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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
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調査

 本日のオリエンテーションは終了し、黒月浩輝は帰る準備をする。部活動の勧誘がそこかしこで行われているが、彼は全てを無視する。校門を出たところで、彼は後ろから声をかけられた。


「おう、浩輝。お前部活やんねーのかよ」


 声の主は白井翔真。今日知り合ったばかりにも関わらず馴れ馴れしい彼に、浩輝は内心でうんざりする。


「まあな。勉強が大変だろうし」

「マジメだなー」

「それじゃあ」


 それだけ言い残し、浩輝はそそくさと帰る。


「ちょっと待て! そこはオレが何部に入りたいのかとか聞く所だろうが!」

「何部に入りたいんだ?」


 翔真の叫びを聞いた浩輝は取り合えず従う。すると翔真は待ってましたと言わんばかりに不敵に笑う。


「フッフッフッ、よくぞ聞いてくれた。オレはサッカー部に入るつもりだ」


 そのまんまだな、と浩輝は思う。茶髪で軽薄な印象のある彼はサッカー部が似合いそうだと彼を初めて見た時から思っていた。


「そうか、頑張れ」

「オイオイ、何言ってんだ? お前もオレと一緒にサッカーするに決まってんだろ」


 決めつけるように言う翔真に、浩輝はげんなりとする。


「サッカーなんかやるつもりは無い」

「何でだよ? サッカーやってればモテるぜ?」

「それが理由でサッカー部に入るのか?」

「おうよ」


 きっぱりと頷く翔真に、浩輝は呆れる。


「興味無いな」

「やっぱお前ホモなの?」

「違う! そもそも部活なんか入るつもりは無い。人付き合いとか面倒だろうし」

「お前なぁ、そういうこと言ってると就職出来ねーぞ? 多少嫌なことが有ろうが、それには立ち向かって行かねーと」

「……」


 適当に翔真を受け流そうとしていた浩輝だが、彼の正論に思わず口ごもる。


「ま、無理にサッカーやれとは言わねーし、お前がどうしようとお前の勝手だが、友達の言葉として胸に刻んでおいてくれ」

「分かった。だが、やはり俺は勉強に集中したいと考えている。中学まで必死に勉強してた奴が高校に入った途端やる気が無くなって、その後のテストで悲惨な点数ばかりとって留年するというのもよく有るらしい。お前も気を付けろよ」

「お、おう……」


 翔真は気まずげに応える。浩輝はそれに背を向け、校門を後にする。


「浩輝、またな!」


 その背中に翔真の声がかけられる。浩輝は気だるげに右手を挙げる事で返事をした。そして彼は、ファントムに入る以前から通っていたコンビニエンスストアを目指す。常空第一高校からもそれ程離れていない。店内に入ると、『福士玲』として店員をしている高橋翠が、常空中学に通う少女達数名と楽しげな会話をしていた。浩輝はそれを横目に見ながら、ペットボトルのドリンク売場へと足を運ぶ。数々のペットボトルを眺めながら時間を潰した浩輝は、少女達がいなくなったのを確認すると、高橋の方へと歩いて行く。


「あら、店に入っといて何も買わないつもり?」

「……」


 高橋に言われて、浩輝はペットボトルの水をレジに持っていき、同時に金を払う。


「はーい、ありがとうね。それで浩輝君、何か用かしら?」

「さっきメールで送った三人について、何か分かりました?」

「いや、分からなかったわね。三人とも普通の子よ」


 高橋はそう言いきった。そんな彼女に、浩輝はジトリとした目を向ける。


「本当ですか? あえて何も言わないことで僕がどうするかを楽しむつもりとかでは有りませんか?」

「あらあら、浩輝君も私の事よく分かってるわね」


 あっけらかんと言う高橋に、浩輝は内心で舌打ちする。


「つまり、三人とも裏があると」

「それはどうかしらね? 」


 高橋はあくまでポーカーフェイスを貫く。浩輝は彼女を睨む。


「分かりましたよ。僕は自分で調べます」

「がんばってねー、ばいばーい」


 店を去る浩輝に、高橋はふざけるような声をかけるのだった。それを無視して浩輝は内心で呟く。


(さて、部活動見学に行くとするか)


 浩輝は再び学校に向かう。そしてスマートフォンを取り出し、何らかの操作をした。


 

 ☆



 校舎内には様々な文化系部活動の部室がある。吹奏楽部、漫画研究部、文芸部……その他諸々の部室を窓から覗き、黒月浩輝はターゲットを探す。そして天文部の部室で、浩輝は目標の一人を発見する。


(青山色葉……)


 三つ編みと眼鏡が特徴的な、浩輝のクラスの学級委員長である。浩輝が室内をよく観察したところ、色葉以外には二人の男子生徒と一人の女子生徒がいるのみだった。女子生徒は嬉しそうに、同性の後輩である色葉に話をしているのが浩輝には分かった。すると、色葉はふと浩輝の方を向き、彼が見ていたことを先輩に報告する。すると、男子生徒の一人が部室の扉を開く。


「君も、入部希望者かい?」


 男子生徒の一人が嬉しそうに言う。


「あ、えーと……、ちょっと見学だけでもしようかなと……」


 先輩のキラキラした目に戸惑いながら、浩輝はたどたどしく言う。彼は色葉が帰るのを待ち、その正体を探るという予定であり、直接接触するつもりは無かった。彼は受験勉強の傍ら、街中でストーキングの練習をしていて、気配を消すことにも自信は有ったのだが、あっさりとバレてしまって若干戸惑う。そんな彼の内心を知ってか知らずか、色葉が彼に質問する。


「黒月君も宇宙に興味があるんですか?」


  浩輝は色葉に探りを入れる意味も込めて答える。


「そうですね。宇宙というよりは宇宙人に興味が有ります。禁忌獣が宇宙から来た生物らしいので、もしかしたら宇宙人もいるんじゃないかな、と考えています。……はははっ、高校生にもなって子供っぽいですよね」


 自嘲するように言った浩輝に、先輩達は答える。


「そんなことは無いわ! 私も宇宙人がいると思っているもの」

「ああ、ぼくも信じているよ」

「宇宙人に思いを馳せる美少年、うん、良いぞ!」


 三つめの言葉に浩輝は寒気を覚える。それを無視して色葉も答える。


「私はいたら良いな、とは思いますけどちょっと信じられません。やっぱり自分の目で見ないことには……。でも、信じることは素敵だと思います!」


 その表情から浩輝は内心を読み取ることが出来ない。本当か嘘か、判断に迷う。


「ありがとうございます」


 浩輝は取り合えず礼を言う。すると、男子の上級生の一人が口を開く。


「いやー、天文部は毎年部員が少なくてね。まさか初日で二人も来てくれるとは思わなかったよ。ぼくは天文部の部長をしている三年の――」


 その後、部長を名乗った男の宇宙に関するうんちくが長々と続いた。色葉は相槌を打ち、浩輝もそれを真似るように相槌を打つ。上級生二人は呆れながらそれを聞いていた。一時間程経過し、完全下校時刻となった為、浩輝達は解放された。顧問の教師は存在するが、やる気がないため部室に来ることはほとんど無いということを女子の上級生が浩輝達に教え、そして天文部に入るように何度も念を押された。浩輝は取り合えず「考えておきます」とだけ答え、そそくさと部室を出ていった。





 校門の蔭にて、浩輝は色葉が来るのを待った。調査の為に尾行をするためである。しかし、そこに声をかける者がいた。


「よう、また会ったな」


 浩輝に背後から声をかけたのはまたしても翔真だった。


「またお前か」

「どうした? 誰かと待ち合わせ? それともオレの事を待ってくれてた感じ?」


 浩輝は失念していた。自分は相手を探ることに夢中で、探られることを考えていなかった。


「ああ、ちょっと待ってる人がいる。だがそれはお前ではない」

「ふーん、色葉ちゃん? それとも凪沙ちゃん?」

「違う。お前の知らない人だ」


 浩輝は否定しながら、内心で舌打ちする。


「そっか。そんじゃ、オレもその人と一緒に帰って良い? お前んちどの辺よ?」

「歩いて二十分の所だ」

「良いな。オレは電車で一時間はかかるってのに」

「ついでに言うと、俺の家は駅とは反対方向にある。お前とは一緒に帰れないな。すまない」

「そいつは残念だぜ」


 二人が話している間にも、多くの生徒達が校門を出ていく。その中には色葉の姿もあった。


「おう、色葉ちゃん」


 翔真の声に色葉は振り向く。


「白井君、それに黒月君」

「オレの事は翔真って呼んでくれ。それはともかく色葉ちゃんは何か部活に入んの?」

「私は天文部に入ります。黒月君も一緒ですよね?」


 色葉は笑顔で浩輝に問う。


「まだ決めたわけでは有りません。もう少し、他の部活も見に行こうと思います」

「えー、入っちゃえば良いじゃないですか。うちの高校は部や同好会に何個入っても良いんですから。宇宙人にも興味あるんでしょう?」


 キラキラと目を輝かせて言う色葉を見て、翔真は話に加わる。


「へぇ、そうなのか浩輝! なんか意外だな」

「うふふっ、ですよね」

「ちなみにオレはサッカー部」

「あー、確かにそんな感じがします」

「マジ?」


 楽しげに会話をする翔真と色葉。浩輝はその隙にこの場を離れる。


「ところで……翔真君。あなたは信じますか? 宇宙人」


 色葉は翔真を名前で呼ぶことを恥じらいながら問い掛ける。


「ああ、いると思うぜ。色葉ちゃんは?」

「私としては、見ない限りは信じられません。でも、いたら良いなとは思います。もしかしたら、友達にだってなれたりして……」


 色葉は楽しそうに話す。


「かもな。でもよ――」


 翔真はそこで言葉を区切る。そして改めて言う。


「――もしも宇宙人がいて、なんか悪さをするんだったら、オレはソイツを許さねぇぜ」


 今まで笑顔を保っていた翔真は厳しい表情で言った。


「悪さ……ですか?」


 キョトンとしたように色葉は呟く。すると翔真はすぐに表情を笑顔に戻す。


「あー、気にすんな。もしも、の話だからよ」

「そうですか……。ところでそろそろ帰りません? 電車にも乗らなくちゃいけないですし」

「そうだな、一緒に駅まで行こうぜ。それじゃ浩輝……って、あれ?」


 翔真は浩輝がその場から消えていた事に気付く。


「勝手に消えやがって……まったく、無愛想なヤツだな」

「きっと人付き合いが苦手なんですよ……。私も分かります」

「ま、これから仲良くなってけば良いさ。そんじゃ、行こうぜ」

「はい!」


 翔真と色葉は駅まで歩き出した。



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