取引
「何だこれは……玄武の装甲をいとも容易く貫くビームだと?」
常空市内某所の黒月浩輝達にあてがわれた施設で、浩輝アルファは各地の映像を見ていた。
「アレに乗っているのは森崎百合花なのか? アイツが躊躇無く敵を殺すなんて」
「少なくとも、プサイとファイはそう報告しているな」
「森崎修治の死はそれほどまでの影響を……」
ベータ、イプシロン、クシーなどの浩輝達は話す。まったく同じ顔をした少年が何人もいるという状況は、事情を知らない人間が見れば嫌悪感を抱くだろう。知っていても抱く者は多いだろうが。
「ゴエティアにいるガンマも、苦労しているだろう」
「リードは必ず気付くだろう、俺達の秘密に。その上であの女はどういう判断をするか」
「玄武の装甲を貫いたあの攻撃。耐えられるのはザガンか――」
「『幻想の氷鎧』で機体を覆った使用したクロセルか――」
「『コキュートス』、くらいか」
アルファの言葉に一同は振り向く。
「アルファ、まだ『コキュートス』を使う時では……」
「分かっている、シータ。あくまで、奴の攻撃に耐えうるものを挙げただけだ」
「そうか」
一同は沈黙する。だがここでイプシロンが口を開く。
「攻撃に耐えるのが難しいのなら、攻撃を止めさせれば良い。その為の切り札がレーベにはある」
「しかし、アレをこの場面で使う……いや、使わなくて良いのか。ただ、存在をチラつかせるだけで効果は覿面だろう」
「その通りだベータ。その為にデルタを福音軍に送り込んだのだから。そうだろう、アルファ?」
イプシロンはアルファの顔を見る。アルファは小さく笑う。
「そうだ。さて、俺達もそろそろ行くか。留守番は頼んだぞ、クシー」
☆
福音軍基地日本支部、独房。気絶している間に学生服から軍服に着替えさせられた浩輝デルタは、倉島大和と対面していた。
「よう、浩輝。寝てる間に色々とお前のものを調べさせて貰ったぜ。パンツの中とかな」
「……」
大和の言葉に、デルタは無表情のまま視線を向けるだけで答えない。
「そんで、お前のスマホもちょっと調べたんだが、スゲーな。お前、ケーニヒの番号とか持ってるんだな。『杉山巌』ってのがケーニヒだろ。だが、俺が一番気になったのは……」
大和はデルタのスマートフォンを操作する。そして、画面をデルタに見せる。
「『披検体M』、これは一体何だ?」
大和はデルタを睨む。
「そんなものはどうでも良いですよ。それより僕をここから出してください。僕のことが明るみに出れば、姉がこの世界から居場所を無くしてしまうので」
そう発言したデルタを大和は殴り飛ばす。
「ごふっ……」
「甘ったれんな。テメエがテメエの姉貴を想うのなら、最初からファントムだの何だのに関わってんじゃねーよ」
大和は冷たく言い捨てる。
「約束が違う……! あの時言ったじゃないですか、僕のことは守ってくれるって」
「誰が守るか。テメエみてーなクズとの約束なんて。そもそもそんな約束したか?」
「ぐうっ」
今度はデルタの腹部を蹴る大和。デルタは呻く。
「悪く思うなよ、これでも手加減してんだ。……良いか? お前のスマホん中の文書には、去年の四月、太平洋でとある人物を回収して、それを『披検体M』って呼んで、色んな実験をしてるらしいっつー事が書いてあった。それに、お前も関わってるって事もな。言え、『披検体M』ってのは何だ?」
大和は鋭い視線をデルタに向ける。
(さーて、茶番もここまでで良いか)
内心で呟きながら、デルタは諦めたように口を開く。
「恐らくは、あなたの想像通りですよ」
「なるほどな」
大和は再びデルタを殴る。
「うぅっ……」
「つまり、テメエらは俺達の尊敬する上官をオモチャにしてるって事か!? ふざけんな!」
床に転がるデルタに向かって大和は怒鳴る。
「それは勘違いですよ。ケーニヒは海に沈んだ森崎修治さんを助けただけです」
「『被検体』とか呼んでるのにってか?」
「ですが、生きている」
大和は眼を見開く。
「さて倉島さん、取引です。『被検体M』の情報を渡しますので、僕を解放して下さい」
「テメエ自分の立場がわかってんのか? 情報はもちろん貰うが、解放なんか――」
「倉島飛鳥」
大和の言葉を遮るように放ったデルタの言葉に、彼は動揺する。
「ウチのクラスの担任ですよ。白井翔真君からは何か聞いてません?」
大和にとってそれは初耳だった。翔真を含め、自分の家族について詳しく話した者はいない。
「それがどうしたって言うんだ?」
「僕が消息を絶って三時間以内に解放されなかった時は彼女に危害を加える、という事になっているんですよ。あなた達がウチの高校に刺客を送り込んでいるのと同じように、僕達も仲間を配備しているのですよ。あなたの知らないね。ところで、かなり動揺しているようですがどうしました? ああ、そう言えばウチの担任もあなたと同じ『倉島』という名字でしたね! もしかしてあなたの妹さんか、それとも従妹というところでしょうか。まだ出会って数日ですが、良い先生ですね。サバゲー同好会の顧問なんかもやっているのですが、エアガンが凄く上手いんですよ」
「黙れ! 飛鳥は関係ないだろ! 俺のことはどうしたって良い! でも妹には手を出すな」
激高した大和はまたもデルタを殴る。しかしデルタはニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。
「それなら早く解放してください。僕がここに連れてこられてから何時間たったでしょうか?」
大和は腕時計を見る。デルタが連れてこられて、もうすぐ二時間になろうとしていた。翔真が連行した時間も含めると、更に時間が経っている事に気づき彼は焦る。
「ふざけるな! そうだ、今からお前にスマホを一時的に返す。それでテメエの仲間に飛鳥を助けるように説得してくれ」
しかしデルタはニヤつきをとめない。
「それが、人にものを頼む態度ですか?」
「テメエ……」
「そうですね。例えば、土下座とか」
「くっ……」
鬼のような形相で大和はデルタを睨む。そして脚を畳み、手を震わせながら床につけ、頭を下げる。つまり土下座の体勢だ。
「お願いだ、飛鳥には……妹にだけは手を出すな」
「敬語」
愉しげに呟くデルタに大和は内心で歯噛みしながら言い直す。
「お願い……します。妹には手を出さないように頼んでく……頼んで下さい…………」
屈辱だった。目の前の外道に頭を下げるという行為は彼のプライドを大きく傷つけた。だが、守るべきものの為なら頭を下げる。それが倉島大和という男である。
「なるほど、あなたの覚悟は分かりました。では僕のスマートフォンをお願いします」
大和は持っていたデルタのスマートフォンを持ち主に返す。デルタはスマートフォンを操作する。
「もしもし、こちら黒月浩輝。……今だ」
その言葉に大和が怪訝に思う前に、彼の耳に複数の轟音が響く。そして、彼らの頭上からもその音は出た。天井が崩れる。そこに大和は、日本各地に現れた円盤状の物体――玄武を見つける。
「浩輝……、テメエ!」
「安心してください。飛鳥さんには手を出しませんよ。ただ……」
玄武からはロープが垂れる。デルタがそれを掴むとロープは回収されていく。デルタは機体の上に乗ると、中心部分が開いて中に入れるようになった。入る前にデルタは 言う。
「『披検体M』は僕達の手の中にある。それを、忘れないで下さいね」
そしてデルタは機体に入る。玄武は去っていく。
「クッソォォォォォォッ!」
残された大和の叫びが木霊した。
☆
この基地に現れた玄武は全部で五機。デルタを回収したアルファをはじめ、ベータ、イータ、シータ、イプシロンがそれぞれ乗っているが、彼らは基地を荒らしに荒らしたあげく、帰還していった。基地内に怪我人はいないが、建物は壊滅状態で、基地の者達は怯えて震える者も多い。そんな彼らの目につかない所で、二人の女性が話す。
「何故玄武がこんなところに?」
「さあ、私にも何がなんだか」
一人は黒月遥。もう一人は笹原真理。福音軍に所属しながらも、正式にはレーベの一員である彼女達は自分達の組織が所有する機体を見て驚いていた。遥は言う。
「つまり、あの子はレーベと繋がっていたという事でしょうか?」
「恐らくはそうね」
「もしかして、こうする事を前提にわざと捕まったのかしら。でも、それじゃああの子がファントムだってこと、福音軍にも知られちゃうじゃないですか」
「その辺は、上の人達が揉み消すんじゃないかしら?」
「上というのはリード? それとも……」
「黄剛秀、かしらね」
真理が言った人物の名前は、二人に沈黙をもたらす。彼女達は名前こそ知っているものの、会ったことは無い。謎の存在である。
(こーくん、私の知らない間に何をしているのかしら……? あの子は自分がしたい事を私に知られたく無いみたいだけど、どうしても気になる)
遥は内心で弟を想う。たったひとりの姉として、弟の全てを把握し、出来る限りのサポートをしたいと彼女は考えている。すると真理が声をかける。
「ねぇ、あなたが心配するのは勝手だけど、深入りはし過ぎないことよ?」
「忠告ありがとうございます。でも、私には守りたいものがありますから」
答える遥は柔和に笑った。




