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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
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会長

 ベータ:白井翔真及び青山色葉の尾行を開始する。

 ガンマ:了解。先程赤塚凪沙を見失って以降、未だ再発見できず。

 アルファ:了解。赤塚凪沙の捜索に参加する。

 ガンマ:協力に感謝する。

 デルタ:サバイバルゲーム同好会からようやく解放された。指示を仰ぐ。

 アルファ:デルタへ。サバイバルゲーム同好会での出来事を報告せよ。その後、赤塚凪沙の捜索に当たれ。

 デルタ:了解。


 現在、黒月浩輝はスマートフォンからとあるチャットルームで互いの状況を報告しあっていた。


 ケーニヒから黒月浩輝への最初の依頼は、遺伝子の提供だった。ケーニヒはその遺伝子を元に浩輝のクローンを数体造り出した。浩輝も自分のクローンを造ることに戸惑いが有ったが、ケーニヒの『依頼』は実質的に『命令』である事を思い出し、遺伝子を提供した。結果として、本体は受験勉強をしつつも、クローン達はケーニヒの命令に従って多くの指令をこなしてきた。ちなみに遺伝子提供元の浩輝のコードネームは『アルファ』で、全クローン達の司令塔となっている。朝から教室で過ごし、校門で翔真と話した後にコンビニエンスストアに行ったのが『アルファ』であり、天文部で色葉と接触した後に校門で色葉、翔真と話したのが『ベータ』である。また、カモフラージュとして一見無意味な行動も取った。


 浩輝達は互いの行動を常に共有するためにチャットルームを使い、いかなるイレギュラーにも対応出来るように備えている。アルファはデルタの報告を見ながらふと気付く。


 アルファ:先程からイプシロンからの報告が無い。イプシロンを目撃した者はいるか?


 アルファが書き込むと、すぐに答えが来た。


 ベータ:目撃せず。

 ガンマ:同じく。

 デルタ:同じく。


 アルファは落胆することもなく、スマートフォンの画面を切り替える。そこには各クローン達が何処にいるのかをGPSによって分かるようになっていた。『イプシロン』が校舎内にいることは分かったが、具体的にどの部屋にいるのか、アルファには分からなかった。


(イプシロン、何が有った……?)


 内心で呟きながらも、アルファは赤塚凪沙の捜索に当たる。今から校舎に入ることは困難だからだ。それに、万が一二人の浩輝の姿が他人に見られればまずい。不安を抱きつつも、アルファは夕闇の空の下を走る。



 ☆



 時は遡る。オリエンテーションが終了し、校庭の人間が増えたタイミングでイプシロンは校門にこっそりと入る。ベータが青山色葉、ガンマが赤塚凪沙、デルタが白井翔真の行動を監視し、アルファは一旦帰る様子を他人に見せた後、様々な調整。そしてイプシロンの役目は念のために校内で待機することだった。 翔真がアルファと接触したため、デルタはアルファから距離を取ったところ、サバイバルゲーム同好会の者に半ば強制的に連れていかれたとの報告を受け、イプシロンは自分が翔真を監視するとの報告を送った。


(まったく、仕方無いな)


 クローン達にはオリジナルの浩輝、つまりアルファの記憶や思考パターンをコピーしている。全員が同じ顔で、同じ髪型で、同じ服装である。何かが有ったときにいつでも本人の代わりを演じるためである。彼らはレーベが保有するアパートで待機し、何か用が有るときに出動する。また、各クローンにはアルファの命令には絶対に従うようにプログラムがされている。


(俺は道具。アルファの思い通りに動く人形)


 イプシロンは自分がアルファに対してどの様な感情を持っているのかが分からない。恨んでいる訳でも無ければ尊敬している訳でも無い。無関心なのだろうと結論付ける事にした。


 現在イプシロンは校舎の二階にいる。そして、その窓から翔真の様子を観察する。アルファと話し終えた翔真はサッカー部がいるグラウンドへと足を運んでいる。


(ここから見るのも限界が有るな。屋上……は開いてるのだろうか)


 イプシロン:今から屋上に向かう。


 チャットルームに書き込んだイプシロンは宣言通り屋上に向かう。もしも入れなければその旨を報告するだけだ。二階から三階へと上がり、三階から上にいく階段を上ると屋上への扉が有った。


(鍵は開いている様だな)


 それを確認したイプシロンは扉を開く。するとそこには先客がいた。イプシロンはすぐに撤退しようとするが、声をかけられる。


「アナタ、人の安らぎの時間を邪魔しといて何も言わずに逃げるアルか?」


 声の主はこの高校の生徒会長である中国からの留学生、黄秀優ファン・シゥヨウだった。私服が許されている高校である為か、赤いチャイナドレスに身を包み、髪は二つの団子を形成している。背は高く、同年代の男子に比べれば背が低い黒月浩輝のクローンであるイプシロンを見下ろしている。彼女の言葉を聞いたイプシロンは驚く。


(語尾に『アル』を付ける中国人、実在したのか……!)


 そんな彼の内心を読み取ったのか、秀優は言う。


「キャラ作りアル」

「そ、そうですか……では僕はこれで」


 イプシロンはすぐにその場を離れようとする。


「待つアル」


 秀優に睨め付けられ、イプシロンは立ち止まる。


「何でしょう……?」

「人の安らぎの時間を邪魔しといて何も言わずに逃げるアルか?」


 先程と全く同じ言葉を秀優は投げ掛ける。イプシロンはすかさず頭を下げる。


「申し訳ございませんでした」

「分かれば良いアル」

「では僕は」

「待つアル」


 またもやイプシロンは止められる。内心の苛立ちを隠しながら彼は問う。


「何でしょうか?」

 

 すると、秀優は勿体ぶった笑顔を見せる。


「アナタ、ロボットに興味あるアルか?」


 生徒会長黄秀優のもう一つの顔、それはロボット部の部長である。ロボットコンテストに出場しては優秀な成績を残している。


 ー方で、実際に兵器としてのロボットに関わっているイプシロンは、素人の高校生の造るロボットがどれだけのものなのか興味が有った。


(アルファも興味を持つのだろうか……?)


 内心でそんなことを考えながらイプシロンは頷く。


「はい」

「それじゃあ、早速部室に行くアル。ついてくるアル」


 秀優は満足そうな笑みを浮かべてそう言った。



 ☆



 ロボット部の部室は校舎の一階に有った。ここに来る過程でイプシロンはチャットルームに報告しようと思ったが、先輩の前でスマートフォンを弄る度胸など彼には無かった。部室の中心には、1立方メートル程の亀の様な意匠の物体が有った。


「これはワタシが去年製作した『びよよんタートルくん』アル!」


 じゃじゃーん、という効果音が聞こえてきそうな雰囲気を醸し出しながら、秀優は自分の作品を見せる。その手には銀色の箱のような物があった。


「それでは…………スイッチ、オーン! アル」


 秀優が箱――リモコンの右上にあるボタンを押すと『タートルくん』の眼が赤く光る。イプシロンは少しだけ不気味に感じた。


「さあ、ここからがお楽しみの……」

「足とか首が伸びるんですか?」


 イプシロンはタイトルと形状から予想した機能を口にする。


「アナタ、友達とかいないアルでしょ?」

「ごめんなさい」


 秀優はイプシロンを睨む。そして気を取り直したようにリモコンを操作する。


「本当は生意気な人には見せたくないアルけど、仕方ないから見せてあげるアル! 感謝するアル!」


 その言葉と共に、イプシロンの予想通り『タートルくん』の四本の足が50センチメートルほど伸びる。


「おおー」


 イプシロンが感嘆の声を漏らすと、秀優は得意気に笑う。


「さぁーて、次はこれアル」


 秀優がもう一度リモコンを操作すると、今度は『タートルくん』の首が30センチメートルほど伸びた。


「おおー」


 イプシロンはまたも感嘆する。


「ハイ。正直に答えるネ。アナタ、これを凄いと思うアルか?」


 急に真面目な顔になった秀優の質問に、イプシロンは困る。兵器としてのロボットを知っている彼としては、今見せられた物がどのくらい凄いのかが分からない。それを答えるべきか一瞬躊躇うが、正直に答えろと言われた為、その通りにする。


「いまいち、よく分からないです」

「正直でよろしいアル」


 気分を害した様子もなく秀優は頷く。そして彼女は眼を輝かせる様に言う。


「今から見せるものこそが『びよよんタートルくん』の真骨頂アル。目ン玉かっぽじってよく見るネ。スイッチィィィィ……オォォォォォォン!」


 力強い叫びと共に秀優はリモコンのスイッチを押す。すると駆動音を上げながら、四本の長い足で立っていた『タートルくん』がゆっくりと後ろ足を曲げる。前足を上げ、夜のコンビニエンスストアの駐車場にいるヤンキーのような座り方になった『タートルくん』は後ろ足を伸ばす。やがて二本足で立ち上がった『タートルくん』は秀優の操縦に従って、転ぶことなく歩き出した。


「これこそが『びよよんタートルくん』の本気アル。驚いたアルか?」


 秀優はしたり顔で言う。確かにイプシロンは驚いた。素人の高校生が二足歩行のロボットを造ることは凄いのだろうと彼は思う。しかし、それ以上に気になるものが有った。


(バランス、悪くないか?)


 前述した通り『タートルくん』は転ぶことなく歩いている。しかし、大きな甲羅から伸びた長い手足と長い首はどこかシュールさを醸し出していた。


「どうアル? 早く感想を聞かせるアル!」


 秀優はワクワクしながらイプシロンの答えを待つ。


「そう……ですね。この大きな甲羅を細い足で支えて歩くのは、素人目でも凄いと思いました。何らかのプログラムによってバランス調整しているのでしょうか?」

「お目が高いアル。これはワタシが来る日も来る日も試行錯誤を繰り返して完成させたプログラムアル。これを実現するために色々なセンサも取り付けて、限られた予算の中でここまでのモノを造ったワタシは天才美少女アル!」


 秀優は自慢げに大きな胸を張る。チャイナドレスによって強調されたそれから眼を逸らしながら、イプシロンは聞く。


「天才美少女……って自分で言いますか。それはともかく、この部活って黄先輩以外にいないのですか?」


 この広い部室にいる人間はイプシロンと秀優以外存在しない。すると秀優の表情が曇る。


「みんなやめたアル。誰もワタシの造るモノについていけなかったアル」


 イプシロンは納得した。


「それじゃあ……この部活はどうなるんです? 廃部になるんじゃ……」


 常空第一高校では部員が三人以下の集まりは『部』として認められず『同好会』とされる。その場合、学校から支給される金も少なくなる。


「その通りアル。学校で活動する以上、学校から支給されたお金以外を使うのはポリシーに反するアル。だからお願いアル。アナタにはロボット部の部員になって欲しいアル」


 秀優は頭を下げる。しかしイプシロンは黒月浩輝・アルファの影武者として動いている以上、勝手な行動は許されない。


「申し訳有りませんが、お断りさせて頂きます」


 イプシロンの答えに、秀優は悲しそうな顔をする………………事はなく、不意に挑戦的な表情になる。予想外の反応にイプシロンは驚く。秀優は口を開く。


「ふーん、女の子の先輩が頭を下げているのに全く手を差し伸べる気が無いアルか」

「男女平等主義者ですので」


 どこかズレた返答をするイプシロン。


「そこはどうでも良いアル。……そう言えばアナタの名前を聞いていなかったアルね。アナタはどれアルか?」


『どれ』と聞かれてイプシロンは内心でギクリとする。しかしすぐに「日本語がまだ修得できてないから『だれ』と間違えた」のだと解釈して名乗る。


「一年二組、黒月浩輝です」


 すると秀優はやれやれと首を横に振る。


「それはよーく知ってるアル。ワタシは『どれ』と聞いたアル。この学校にいるアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン。アナタは『どれ』アルか?」


 イプシロンは眼を見開く。既に自分達の正体を見抜かれていた事に驚愕せざるを得なかった。この事を知っているのは自分以外だとケーニヒ及びレーベの一部の構成員のみだと聞いていた。彼はすぐに仲間に報告すべく、スマートフォンを取り出そうとズボンのポケットに手を伸ばす。


「アイヤーッ!」


 叫びと共に宙に浮いた秀優の足はイプシロンの胸を蹴る。


「ごふっ……」

「センパイと話してる途中にケータイを弄るとは、良い覚悟アルね。ワタシはカンフー同好会の会長でもあるアル。皮肉なことに、こっちはメンバーが十人もいるアルけどネ」


 見事に着地した秀優は呻くイプシロン見下す。その視線は冷たい。


「すみ……ません……でした…………」

「この状況は理解出来てるアルか? ワタシはアナタの秘密を知ってるネ。そして、ワタシはこの高校の生徒会長アル。つまり、アナタには選択肢なんて無いネ」


 蹴られた場所をさすりながら、イプシロンは起き上がる。そして迷いつつも答える。


「イプシロン……です」

「イプシロン、アナタにはロボット部の新入部員として活動して貰うアル。異論は許さないネ。でも……」


 秀優は一旦言葉を区切る。


「アナタの代わりに別の『アナタ』に来て貰っても構わないアル。アルファとも一度話してみたいアルしネ。もっとも、同時に来るわけにはいかないのは分かってるネ。アナタが……アナタ達がワタシの言うことに従うのなら、秘密は守るアル」

「分かりました。お心遣い感謝します」


 イプシロンは頭を下げる。


「ハイ。それじゃあ早速部活動を始めるアル。後のメンバーは後で見付けるアル。ところでアナタ、プログラミングの経験はあるアルか?」

「いえ……」

「それなら今から教えるアル。まずは『Hello world!』からネ」


 こうして、秀優のプログラミング指導が始まった。イプシロンは報告しようと思ったが、先程の跳び蹴りを思い出した彼はそれをやめた。

 

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