相殺
クロセルは翼のブースターを利用して加速しながら前方に突っ込む。ガブリエルは紙一重でそれを回避。そして高速でレイピアを何度も突く。クロセルには幾つかの穴が開く。ガンマは気にせずに『幻想の氷刃』を薙ぐ。敵機に触れたそれは霧散する。
「残念だったね。ガブリエルの装甲にAIVが流れている。IVで出来ている君の剣は無効化される」
「それは、想定済みです」
ガンマが答えると、クロセルの頭上の輪がものすごい勢いで回転する。そこからはかなりの量の光の粒子――IVが発生する。IVはガブリエルを包み込む様に流れていく。
「くっ……随分とまどろっこしい事をしてくれるね」
「正々堂々戦って勝てる相手では有りませんからね、あなたは」
IVとAIVは互いに打ち消しあう性質を持つ。だからこそ圧倒的なIVを触れさせる事で、ガブリエルの装甲を無効化することを考えた。
「でも、AIVは無限のエネルギー。いくら無効化しようと、次々と湧いてくるんだ。つまり君のしていることは無駄だ」
セントは言う。そしてガブリエルは後退しているクロセルを追う。クロセルが更に上に逃げると、ガブリエルも負けじと高度を上げる。
「しつこいですね」
「君は厄介だからね。倒せるときに倒したいよ」
セントの答えを聞きながら、ガンマは高度を下げる。セントはそれを追従するように下降する。しかし、クロセルとガブリエルの間には大きな距離が出来ていた。
(やはりな)
ガンマはあることを確信する。そしてクロセルは飛行状態のまま空中で静止。振り返り、頭上の輪からのIVの出力を上げる。キラキラと輝く粒子はガブリエルを包み込む。
「氷の牢獄」
粒子は固まり、まるでガブリエルは凍り漬けのようになった。しかし、ガブリエルの装甲は赤く輝き、自分を覆うIVを消し去る。それはまるで、氷を融かす炎の様だった。一瞬で動けるようになったガブリエル。しかしそこに、高度に位置するクロセルの飛び蹴りが襲い掛かる。
「避け――」
言葉と同時に、ガブリエルに回避行動を取らせるセント。しかし重力を味方につけたクロセルの蹴りをセントには回避することが出来なかった。
「ごっ……」
ガブリエルは激しく地面に叩き付けられ、セントは吐血する。背中の翼は破損し、内部の様々な機械も壊れる。一方で、クロセルの右脚も折れた。衝撃はガブリエルがある程度和らげたとは言え、それでも限界があった。ガンマが辺りを見渡すと、そこは彼が在籍する常空一高のグラウンドだった。幸い、周りに人はいなかった。学校にいる人間は体育館か校舎に避難しているのだろうと考える。浩輝デルタを福音軍基地から回収しに玄武が現れた時に警報が出された事をガンマは知っていたため、この場所を選んだのだ。クロセルは地面を歩けなくなったので、再び空に上がる。
「確かに操縦技術は圧倒的にそちらの方が上です。そして機体性能も同等でしょう。しかし、私には圧倒的なIVがあるのです。一方で、あなたのAIVはそこまで多くない。何せあなたは宇宙人。その存在は味方である福音軍からも不信感を持たれているでしょう」
「くっ……」
ガンマは言いながら、IVによって新たな剣を作っていく。しかし、その大きさは今までの比ではない。全長25メートルのクロセルの大きさを越える大きな剣が出来ていく。
「そして、そんな中途半端なAIVでは私のIVを完全に打ち消すのは困難でしょう」
ガンマは力がみなぎるのを感じる。この戦いを見ている生徒達が自分に恐怖しているのだろうと予測する。その恐怖の感情こそが、ウィルシオンにのるガンマを強くする。やがて、クロセルの五倍以上の長さとなった剣を振り上げる。かなり重量のある剣だが、ガンマの膨大なIVによる出力がその制御を可能とする。オリジナルの浩輝が初めて生み出した時は扱えなかったその大剣を、ガンマは自分の手足のように使える。
(あの時これを使った相手もセントだった。これも運命か?)
そんなことを考えながらガンマは呟く。
「幻想の大氷刃」
クロセルは大剣を振り下ろす。セントはボロボロのガブリエルに鞭打って回避行動を取ろうとする。しかし彼は気付く。
(僕がアレを避けたとしても、浩輝は僕を追いかける。そうしたら、あんな大きな剣は周りの物を色々と破壊する。これ以上、街を壊させるわけにはいかない!)
セントは逃げるのを諦める。そもそも、クロセルの巨大な剣を避けるのも困難だろうと考える。だから彼は、防御に集中する。
「AIVをガブリエルの両手に集中させる! そして――」
立ち上がったガブリエルは両腕を上に上げ、手のひらを限界まで開く。
「僕は守る! 百合花ちゃんが愛するこの街を! 守る、守る……守るんだあああああぁぁぁぁ!」
気力を振り絞り、セントは力の限り咆哮する。脳裏には百合花の笑顔が浮かぶ。笑顔を失った彼女のそれを取り戻す為に、動きがガタガタの機体を必死に操縦する。
「おおおおおおおおおおおっ!」
『幻想の大氷刃』がガブリエルの赤く輝く両手に触れる。そこに集中したAIVは氷の大剣を少しずつだが小さくしていく。しかし、それにも限界がある。やがて手は壊れ、腕も次々と崩壊していく。
「それ……ならっ!」
それでもセントは諦めない。今度はAIVを頭部に集中。慈悲深き天使の顔は赤い光を放つ。その神々しい輝きは、大剣の縮小を加速させる。大剣は当初の三分の一程度まで小さくなった。だが、それでもかなりの驚異だ。ガブリエルの頭部はバラバラになる。そこにあったカメラは死んだ。首の真下にあるコクピットのモニターは砂嵐を映す。
「僕は、死ぬわけにはいかないんだよぉぉぉぉ!」
彼は自分の命の価値を知っている。自分が死ぬことは、父親を失って復讐の鬼となった百合花を更に傷付ける事を知っている。だからこそ彼には、全てを守った上で生還する義務がある。セントはガブリエルの脚だけを使って跳躍、空中で前転。そして両足で剣を受け止める。景色は見えないが、先程までの感覚を頼りに、剣の位置を特定する。そのまま落下した事による衝撃がセントを襲うが、構ってなどいられない。
「はああああああぁぁぁっ!」
魂の咆哮。脚と剣は互いに相殺され、クロセルの剣が消滅する。そしてガブリエルは胸部のコクピットだけを残して全てが破壊された。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い呼吸。全力の操縦による反動はセントに疲労をもたらす。内部の灯りも消えたため、コクピットの中には暗闇のみがある。幸い、出入りする為のハッチは問題なく開く。ロックを外し、機体の外に出ようとした瞬間、彼を嫌な予感が襲う。なぜその可能性に思い至ったのかは彼にも分からない。しかし、彼には確信があった。このタイミングでこの場所に来てはいけない人間がここに来るという。
「ゲファレナー! あなたがここで暴れているっていう通信を聞い……て…………」
セントの予感は的中する。ここにはセラフィオン零型・ウリエルとそれを操る森崎百合花が来ていた。百合花は宙に浮くクロセルに見下ろされているガブリエルの残骸を見て、絶望的な表情になる。
「嘘……よ」
セントが生きている事など知る由も無い。腕、脚、頭部、翼、そして胴体。全てがバラバラのこの状況を見て、パイロットが死んでいない可能性を考える方が難しかった。
「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ…………うわああああああああ!」
百合花は狂乱状態に陥る。そして、ウリエルが両手で持っていた槍『熾天使の槍』の先端が四つに分かれ、その中心から赤い閃光がほとばしる。クロセルは回避するも間に合わず、左肩を損傷。左腕が落下する。
「許さない! あなたなんか殺してやるうううううう!」
かつての心優しき少女は、憎しみのみを胸に抱いて戦う。




