はもう終わっちまうのか……この理不尽のせいで)
森崎は諦めの言葉を内心で言う。気力が尽きた彼は敵の止めを待つ。しかし、禁忌獣は一向に自分に止めを刺す気配が無い。怪訝に思った彼は俯いていた顔を上げる。モニターで外の様子を見ると、禁忌獣は森崎の所を離れ、一様に何処かを目指して歩いていた。
(助かった……のか?)
彼は呆然としながら、その場を動けずにいた。
☆
クロセルに乗って空を飛んでいた浩輝は、下を見ると黒い何かが蠢いているのを見つけた。
「やはり、この『声』はお前達のものだったか」
浩輝はクロセルのスピーカーの電源を入れて、どうせ言葉は通じない、と思いつつ言う。スピーカーからはボイスチェンジャーによって加工された機械音声が出力される。蠢いている物の正体、それは約50体の禁忌獣だった。浩輝はクロセルを降下させる。
「死ね。ゴミクズ共」
地上にいる禁忌獣は、エネルギーの塊を『クロセル』に向けて放つ。
「くっ……、生意気な」
幾つかのエネルギーの塊はクロセルに直撃する。それによって浩輝をかなりの衝撃が襲う。ただ、一発当たっただけで『霧雨』を大破させたその攻撃はクロセルには傷一つ付けていない。もしもこの光景を森崎が見ていたとしたら驚愕しただろう。
(武器は、こうやって出すんだな)
現在存在しているウィルシオンの中で唯一、クロセルには武装は装備されていない。その代わり、操縦者が放出する粒子状の物質である『IV』を機体の頭部の上部から出して、固体化させ、剣や槍のような武器を作ることが出来る。
「幻想の氷刃」
浩輝が呟くと、クロセルの頭上に輪が発生し、そこに水色の光の粒子が集まり、それらは巨大な剣を形成し、クロセルはそれを掴みとる。その剣は正に氷で作られているかの様だった。
「さあ、死ね」
クロセルは『幻想の氷刃』を構え、最も近くにいた禁忌獣に斬りかかる。禁忌獣はエネルギーの塊を発射し、それはクロセルに命中するものの、ダメージを与えるまでには至らない。クロセルが降り下ろした剣は禁忌獣を一刀両断する。
「俺を敵に回したのがお前達の罪だ。残念ながら殲滅する」
コクピットの中で浩輝は邪悪に笑う。
☆
浩輝のクロセルの戦闘の様子を霧山、高橋、奏太、そしてその他数名の研究所のスタッフは観ていた。霧山は興奮した様に言う。
「いやー、想像以上の活躍だねぇ。操縦技術は当然ながら未熟だけど、それを膨大なIVの量で補ってる。並の人間じゃ、ウィルシオンをマトモに動かせないけど、彼はあんなに速く動かしてる」
「IVだけではなく、これには彼の執念も関係してるのかしらね? それにしても、荒々しい動きの割にクールぶったセリフがミスマッチね」
「まあ彼は中学二年生だし、そんなもんじゃないかな」
「霧山博士も彼くらいの年齢の頃はあんな感じだったんですか?」
「さてね」
霧山と高橋の会話を聞いて、奏太は疑問を口にする。
「ところで、何で黒月さん……はあんなに禁忌獣を憎んでるんですか?」
「彼は8年前、チオデ島にいた両親を禁忌獣に殺されてるのよ。そして、彼は自衛隊に入って『霧雨』のパイロットになって禁忌獣と戦おうとしてたの。尤も、『霧雨』なんかじゃ禁忌獣には歯が立たないんだけどね」
高橋が言った事は、人に同情されるのが嫌いな浩輝にとって誰にも知られたく無い事である。高橋はそれを承知しつつ、悪びれる様子も無く話す。案の定、奏太は浩輝に同情する。
(8年も前にお父さんとお母さんを亡くしてるだなんて……。相当辛い思いをしたんだろうな)
奏太の父親は世界でもトップクラスの電機メーカー『日元電機』の社長である。両親は常に忙しく、奏太と会う機会は稀なのだが、月に最低一回は家族揃って夕食をとる機会を設け、両親とも奏太を可愛がっており、奏太は両親を尊敬している。
(でも、もし僕のお父さんとお母さんが禁忌獣に殺されたとして、僕が復讐をするとしたら、二人とも悲しむと思う。そしてそれは、黒月さんの両親も同じだと思うんだ……)
奏太は浩輝の両親どころか、浩輝とさえ今日知り合ったばかりである。だが彼は心の中で断言する。奏太は容赦無く禁忌獣を次々と屠っていく堕天使の姿を見て恐ろしく思う。
☆
クロセルの戦闘の様子は、後から移動した森崎も遠くから観ていた。なお、彼から見たそれは『戦闘』ではなく『蹂躙』であった。自分達ではまったく敵わなかった怪物をいとも容易く倒していく堕天使に、森崎の頭には幾つもの疑問が浮かぶ。
(あの機体性能は『霧雨』どころか米軍が開発中の新型機をも遥かに凌駕している。それにあの武器はなんだ? そもそもアイツは何者だ?)
敵の攻撃によるダメージを全く受けず、自分の攻撃は相手に致命的なダメージを与える。それは奇しくも、先程の自分達と禁忌獣との関係に似ていると森崎は思った。彼は三人の部下の命を奪われ、禁忌獣を憎んでいるにも関わらず、無慈悲な堕天使の圧倒的な破壊を見て、同情すらしていた。
(だが、アイツは別に敵ではない。全てが終わったら詳しい話を聞けば良い)
自分が役立たずであることを悔やみつつ、森崎はクロセルの蹂躙を見届ける。
☆
最初は約50体いた禁忌獣も、現在はその1割の5体まで数を減らしていた。それに従い、浩輝の頭痛による違和感も少しずつ薄れていた。
(コイツらは一体何を言おうとしている? そもそもコイツらに意思など有るのか?)
(――――ナンデ…………ヨ)
(――――ダマ……タ……カ?)
(――――コンナノ………………イ)
浩輝の脳内にはこのような言葉が次々と入ってくる。ただ、彼はその言葉を理解しようとはせず、ただ、目の前の敵を撃破する。
「お前達に何かを言う資格は無い。失せろ」
やがて禁忌獣も最後の一体となった。浩輝の脳内には明瞭に言葉が届く。
(――――ナンデ、ボクタチヲココニヨンダ?! ボクタチガナニヲシタトイウンダ! ミンナヲ、ミンナヲカエセ!!)
その言葉を聞いて、浩輝は一瞬戸惑うも、何を言っているかを理解したとたんに、彼の心中に怒りが巻き起こる。
(何を言っているんだコイツは。人の親を殺しておきながら被害者ヅラを……)
そこで彼は考えた。彼は禁忌獣に意思と言うものは存在しないと考えていた。しかし、そうでないのなら話は別である。
(もしもコイツらに悲しみという感情があるのなら……、もしもコイツらに悔しさという感情があるのなら……、俺はコイツに苦しみを与え続けてやる。永遠にな)
「お前は永遠に苦しみ続けろ。お前の仲間を殺した俺の手によってな」
浩輝が呟くと、クロセルの頭上にまたも輪が出現し、水色の光の粒が発生する。それらは最後の禁忌獣を包み込む。やがて光の粒は鳥籠を形成し、禁忌獣を閉じ込める。
「氷の牢獄。安心しろ。俺はお前を絶対に殺さない」
(――――フザケルナ、コロセ!)
鳥籠の中で禁忌獣は暴れ、エネルギーの塊をクロセルに放つ。しかし、それは通用しない。浩輝は新たにクロセルの頭上から一本の杭を作り出し、それを禁忌獣の口の部分に刺すと、黒い液体が流れ出す。禁忌獣は痛がる素振りを見せて、口を懸命に開こうとするが、上手くいかない。浩輝がそれを冷めた目で見ていると、クロセルに通信が入る。
「いやー、お疲れ様」
通信の声の主は霧山だった。
「どこから見ていたんです?」
「まあ、僕が作った人工衛星でちょっとね。ところで黒月君、君はソレを捕まえてどうするつもりなんだい? 今は口を封印してるとは言え、そんなものウチの研究所に入れたら大惨事になりかねないよ」
「クロセルの装甲に使われている素材を使った部屋でも造れば大丈夫なのでは? そもそも、コイツも何時かは衰弱するでしょうし問題は無いのでは?」
「クロセル、というかウィルシオンに使われている『理不尽な防壁』は常に『IV』を与え続けていないと使い物にならない、という情報は最初に君の頭の中に入っただろう? だからと言って、「何時か大人しくなるかも」という理由でソレを放っておく訳にもいかない」
「そうですか。それなら海に投げ捨てるか、それとも土の中に埋めるか」
「まあ、取り合えず今はソレの事は放っておこう。僕が君に通信を入れたのはやって欲しい事が有るからだ」
「やって欲しい事?」
浩輝は首を傾げる。
「ええ。IVという物質は簡単に言うと、その人が嫌われているほど増える物なの。でも、君が禁忌獣を倒したということが知られてしまうとクロセルはヒーローになってしまい、君のIVは減ってしまう。そこで、君にはそこにいる『霧雨』を倒して貰いたいの」
浩輝の疑問に答えたのは高橋だった。彼女の言葉に浩輝は眉をひそめる。
「つまり、僕に世界の敵となれと?」
「そう言うこと。君はファントムを名乗ってあの『霧雨』を倒す。その映像を私達が世界中に発信する。そして、世界中の人々はクロセルのパイロットである君を恐れ、君のIVは更に増えるということ。これは君がこれからも禁忌獣と戦う上で必要な事よ」
「なるほど……。分かりました」
浩輝は答え、クロセルに『幻想の氷刃』を構えさせ、『霧雨』へと近づく。
☆
目の前で繰り広げられていた光景に、森崎には驚愕する事しか出来なかった。彼は突然自分に近づいてきた堕天使の姿を見て怪訝に思う。
「話をしようとしてる……割には物騒な態度だが」
すると、森崎の元に堕天使の声が届く。
「初めまして。私はファントムの者です」
その声は機械によって加工された様な声であり、森崎は不気味な印象を受けた。
「ファントム?」
「ええ。世界に仇なすテロリスト集団だと報道されているあの『ファントム』です。貴方も名前くらいは聞いたことが有るでしょう?」
「……まあな」
森崎も噂は聞いたことがあった。しかし、それはただの噂であり、実在するとは思っていなかった。彼は問いかける。
「それで、テロリストが俺に何の用だ?」
「まあ、単刀直入に言うと、私と戦って貰いたいのです」
森崎の脳内で疑問符が踊る。
「意味が分からないな。俺を殺したいのならこんな話をする前にさっさと殺せば良い。かといって、俺と¨仲間として一緒に¨戦いたいって訳でも無さそうだな」
「ええ、今の私は貴方と仲間になるつもりはありません。ただ、実は私は貴方の事を尊敬しているんですよ、森崎修治三佐。だから、少し話がしたかった、ただ、それだけの事です」
森崎は自衛隊の『霧雨』のエースパイロットとして日本国民の間では有名人であり、彼を尊敬している人間も男女問わず多い。
「お世辞でも嬉しいぜ。だが、見逃してくれって言っても……」
「ええ、それは無理な相談ですね。私としては本当に心苦しいのですが、それが組織の意向ですので」
「そうかい」
「では、参ります」
二人の鋼の巨人が激突する。