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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
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強襲

 ゴエティアのとある部屋。浩輝ガンマは踏まれていた。


「なるほどね。他に私に隠してる事は無い? ガンマ君」


 踏んでいるのは高橋翠。嗜虐的な笑みを浮かべてガンマを右足でグリグリとする。


「は、はい……有りません」

「そっ。ならいいんだけど」


 最後に思いきり一踏みした後、高橋はガンマを解放する。


「ぐぅぅっ……」


 自分達が黒月浩輝のクローンであること、先程日本中に現れた機体に乗っていたのは彼の仲間であるということ、そして、高橋が敵視しているケーニヒに協力しているということ。ガンマは全てを吐いた。そして、うつ伏せの状態から立ち上がる。


「黙っていて、本当すみませんでした」

「まあ、あの男に頼まれたら断れないというのも分かるわ。だから許してあげる。でもね、もしも心からあの男の手下になるのだったら……あなたを、いやあなた達を男の子として終わらせちゃうわよ」

「そ、それは一体……?」

「あら、レディに恥ずかしい言葉を言わせるつもり?」

「あっ……」


 ガンマは高橋の言いたいことを察する。


「それで、今回のあなた達の作戦の意図は分かったけれど、今後はどうするつもり?」


 浩輝達が日本各地で暴れた理由。それは白井翔真、赤塚凪沙、青山色葉の正体を探るため。そして、『ファントム信者』に自分達の存在について知らしめるためである。


 前者の成果として、翔真が福音軍に所属している事は分かった。そして、凪沙は事件が起きてもサバイバルゲーム同好会の者達とずっと一緒にいて、何のアクションも起こしていない。色葉は女子トイレに入って以降出てくる様子が無い、という状況である。凪沙は浩輝カイ、色葉は浩輝パイが監視している。


 そして後者。ウィルシオンの特性も知らずにファントムを応援している信者に、自分達は悪の存在で有ることを分からせる為に東京をはじめとした主要都市を攻撃し、実際に被害を与えることで信者を減らすことを狙った。結果として、今までファントムの被害にあったことが無く、対岸の火事を見るようにファントムを応援していた信者は手のひらを返し、インターネットの応援サイトは荒れている。もっとも、今回住む場所を失ってインターネットどころでは無い者もいるが。一方で、少ないながらも信者はまだいる。被害にあっていない地域の者なのか、それとも被害にあった上でその行為を称賛しているのか、浩輝達には分からない。


「そうですね……取り合えずの目標は達成したと思います。チャットを見た限りでは福音軍に捕まった仲間も回収された様ですし。ですが、福音軍のウリエル。強化されたと思われるアレの力を試してみたいです。出撃の許可をお願いします」

「ふーん、別に良いけどウリエルはビーム一発で玄武とかいうのを倒してたのよ? しかも、コクピットを正確に射抜いて」


 許可を求めるガンマに、高橋は答える。


「分かっています。だからこそ、今のうちに排除しなければなりません。森崎百合花は今後、もっと強くなります」


 高橋はニヤリと笑う。


「そう言うことなら、頑張ってきてね」

「ありがとうございます。では、すぐに準備をしてきます」

「着替え、手伝う?」

「大丈夫です!」

「うふふっ、冗談よ」


 ガンマはそそくさと退室し、パイロットスーツを着替えに行く。



 ☆



「クロセル、久しぶりだな……とは言っても、俺という固体が乗るのは初めてだがな」


 クロセルのコクピットでガンマは呟く。ヘルメットを被り機体を起動。モニターには『Virusion Ⅴ Crocell』という文字が表示される。愛機を起動するときに見るいつもの光景だ。記憶の上では何度も見ている。しかし『黒月浩輝ガンマ』としては初めての光景だ。準備も終わり、いつでも出撃できる状態となった。レバーを握り、いつもの(はじめての)台詞を口にする。


「ウィルシオン五号機・クロセル、黒月浩輝、出撃します」


 堕天使クロセルは翼を広げ、ゴエティアの屋上から飛び上がる。行き先は福音軍基地日本支部。戦力が各地に分散されている今、敵の戦力を徹底的に削り、帰ってくるであろうウリエルを迎え撃つ。クロセルは蒼穹を悠々と飛翔する。


幻想の氷刃イマジナリー・アルマス


 ガンマの呟きと同時にクロセルの頭上には薄い水色の輪が発生する。輪は回転して光の粒子を撒き散らし、それらは剣を形成する。氷のように透き通ったその剣をクロセルは右手で掴みとる。


「目的地だ。降下するぞ、クロセル」


 数分前に同胞によって半壊した、福音軍基地日本支部。黒い堕天使は蹂躙すべく舞い降りる。


(まずは格納庫から潰す)


 着地したクロセルは壁を右手の剣で壊しながら進む。壊す。壊す。壊す。基地の者達の顔が恐怖に歪むのがガンマにも見える。ガンマは人には危害を加えないようにクロセルを操縦する。やがて格納庫にたどり着いたガンマは、十数機の人型兵器『霧雨』と、彼の知らない機体を発見した。


(ウリエルや、白井が乗っていた機体に似ている。まずはアレから……)


 その機体は、白と赤の『ウリエル』、白と緑の『ラファエル』と同じ、天使のような姿をしていた。そのカラーリングは白と青。それが無防備に立っている。厄介な存在になる前にガンマは片付ける。この旨をクロセルのコクピットから専用の回線に繋ぎ、他の浩輝達に伝えてから、クロセルは剣を振り上げる。


(呆気ない終わりだったな)


 クロセルは氷の刃を振り下ろす。敵機が破壊される事を確信していたガンマは次の瞬間、驚愕する。停止していたはずの白と青の天使が動いたのだから。それは拳を握り、クロセルの剣を掻い潜っては、殴る。


「なっ……」


 衝撃を受けたガンマは驚きながらも全力で機体を後退させる。しかし、敵機は止まらない。いつの間にか握っていた左手のレイピアでクロセルを突く。クロセルは剣でそれを受け止めようとするが、レイピアはすり抜け、クロセルの機体に穴を開ける。


「ちぃっ!」


 ガンマは思わず舌打ちする。彼が逃げる先は上。天井を突き破り、上空へと避難する。それを実行しようとした瞬間、敵機の突進によって阻まれる。クロセルは転倒、ガンマを衝撃が襲う。


「くぅぅ……、この!」


 クロセルは剣を投擲する。敵機はそれを回避。その隙にガンマは機体を起き上がらせる。その過程で彼は思考する。


(禁忌獣の器官を使用している機体なら『ワルキューレシステム』が組み込まれているはず。現に、名古屋に来た機体にはそれがあって、敵パイロットの思考を読めた。だが、奴からは何も読めない)


 クロセルを立ち上がらせたガンマは、新たな剣を作りながら確信する。


(そうだ……この技量、セントか。奴は以前、戦闘時には無心になり、心を読ませなかった。それなら!)


 ガンマはスピーカーの電源を入れる。


「倉島大尉から話は聞きましたか? 宇宙人さん」

「よーく聞いたよ。ゲファレナー」


 ガンマの問いかけには不機嫌そうな声が帰ってきた。ガンマの予想通りセントのものだった。


「つまり『被検体M』のことも聞いていますね。アレの事について知りたければ、剣を納めて下さい」

「君をコクピットから引き釣りだしてから聞くよ」

「残念です」


 内心で舌打ちしながらガンマは言う。分が悪い以上一時撤退したいが、その為には隙を作る必要がある。だからガンマはセントの動揺を狙う。


「そう言えば、そちらの赤い機体……ウリエルでしたか? アレのパイロットはこちらの味方を躊躇無く殺していましたが……」

「それは……それは君達のせいだ! 君達が心優しいあの子を変えたんだよ!」


 セントは激高する。


「ほう?」

「あの子がどれだけ優しいか、君は知らないのか! ファントムに君達がいるのは利用されているからで、君達は悪くない……だから君達の事は誰にも言わない。あの子はそう考えていたんだよ! それなのに……それなのに君達は、そんなあの子を変えた! 何が『被検体M』だ! そうか、君はお父さんとお母さんが亡くなってるから、家族で幸せそうなあの子に妬んでいる。そしてあの子から父を、中佐を奪った! そうだろう!」


 セントの叫び。それはガンマの心を抉った。別に彼は百合花を妬んでいる訳では無いが、軽々しく父と母の話題を出された事は、彼にとって許されざる事だった。


「なるほど……それがあなたの意見ですか」


 呟いたガンマは、クロセルの右手の剣を二回りほど巨大化させ、それを両手で持つ。


「ならば、ここで排除します」

「やれるかい? 僕は君が生まれる前からずっと戦ってきた。僕はその中でもエリートだった。たった数年前に戦い始めた僕には敵わない。しかも、この機体『セラフィオン壱型・ガブリエル』の性能は恐らく、君の機体と同等以上のスペックを誇る」

「関係有りません。あなたは排除すべき標的。ただ、それだけです」


 青と白のガブリエルはレイピアを、水色と黒のクロセルは剣を構える。二柱の天使は激突する。

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